記憶
無数の黒い蔦があらゆる方向からリンナに襲い掛かる。『負の象徴』本体や地面、辺りに散
乱する瓦礫など、あらゆる物質から伸びてくる。
だが、リンナが慌てる素振りは無い。その場を動かず、胸元で一枚のお札を握ると、その身
を迫り来る黒とは正反対の白い光が包む。
黒い蔦は全てリンナの身体に直撃した、しかし、その全てが触れた瞬間に白に染められ、光
の粒となって霧散する。霧散した光の粒は消える事無くその場に漂っている。
「光よ・・・」
リンナが手を挙げると、光の粒は針のような形状と成る。そして、リンナが振り上げた手を
『負の象徴』に向けると、光の針は一斉に向かい飛んで行く。
それでも『負の象徴』は焦る様子も、避けようと言う動きも無い。
分かっていたのだろう。光の針は一本たりとも『負の象徴』に当たる事は無く、全て周囲の
地面に突き刺さった。
「やはり・・・我を傷つけられぬか・・・それでは我を封印する事すら叶わぬぞ」
「・・・・・・」
それまで真っ黒で不安定な身体であった『負の象徴』が、突然忙しく身体をグニャグニャと
震わせると、一つの定まった形を成した。
それは、一人の女性だった。
「これが・・・お望みなのであろう?」
「アンナ・・・」
その姿を見たリンナの一瞬の戸惑いを突き、蔦で瓦礫を投げつける。
リンナは慌てて後ろへ飛び退き、距離を取りながら右手を前方にかざす。
「創造の・・・力!」
すると、突如として大きく分厚い鉄の壁が瓦礫を遮るように現れる。
投げられた瓦礫は全て鉄の壁に阻まれ、つぶての一つたりともリンナには届かなかった。だ
が、投げたのと同時に走り出していたアンナと呼ばれる女性の姿をした『負の象徴』は、直ぐ
に横に回りこみ、蔦で絡み取っていた瓦礫を武器のように振るう。
対するリンナは咄嗟に姿勢を低くし、今度は斜めに鉄の壁を出現させ、振るわれた瓦礫を受
け流す。と同時にお札を手の平に一枚抱え、懐に潜り込み、胴体目掛けて打ち出す。
『負の象徴』は反射的に腕で防ぐが、貼り付けられたお札は効力を発揮する。
「グウッ!・・・こんなもの如きで止められるとでも・・・!」
「それでも・・・十秒くらいなら動きを止められます!『創造の力よ!』」
すると、今度はリンナの身体が不自然に揺らめき始める。
「リンナさん!」
何かを察したのか、そこにヒイカが走り寄って来る。
「ヒイカさん!来ないで下さい!グリムさん!」
グリムに目で安全な場所に連れて行くように促すが、グリムは首を横に振る。そして、ヒイ
カもまた、首を横に振った。
「私も、『捜す』のを手伝います!」
その言葉に、リンナも察する。
ヒイカの手を取ると、ヒイカの身体も揺らめき始める。
そして、『負の象徴』に触れると、そのまま吸い込まれるかの様に二人は『負の象徴』の中
に消えていった。
「ムウッ!・・・あやつめ、何をする気だ!」
予想外の出来事に気持ち悪さを覚えた『負の象徴』はうろたえ、胸を押さえて膝を突く。
中は真っ暗で何も、互いの姿さえも見えなかった。耳には無数の憎悪の声が聞こえ、不安と
恐怖を掻き立てる。唯一の救いは、手を繋いでいる感触があることだ。それだけでとても心強
かった。
「ヒイカさん、怖く・・・無いですか?」
「・・・怖い・・・です・・・。でも、頑張ります!」
「私も正直怖いですから、手を離さないようにして下さいね?」
「は、はい!」
二人は真っ暗闇を強く手を繋ぎ合い、歩いて行く。
「アンナさん・・・妹さんですか・・・?」
表情は見えないが、聞き辛そうにしている事は声で分かった。
「ふふっ、そう・・・思います?」
「違うんですか?」
「はい。アンナは・・・私の友達です」
友達だと言ったリンナの声は、嬉しそうで、悲しそうで、複雑な様子が伺えた。
「だから、お願いします・・・あの子の、アンナの意思が、魂がまだ生きている事を確かめるため
に・・・力を貸して下さい・・・」
「はい!必ず!」
ヒイカは元々見何もえてはいないが、感覚的に目を閉じ、意識を集中する。
聞こえてくるのは憎悪の声ばかりだ。その声たちがヒイカの中に流れ込んでくる。気がどう
にかなってしまいそうな程の恐ろしさに、ヒイカは次第に衰弱していく。
リンナはだんだんと手を握る力が弱弱しくなっていくのを露骨に感じ取る。
「ヒイカさん!大丈夫ですか?あまり無理はしないで下さいね?」
リンナは両手でヒイカの手を優しく握る。
ヒイカはもう一度意識を集中し直す。だが、やはり憎悪の声に阻まれてそれらしい声は聞こ
えてこない。
「す、すみません・・・はあ、はあ・・・」
とても辛そうで、これ以上の探査は危険だった。
「いえ、もう十分です・・・もう、十分頑張ってくれましたから・・・」
「まだ・・・まだ、やれる事はあります・・・!」
それでもヒイカは諦めない。後一つ、残された希望に賭ける。
「『叶銃』よ・・・力を・・・貸して下さい!」
あの時、叶銃は『負の象徴』に飲まれていった。それからは、いくら呼びかけても反応せず、
手元に戻ってくる事は無かった。だが、その『負の象徴』の中でならば・・・・・・
ヒイカは手元に何かの物質が現れたのを感じる。その感触から叶銃だと確信したヒイカは願
いを込める。
「リンナさん!願いを・・・!」
「どうか・・・アンナの魂を・・・存在を、示して下さい!」
「込める願いは・・・『導き』の願い!この願い・・・叶えましょう!」
ヒイカは叶銃の引き金を引く。すると、真っ暗闇の奥の方から白い光が次第に大きくなりな
がら二人に近づいて来る。
やがて、その光は二人を飲み込んで行く・・・・・・
思わず閉じてしまった目を開けると、目の前に歴史を感じさせる古いお屋敷が建っていた。
夕暮れの空の下、パン、パンとその中からはリズム良く手を打つ音が聞こえてくる。
「ここは・・・?」
「・・・ここは・・・私の家です・・・」
リンナは言った。
「・・・・・・中に、入ってみましょう・・・」
躊躇いと悲しみの色を感じさせながらも、中へ入ろうと向かっていく。
と、そこに突然小さな影が二人を追い抜かして走っていく。その姿を見たリンナは思わず立
ち止まってしまう。
「あ・・・ああ・・・アンナ・・・・・・」
リンナの友達アンナだった。無邪気に走っていくその姿をリンナは無意識に追いかけていた。
中を覗くと、そこでは一人の少女が何人かの人々に囲まれて舞いを舞っていた。その姿はま
だ子供でありながら美しく、思わず見入ってしまう程だった。
舞い終えたらしく、一礼すると、周りの人々が口を開くよりも早く、軒先で覗く様に見てい
た少女アンナが拍手と共に感嘆の声を上げた。
「すごい!すごいよ!!きれいで、かわいくて、思わず見惚れちゃったよー!!!」
屋敷内にキンキンと響くような大声を上げた少女に、周りを囲んでいた人々も驚き、一斉に
振り向いた。
「!?誰だお前は!!」
その中の一人、如何にも厳しそうな老婆が血相を変えて部外者である少女の眼前に立ちはだ
かり、威圧するように見下ろす。
「え!?・・・えとえと・・・その・・・」
その威圧感による恐怖で足がすくみ、逃げる事も声を出す事も儘ならなくなってしまった少
女に今度は妙齢の美しい女性が老婆をなだめる様に割り込んでくる。
「まあまあ、お婆様。覗いていたとは言え、悪気は無いようですし~、そこまで叱る必要は無
いかと~。それに、身内だけではなく、こうして他所のお方の感想も聴く事が出来ましたし~、
これは貴重な事だと思いますわ~」
女性は怯えきった少女の頭を優しく撫でる。そのぽわぽわとした雰囲気と優しさに少女は思
わず抱きつく。
「おばあちゃん、怖がらせすぎ!」
「ふむぅ・・・ちと、きつかったかのぅ・・・」
さっきまで舞っていた少女が歩み寄る。
「ごめんなさい!私のおばあちゃんが・・・」
その声に叱られた少女は顔を上げる。
「はじめまして、私はリンナ。あなたは?」
「リンナ・・・?え?・・・あ!えと、アンナ・・・アンナはアンナ!」
互いの名前を聞いた二人は、ぱあっと笑顔になる。
「アンナさん!?似てる!似てますね!」
「うんうん!リンナちゃん!そう思ってびっくりしたの!」
と、アンナの後ろから慌てた様子の男性が謝りながら入ってくる。
「あわわわ、すいません!すいません!うちの子が勝手にお邪魔してしまって」
「あ!パパ!いらっしゃいませー」
「いらっしゃいませじゃないだろ~アンナ~!」
父親がアンナの頭をくしゃくしゃと乱雑に撫でる。
「あ~!ばくはつしちゃった~」
「本当にすいませんでした!最近こっちに越してきたばかりで・・・」
「あら、そうだったんですか~。これから宜しくお願いいたしますね~」
「ああ、いえ!えと、こちらこそ宜しくお願いします!それじゃあ帰るぞ、アンナ」
「また来るねー!」
アンナは手を目一杯振りながら父親に抱きかかえられて帰っていく。
日が改まったのだろう、夕暮れから突然青空に戻った。
「リンナさん・・・これって・・・」
「恐らくこれは、アンナの記憶・・・だと思います・・・・・・さっきのは私とアンナが初めて出会った
時の記憶・・・」
そこへ再びアンナが元気良く屋敷へ走っていく。
「リーンーナーちゃーん、あーそーぼー!」
その声に応じて出てきたのは先日優しくしてくれた美しい女性だった。
「あ!リンナちゃんの・・・・・・おねえさん?」
美しい女性は嬉しそうに微笑みながら否定する。
「ふふふっ、嬉しいけど・・・違います。リンナちゃんのママですよ~」
「えー!?そうなの!?おねえさんでも十分通ると思うよ?」
「ありがとう~!もう私の娘にしちゃおうかしら~!」
ぎゅうっと抱きしめて頬ずりする。そこに舞いの装束に着替えたリンナがやってくる。
「えっと・・・ママ?何してるの?」
「あ、リンナちゃん~。紹介するね。私の新しい娘です!」
「よろしくお願いしまーす!」
「あ~・・・とりあえず、おばあちゃん呼んで来るね」
「待って!冗談だから~!怒られちゃうから~!」
その日はアンナもリンナの身内たちに混じって舞いを間近で見せてもらえた。
リンナは何度も注意されながら、その都度初めから舞い、嫌な顔一つせずに何度も何度も舞
い続けた。
舞いの稽古が終わったのは大分日が傾いてきた頃だった。水浴びで汗を流し終えたリンナと
縁側でお菓子を頬張る。
「何だか今日は・・・見苦しいところ、見せちゃったかな・・・?」
「そんなことないよ!むしろ前見た時よりもっと、もーっと!すごいと思ったよ!」
アンナの目は輝いている。
「だって、何度注意されても嫌だって言わないで、がんばりつづけてるんだもん!アンナだっ
たら、すぐ嫌になってにげちゃうよ・・・」
「そう・・・かなぁ・・・」
リンナは少し照れくさそうに笑う。
「いいなあリンナちゃんは・・・きれいでかわいいし、がんばり屋さんだし。アンナにはそういう
の無いしなー」
「私はアンナちゃんの事かわいいと思ってるよ?」
「え、そう?ほんとに~?しゃこーじれー?とかじゃなくて?」
「バレた?」
「え?ひどいーリンナちゃん!じゃあアンナもしゃこーじれーにする!」
アンナは頬を膨らませる。
「冗談!冗談だからそんなに膨れないでよ~。あ、でもカエルさんみたいでかわいいかも」
「か、カエル?」
「だめ?じゃあ、フグさん」
「ふ、フグ・・・んー、びみょう!もっとかわいい!ってなるものに例えてよ~」
また別の日、アンナはリンナに舞いを教えてもらっていた。
衣装も着替え、二人揃って同じ格好で練習を繰り返している。
「はぁ~・・・難しいね、舞いって・・・」
「ふふっ、元気なアンナちゃんには舞いの動きは少し難しいかもね」
「う~・・・でも、舞いをできるようになったら、アンナもきれいに見えるようになるかな・・・」
「その服着てるだけでもアンナちゃん、綺麗だけどね」
「えへへ、そう?」
二人は楽しそうに舞いの練習をを続ける。
またある日、アンナがふと疑問を口にする。
「ねえリンナちゃんって、どうして舞いをしようって思ったの?」
「う~ん、どうしてっていうか、そういう家計だから・・・かな?」
「かけい?」
「うん。ママも、おばあちゃんも子どもの頃から舞いのお勉強してたんだって。だから、私も
特に気にしないでやってたな~」
「そうなの?むむむ・・・舞いを勉強するとやっぱりきれいに・・・・・・」
休憩中の二人の元にリンナの母親がお茶とお菓子を持ってやってくる。
「二人とも、お疲れ様~」
アンナは持ってきたお菓子に飛びつき、早速頬張る。
「リンナ。もうすぐ本番があるのは覚えてる?、今日の夜に本番を想定した大掛かりなを練習
するから、今日はもう夜に備えてお休みしてね」
「はい、ママ」
「ねえねえ、ほんばんってなに?」
「あ、うん。今度近くのお山にある洞窟の前で舞いを奉納するの」
「ほー・・・のー・・・?えと・・・なに?」
「んーと・・・何て言ったらいいのかなぁ・・・」
「つまりね、『つまんないよー』って言って、今にもやんちゃしちゃいそうな人が洞窟の中に
居てね、その人に舞いを見てもらって、楽しんでもらおうっていうことなんですよ~。分かり
にくかったかな?」
アンナはむー、と少しの間考え込む動作をした後、なるほど、と手を打った。
「つまり、『おなかがすいたー』って言ってる子に、ごはんをあげるってこと・・・かな?」
「はい!そんな感じです!アンナちゃんの言い方の方が分かりやすいですね!」
ふふん!と胸を張るアンナ。
「それじゃあ、ごめんねアンナちゃん。私、もうお休みしないと」
「あ、うん!じゃあ、アンナ帰るね!」
帰り道、アンナは誰に言うでもなくぽつりと呟く。
「どうくつの奥・・・だれがいるんだろ・・・・・・」
当日、本番が行われるのは昼過ぎなのだが、アンナは朝早くに家を出ていた。もちろん、早
朝から向かったのは会場となる洞窟だった。
会場にはステージが設営されていたり、観客が腰を下ろす場所も整えられていた。肝心の洞
窟の入り口には縄が張られており、入る事自体は簡単だが、いかにも入ってはいけない感じが
見て取れた。
だが、今日のアンナは好奇心旺盛。普段しない早起きまでして来ているのだ。その縄はアン
ナの足を一瞬だけ止める事は出来ても、引き返させることは出来なかった。
アンナは縄の下をくぐり、中に入っていく。
奥へ進めば進むほど暗くなり、すぐに何も見えなくなる。好奇心が先走り、無計画だったア
ンナは暗闇を照らす物を何一つ持ってきていなかった。
自分の身体さえ見えない程の暗さに恐怖心を覚えつつも、岩肌を辿り前へ前へと足元に気を
つけながら慎重に進んで行く。
どこまで続いているのか分からない。先行きの不安が次第に大きくなっていくのを感じてい
たその時だった。
「だれ!?」
突然背後から声を掛けられ、アンナは思わず叫ぶ。
「ひぎゃあああああ!!!」
そのまま前方に倒れこみ、声のした方を向くと、そこにはランタンを持ったリンナが立って
いた。
「あ、アンナちゃん!?」
「あ、わわ・・・えと、えと・・・」
驚きから言葉が出てこないアンナにリンナが手を差し出す。
「とりあえず、大丈夫?」
「う、うん・・・ありが・・・とう」
リンナの手を取り立ち上がる。
「なんで?どうしてこんなところにいるの?」
アンナは自分が悪い事をしているという自覚から口篭ってしまう。その事を察したリンナは
自分がここに来た経緯を話す。
「私は舞台の具合を確かめに来たんだけど、そしたら、足跡を見つけてね、それが洞窟に続い
てるみたいだったから、ちょっと怖かったけど調べに来たんだ」
「うう・・・ごめんなさい・・・」
アンナは素直に謝る。
「どうくつのお話を聴いて、気になっちゃって・・・えと・・・奥にどんな人がいるのか・・・・・・」
リンナは反省しているアンナの顔をしばらく眺めた後、答える。
「昔の・・・人だって聞いた事があるけど、本当のことは私も知らないんだよね・・・自分で見た事
があるわけじゃないし・・・」
二人の目が合う。その間は二人の好奇心を呼び覚まし、同意の合図となった。
「・・・行って・・・みようか・・・・・・」
「うん・・・・・・」
ランタンを持ったリンナが先頭となり、更に先へと進んで行く。
そしてついに、恐らく最奥だろう場所に辿りつく。
二つの台座、その上にはそれぞれ箱が置かれていた。違うのはその大きさ。右の台座に置か
れた箱に比べ、左の箱はその三倍はあろうかという大きさだった。
それぞれの箱には一枚のお札が貼られ、後は紐が簡単に解けそうな結び方で結ばれているだ
けだった。
開けるのが簡単そうに見えてしまうその封は、二人に更なる行動を取らせる引き金となって
しまう。
「アンナ・・・おっきい方が見てみたいな・・・」
アンナは左の大きな箱に触れる。
「じゃあ、私はこっちでいいよ」
リンナは右の箱に触れる。
二人は無言で封を解いていく。見た目通り、封はいとも簡単に解かれ、アンナが先んじて箱
をそっと開ける。
次の瞬間、突然箱の中から黒い煙が蔦のように何本も伸び、箱を開けたアンナの身体に突き
刺さる。
「あ、あ、ああ・・・あああああああ!!!」
「アンナちゃん!」
黒い蔦はアンナの体内に入っていっているように見える。リンナは急いでその蔦を掴み、引
き抜こうとする。
「ああ、あああ・・・リンナ・・・ぢゃん・・・だ・・・ずげ・・・」
「アンナちゃん!アンナちゃん!アンナ!」
だが、どれだけ力を込めようとも一本も引き抜く事が出来ない。と、蔦の一本が大きくうね
り、リンナを弾き飛ばす。
弾き飛ばされたリンナの腕がもう一つの箱に直撃し、その反動で蓋が開く。
その中からは相反する白い光が飛び出し、リンナの身体を包む。
「アンナあああああ!!!」
二つの色は共に大きくなり、洞窟から分かれて飛び出していった。
リンナとヒイカを飲み込んでいた光は、通り過ぎるように反対側へと進み行き、やがて見え
なくなった。
「アンナ・・・まだ、ちゃんと記憶が残って・・・・・・よかった・・・本当に・・・・・・」
リンナは泣いているのだろう。見えなくても分かった。ヒイカは先ほどしてもらったように
リンナの手を両手で優しく包む。
「リンナさん・・・約束します!私に出来る事なら何でも協力します!ですから・・・必ず取り戻し
ましょう!」
「・・・・・・はい!・・・ありがとう・・・ございます、ヒイカさん・・・約束・・・お願いしますね・・・?」
「はい!必ず!」
リンナは涙を拭い、立ち上がる。
「アンナの魂の確認は出来ました・・・。後は分離させる術を準備する必要がありますね・・・です
が今は、脱出することを考えましょう」
「それなら叶銃を使って・・・」
「いえ、私の力で脱出しましょう。ヒイカさんにはもう、十分頑張ってもらいましたから・・・
ここは任せて下さい」
「出られるんですか?もう、どっちからきたのかも分かりませんけど・・・」
「私の『創造の力』を以ってすれば可能です。直接脱出することは出来なくても、脱出するた
めの物を創り出す事は出来ます・・・」
リンナは取り出した一枚のお札に精神を集中する。
「我が創造の力よ、我の言の葉に応じ、与する力を与えよ!『転移の印!』」
・・・・・・。
「出来ましたよ、ヒイカさん。早速これを使って脱出しましょう!」
暗すぎて全く分からない。本当にその言葉通りの物が出来たのか判別がつかない。だが、リ
ンナが自信満々に言うのだから出来ているのだろう。
リンナに言われるがまま二人の手でそのお札を挟みこむように手を繋ぐ。
「転移!」
リンナが合図をした次の瞬間、目に色が飛び込んできた。
「お、戻ってきたわね」
グリムの声が聞こえるが、まだ明るさに目が慣れていないため姿が認識できない。
「はい、ただいま戻りました」
「首尾は?」
「ええ、幸運にも」
「そう、それじゃあ・・・どうする?」
リンナは『負の象徴』を見る。
「平和の象徴・・・貴様、余所者の力を借りようというのか!この、何百年と続く我らの戦いを穢
そうと言うのか!」
「『負の象徴』・・・私はこの戦いをその様に捉えた事はありません。アンナを取り戻すためであ
れば、私は仲間に縋ります!」
「貴様・・・」
「此度の戦いで私のしたかった事は終わりました。グリムさん、これを」
リンナは何枚かのお札をグリムに手渡す。
「最後は必ずこのお札で封印してくださいね」
「どのくらいまでならやっていいの?」
「完全に消滅してしまうまでには、封印してください」
「了解」
グリムはお札を懐にしまう。
「待て!逃げる気か!」
「後の事はグリムさんに任せて結界を出ましょう、ヒイカさん」
「は、はい、分かりました」
リンナは『負の象徴』の方を見ることなく、ヒイカを連れてその場を立ち去っていく。
「さて、『負の象徴』さん。ご退場願いましょうか」
グリムがリンナを睨み付ける視線を遮るように向かい、立ち塞がる。