罪
「命じます、『動くな!』」
同時にバンリが鎌を出し、切りかかる。
「一旦、魂を抜かせてもらう!うおおっ!」
が、何事も無いようにサギエルは斧を取り出しそれを防いだ。
「何!?」
「命令が・・・通じない・・・!」
サギエルは斧を振り、バンリを弾く。
「くっ!どうなってんだ!?」
「対策を・・・してきているのでしょう。ヒイカさん、何か聞こえたりはしませんか?」
ヒイカは目を閉じ、意識を集中する。
「これは・・・・・・すいません、何かを言っている様ですが・・・声が多すぎて聞き取れません・・・」
「声が『多い』・・・もしかして、他の人たちの憎悪で心の隙間を埋めて・・・」
「ラキエル!」
「ラキエルさん!・・・『信念の剣!』」
考え込んでいたラキエルにサギエルが斧を振り下ろす。それをバンリの鎌とヒイカの鞘に納
まったままの刀が受け止める。
カチャカチャと震えながら、今にも押し込まれそうになりながら必死で堪えている。
「効かない、聞かない!ラキエル、あなたの力は私には効かないいい!」
サギエルが更に力を加え、二人掛かりでも押さえきれず、少しずつ押し込まれていく。
このまま押さえ続けることはまず無理だろう。以前にも交えた事のあるバンリには分かって
いた。いくら二人掛かりとはいえ、方や以前何もできなかった自分と方や戦いの経験の無いヒ
イカだ。あの日から大した日数も経過していないし、どう考えても力不足だ。
だが、それでも止めなければならない。通してしまえば確実にラキエルに危害が及ぶ事にな
ってしまう。それに、なにより・・・力になると決めたから・・・なりたいから、決意する。
「ラキエル!あたしに・・・・・・『力』をくれ!」
その必死の叫びに、ラキエルは察する。バンリが求めているものを、自分にどうして欲しい
のかを・・・。
向けろと言うのだ。両親を殺してしまったこの力を、友達に。怖い。恐ろしくて身体が震え
るほどに。ラキエルにはできなかった。
「ぐああっ!」
サギエルは二人を薙ぎ払う。そして、ラキエルの方へ真っ直ぐに歩いていく。
吹き飛ばされたバンリは、すぐさま体制を整えると、進行を妨げるべく飛び掛っていく。
「行かせない・・・させない!」
鎌を振り回し、何度も打ち込んでいくが、全て防がれてしまう。それどころか、力の差があ
るため、競り合いとなれば押し返され、体制を崩される事になる。通らずと打ち続けるしかな
かった。
だが、それも疲労により長続きしない。サギエルは受け止めるだけだが、バンリは鎌を振り
回し続けている。サギエルが自ら攻めずとも勝手に倒れるだろうことは明らかだった。
バンリは打ち込むのを止め、距離を取る。諦めたのかと思われたが、入れ替わるようにヒイ
カが打ち込む。
「・・・小賢しいな・・・」
サギエルは受け止めるのを止め、押し返し、横に薙ぎ払う。
「うわあっ!」
ヒイカは吹き飛ばされる。そして間髪いれず、斧を今度はバンリに対し投げつける。
「ぐううっ!」
バンリは鎌で受け止めるが、重さに耐え切れず吹き飛ばされてしまう。
二人が立ち上がることが出来ない事を確認すると、ラキエルへ向き直る。そしてついにサギ
エルはラキエルの目の前に立つ。しかし、それを遮るように今度はハワーが間に割り込み、懐
中時計を構える。
「ラキエル、あなたは罰を受けなければならない・・・罪を犯した罰を・・・」
サギエルは離れた所に転がっている斧を一旦消滅させ、改めて手元に召喚する。だが、構え
る事は無く、語り始める。
「だと言うのに・・・他の御回り共は碌に追及もせず、さっさと引き上げてしまった。家庭の事情
にあの状況・・・最も調べるべき相手を全く調べようとせず、仕舞いには『事故』で片付けるなど
と言い出した!」
ラキエルは何となく分かっていた。何処の土地に行っても、おまわりさんはラキエルの事を
知っていたし、何より親身に対応してくれた。
食べ物をくれたり、寝床を貸してくれたり、野宿するのに安全で過ごしやすい場所を教えて
くれたりと、皆が皆、優しくしてくれていた。
きっとおまわりさんたちは護ってくれていたのだろう。事情を知っていたのかどうかまでは
分からないが、その様に努めてくれていたのだろう・・・。
「私は納得がいかなかった!罪を犯したものに罰を与えず、野放しにしておく事など!だから
私は上司に直談判した・・・だが、返ってきた答えは信じられないものだった・・・」
サギエルは深い溜め息を吐く。
「上司は言った・・・『真実を明らかにする事が正義とは限らない』と・・・あろうことか、私の正
義を否定されたのよ!その時の私の気持ちが、あなたに分かる!?」
「あなただって、ラキエルちゃんの気持ち・・・分かってるの!?」
ハワーは言い返す。
「ラキエルちゃんは・・・今よりもっとちっちゃくて・・・知らなかったんだよ・・・自分に・・・そんな
力があるなんて知らなかったんだよ!」
「それがどうした!!!」
怒鳴られ、ハワーは思わず怯む。
「例え子供であろうと、自覚が無かろうと、罪は罪!むしろ子供であるからこそ罰を与え、悪
い事をすれば報いがあると教える必要がある!ましてや、逃げるなど・・・・・・」
「ら、ラキエルちゃんはもう・・・十分苦しんだよ・・・・・・」
ハワーの目から涙が零れ落ちる。
「足りない。それだけでは・・・足りない!」
「いい加減・・・黙れよ!」
バンリが背後から飛び掛るも、軽くあしらわれて床を転がる。
「私は追及する事を止めなかった。私は、私の正義を果たそうと追い求めた!だが・・・」
サギエルは自分の黒い翼を労わるように擦り始める。
「血が・・・天使族の血までもが、私の正義を否定した・・・」
天使族は悪行を重ね、その大きさや数が一定の水準を超えると、その身に流れる血が反応し、
翼を黒く染め上げてしまう。
黒い翼は、天使族にとっては『犯罪者』に等しい烙印となる。隠す事も出来ず、二度と戻る
事は無い。
「どうして罪を犯したあなたが何事も無く、真実を明らかにしようとした私の翼が黒く染まら
なければならないのか!」
改めて思い知る。自分は今までどれだけの、罪の無い人々を傷つけて来たのかを。
たった一つのわがままのせいで両親は死に、正義感溢れる女性は一生消えることの無い烙印
を押され、自分を護ろうとしてくれている友達は傷つき、涙している。
「分かり・・・ました・・・・・・」
これ以上は堪えられない。ラキエルはその場に膝を突き、頭を下げる。
「罰を・・・受けます・・・だからもう、武器を納めてください・・・お願いします・・・」
「ラキエル・・・ちゃん・・・?」
「何で・・・だよぉ・・・」
「ラキエルさん・・・」
ラキエルの言葉を聴いたサギエルは動きを止める。
「果たした・・・・・・遂に・・・私の正義は、果たされた!う!ぐぅぅっ!」
その時だった。サギエルは突然苦しみの声を上げ始めた。胸を押さえ、よろめきながら苦し
んでいる。
「一体何が・・・」
その問に答えたのは、離れた場所で見守っていたリンナだった。持っていたお札から声が聞
こえてくる。
「どうやら、彼女の憎悪が一部晴らされた事により、その隙間に他者の憎悪が入り込んできて
いるのでしょう」
「どう・・・なるのですか?」
「暴走することになるでしょうね」
その言葉通り、サギエルは雄叫びを上げ、ラキエルたちに襲い掛かる。
「グオオオオ!コロス!コロス!コロスウウウ!!!」
「た、『タイム・アクセル!』」
間一髪の所で、ハワーによる加速の時間操作でかわすことができた。だが、それで諦めてく
れるわけがない。再び斧を振り回し、襲い掛かってくる。
それを同じように何度もかわし、一度距離を取る。
「だめだー・・・魔力きれちゃうよー・・・」
後一度か二度が限界だろう。相当辛そうにしている。
「こっちだ!こっち!」
ハワーとヒイカが引きつけてくれてはいるが、それも長く持ちそうにない。
「ラキエル!頼む!力を貸してくれ!」
バンリは再び懇願する。命令をしてくれと・・・。杖を見つめ、葛藤を続けるラキエルの耳に、
ヒイカの声が聞こえてくる。
「ラキエルさん!力に良いも悪いも・・・ありません!使い方次第で・・・護る力になるんです!」
使い方次第・・・。
「自分自身で・・・護る力に変えるんです!」
ラキエルにとって、この『命令』の力は災いの様なものだった。一言でたくさんの人の人生
を狂わせた忌むべき力。
だがもし、もしも、この力で護ることが出来るのなら・・・・・・
ラキエルは杖を構える。
それを見たサギエルは阻止しようとバンリを弾き飛ばし、ラキエルに一直線に向かってくる。
「くそぉ!これじゃあ、届かん!ラキエルー!」
「私は・・・命じます・・・」
「お前の力は・・・私には効かん!」
サギエルは斧を思い切り振り下ろす。
『私よ、受け止めろ!』
ガキィィィン!
ラキエルは杖で振り下ろされた斧を受け止め、堪えている。
「まさか・・・自分自身に!?ならば!」
サギエルは何度も斧を振り回すが、ラキエルはその全てを受け止め、吹き飛ばされずに堪え
切る。
打ち込みを止め、競り合いに切り替えて力で押し潰そうと試みる。
「このまま・・・押し切ってくれるわ・・・・・・・!」
「わ、私は・・・命・・・じる・・・」
危機を悟ったサギエルは妨害しようと渾身の力を込める。
「させ・・・ないぃぃぃ!!!」
だが、
『私よ・・・・・・押し・・・返せええええええええ!!!』
サギエルの身体が次第に後ろに仰け反っていく。
「はあああああああああ!!!」
キィィィィィン!
サギエルの斧が弾かれ、大きくバランスを崩す。
「バンリさん!」
ラキエルの声にバンリは反応し、大きくよろめいたサギエルに一直線に走り出す。
サギエルはそれに気付き、バランスを崩しながらも、何とか斧を振り下ろそうとする。
「ハワー!」
「まかせて!『タイム・アクセル!』」
『御魂狩り!』
サギエルは何とか斧を振り下ろした。だが、すでにバンリの姿はそこには無かった。身体の
胸部の辺りに真っ二つに斬られた痕があった。
血は出ていない様だが、身体が動かない、意識も・・・薄れる・・・。
バンリの振るった鎌の先には、青白くてぼんやりとした光が灯っていた。
「その魂、一旦回収させてもらったぜ」
サギエルはそのまま倒れこみ、動かなくなった。
「とりあえずお札を!」
動かなくなったサギエルにお札を貼り付けると、その身体から黒くて禍々しいものが噴出し
消えていった。
「これで・・・もう、大丈夫なんでしょうか?」
「もう魂を戻してもいいの・・・かな?」
「一晩寝かせてみる?」
「料理みたいな言い方すんな!」
終わったのを確認して、リンナたちが集まってくる。
「もう大丈夫ですよ。ですが、魂を戻すのは結界の外に出てからにした方がいいでしょう。フ
ュクシンさんは子供たちを結界の外に。ファルセイドさんとポンさんはその護衛を。」
「リンナさんは・・・どうするのですか?」
ヒイカは少し不安そうな顔を浮かべている。
「もちろん、このまま行きます」
そう言うと、直ぐに奥へと歩き出して行く。
フュクシンを先頭に、結界の外へと向かうラキエルたち。その表情は晴れやかでは無かった。
「ラキエルちゃん・・・・・・本当に罰を・・・受けるの・・・?」
「はい」
「ラキエルさんは・・・本当にそうしたいのですか・・・?」
「はい」
「・・・・・・」
ラキエルは淡々と返事をするだけで、それ以上話す事は無く、後ろを歩く三人の顔を見るこ
とも無かった。
結界には直ぐに辿り着いた。フュクシンは丁寧に結界に穴を開け、皆を外へ導いていく。
「これで全員か?」
結界の外で待っていたサラードが確認をする。
「大人は?」
「四人です」
フュクシン、ポン、ファルセイドと背中に担がれているサギエル。
「子供は?」
「四人です」
ラキエル、バンリ、ハワーと・・・?
「ほう、これが俗に言う『妖怪一足りない』というやつか」
その言葉にフュクシンは慌てて確認する。
だが、一人だけ結界の外に付いて来ていなかった。
「ヒイカ様!」
もう一度結界の中に入ったフュクシンだったが、そこにはもう姿は無かった。
リンナは入り組んでいる建物の中を迷い無く歩き、進んで行く。その後ろをグリムが周りを
キョロキョロしながら付いて行く。
「あとどれくらい?」
「もう直ぐです」
「あなたの言う『もう直ぐ』の定義がどれくらいなのか知らないから分からないわね」
「具体的には・・・一分程度です」
「分かってるなら、初めからそう言ってくれればいいのに。そんなことより・・・」
グリムはリンナの背中をちょんちょんと突き、指を刺して後ろを見るように促す。
その指の先には、胴体は見えないが、物陰から白い翼が豪快にはみ出ていた。
「えっと・・・どちら様ですか?」
何者かは驚き、物奥に引っ込むが、また直ぐにするすると物陰から白い翼がはみ出てくる。
「はぁ~。ヒイカさん、バレてますから出てきて下さい」
そう言うと、ヒイカは素直に出てくる。
「どうして来たんですか?ここから先は危ないですよ?」
ヒイカは少し考えてから話す。
「叶銃を・・・取り返したいから・・・です」
「叶銃?」
「あ~、取られてたんだっけ」
「そうです」
「それは取り返しに来るのも、致し方ないわね~」
グリムはチラッと二度三度目線を送る。
「分かりましたから・・・グリムさんの傍から離れないようにしてくださいね?」
コクコクと大きく頷いたヒイカを加え、三人で奥へ歩を進める。
誘っているのか、諦めているのか、辿り着くまでの間に襲撃を受ける事は無かった。
建物の奥、大きく開けた部屋で『負の象徴』は待っていた。その姿は、全体的に黒く、人の
形は成しているものの不安定で、その身体はグニャグニャと小さく揺らめいている。
目を閉じ、眠っているかの様であったが、リンナの気配を感じたのか、リンナが二三歩近づ
くと言葉を発した。
「来たか・・・『眠り姫』よ・・・」
「そ、その言い方は止めて下さい!人が気にしている事を!」
涙目になり怒るリンナを鼻で笑い飛ばした『負の象徴』は立ち上がり、リンナと向かい合う。
「グリムさん、ヒイカさん。お二人は下がっていてください。お願いします」
グリムは静かに頷くと、ヒイカを抱えて部屋の外まで出て行った。
「『平和の象徴』よ・・・決着を付ける決意をしたそうだな」
「それが何か?」
「『諦めた』のか?」
その言葉を聴いた瞬間、リンナの耳がピクリと動いた。
「・・・アンナは・・・必ず取り戻します」
その名を口にしたリンナは悲しそうだった。
「やはりな・・・貴様はそうだと思っていた。幾千万もの犠牲を出そうとも、たった一人の人物に
固執し続け、決してこの我を倒そうとしない。お前が『象徴』と成りし日からずっとだ」
「・・・私は・・・あなたとは違います・・・・・・。私は、ただ単に長生きしているだけの人。『象徴』
となる決意も資格も得ないままに成った、ただの人・・・」
「それでも貴様は成り、力を得た。ならば、争い、勝ち取らねばならん・・・平和というモノを」
リンナは巫女装束の袖からお札を出し、構える。
「無論、勝ち取ります。ですがそれは・・・平和などでは無く、私の望む未来です!」
「ふん・・・千もの年月を経ても受け入れられぬか・・・ならば、この代は始末してしまう他あるま
いな。覚悟せよ!」
二人の『象徴』が想いを交える。