決意
今まで何年も逃げてきたわけだが、会おうと思えば簡単だった。当然と言えば当然だ。向こ
うはこちらを探し続けて、この町までやってきているのだから。
地面に降り立ち、翼を畳む。意を決し、見つめる先にはその人がいる。逃げ続けていたその
人が。
「・・・・・・こん・・・・・・・・・にちは・・・・・・サギエルさん・・・・・・」
恐る恐る、ラキエルからたどたどしい挨拶を送る。すると、黒い翼の天使族の女サギエルは
あからさまに嬉しそうな表情に変わる。それはまさしく、探し求めた宝を見つけたかのようだ
った。
「ラキ・・・・・・エル・・・・・・!ようやく・・・・・・ようやくぅぅぅ!」
強烈な威圧感がラキエルを包み込む。恐ろしいほどの憎悪を秘めた眼でこちらを真っ直ぐに
見つめてくる。思わず後ずさるが、堪え、決して目を逸らさない。
どれだけの時間だったのだろう、二人は言葉を交わす事無く、瞳に焼き付けるが如く互いを
見詰め合っていた。
そんな中、先に口を開いたのはラキエルだった。
「どうして・・・・・・どうして、私以外の人を・・・・・・傷つけたのですか?」
何も答えない。聞こえなかったのか、それとも、声を出したつもりで出ていなかったのでは
と、疑わしく思えてくるほど反応が無い。
答えが返ってきたのは、もう一度、と口を開いた時だった。
「・・・・・・来ると・・・・・・思ったから・・・・・・お前が・・・・・・逃げるから・・・・・・」
様子が普通ではない。自分の知る彼女とは雰囲気がまるで違う。いくら自分に対して憎悪を
抱いているとはいえ、これほど、まるで別人のように纏っている雰囲気が変わるものだろうか。
それともやはり、こうなってしまうほどに、憎悪が強いのだろうか。
サギエルはおもむろに信念の剣である斧を取り出し、ラキエルの方へゆっくりと歩いていく。
「・・・・・・さ、サギエルさん・・・・・・!?」
歩みを止めることは無く、強い殺意を発してさえいる。
「真実を・・・・・・確かめに来たんじゃないんですか!?」
逃げなければ、逃げなければ逃げなければ・・・・・・確実に斬られる!
「私は!私は・・・・・・もう、逃げません!ちゃんと・・・・・・全て話しますから!」
もう間に合わない。躊躇う事無く斧を振り上げる。
その表情は、その眼はかつての彼女のものとはまるで別人のようだった。ただただ、恨みに
身を委ねて、憎しみの対象を憎む理由など忘れたかのように、ただただ、殺そうとする。そん
な、機械のように冷たい表情をしていた。
声は聞こえなかった。あまりに冷たく、色の無い表情に全ての感覚を持っていかれていたの
だろう。気が付いたときには、地面に仰向けになっていた。
少し身を起こすと、振り下ろされた斧が地面に突き刺さっているのが見えた。無意識に避け
たのか、はずしたのか。と思っていると、自分の直ぐ横にもう一人、倒れている人がいること
に気が付いた。
白い翼、天使族、男の子・・・・・・ヒイカだった。
「・・・・・・どう・・・して・・・・・・」
怪我をしているようには見えない。ヒイカはその声に反応したかのように身体を起き上がら
せる。
「どうして!どうして一人で行くの!?危ないってわかってたはずなのに!」
起こっている?いや、泣いているのだろうか。
子供のヒイカとは、大した会話もしてないし、むしろ自己紹介をしあったくらいだ。大人の
時の記憶も無いはずだ。なのにどうして・・・・ここまで・・・・・・
「どうして・・・・・・私を・・・・私の・・・・・・・ために・・・・・・」
「・・・・・・声が・・・・・・聞こえたから・・・・・・」
声。ああ、ヒイカさんの力・・・・・・。知らない内に願ってしまっていたのだろうか。
「ラキエルちゃんが・・・・・・早く帰って来ますように・・・・・・あいつの力になれるように・・・・・・強
くなりたい・・・・・・」
それはラキエルの声ではなかった。それは、私の・・・・・・友達。
もちろん、二人が信用できないわけではない。嫌いになっただなんて、もっと無い。私はた
だ・・・・・・巻き込みたくなかった・・・・・・。いや、それは信用していない事と同意義だろう。現に、
二人に事情を話さず、こうして一人で解決しようとここに来ているのだから。
『友達』・・・・・二人は私をそう想ってくれている。だが、私は・・・・・・口先だけで、心の中では
二人のことを・・・・・・。
ラキエルの目から涙が溢れ出てくる。
「どうしても・・・・・・この恨み・・・・・・晴らさせては・・・・・・くれないか!」
深々と突き刺さった斧を抜き、向き直る。
それを見たヒイカは、腰の辺りから一丁の銃を取り出す。
「叶銃・・・・・・これで・・・・・・」
ヒイカは強い眼差しでラキエルを見る。
「願いを、貸してください」
「え?えっと・・・・・・」
「願って!ラキエルさんは・・・・・・あの人をどうしたいのかを!」
四歳の時だった。両親が死に、涙も流すことが出来ずにただ、呆然としていることしか出来
なかった私を、励ましたりとかそんな言葉は一切無く、やわらかくて温かな腕と真っ白な翼で、
彼女サギエルは優しく包み込んでくれた。どれだけ心が救われたことだろう。
だが、今の彼女にはその頃の面影すらない。憎悪だけじゃない、何か、別の力が彼女をあれ
ほどまでに変えてしまったに違いない。だから、願いは・・・
「サギエルさんの心を・・・取り戻して下さい!」
ヒイカは叶銃を胸に当て、祈るように銃に意識を集中する。
「込める願いは・・・回帰の願い!」
銃口に柔らかな光が集まっていく。そして、対象であるサギエルに向ける。
「この願い・・・叶えましょう!」
引き金を引こうとしたその時だった。
ヒイカの足元から漆黒のツタが伸び、その手から銃を叩き落とした。
「っ・・・!」
その衝撃でヒイカは二三歩後ずさる。叩き落とされた叶銃は、地面に出来た漆黒の水溜りに
落ち、そのまま沈んでいってしまう。
「銃が!」
手を伸ばすが、ツタに弾かれ、尻餅をついてしまう。やがて、銃は完全に見えなくなり、水
溜りも跡形も無く消えてしまった。
「叶銃・・・・・・使わせると思うたか」
その声は確かにサギエルから発せられた。だが、その声質は全く異なっていた。
「・・・だ・・・れ・・・?」
その問には答えない。
「所有者ヒイカ・・・始末しすれば、消ゆるか・・・新たな所有者を求むるか・・・・・・何れにせよ、扱
う力を持つ者を生かしておく道理は無い・・・・・・」
誰に言うでもなく、自分自身だけで考えを纏め、行動に移す。
サギエルに取り憑いているのであろう何かが、こちらに意識を向けた瞬間、先ほどのツタが
いくつも伸び、二人の身体の自由を奪った。
「何が・・・起こって・・・」
「取り憑く憎悪は・・・・・・無いか・・・なれば・・・」
まるで二人の事を生物だと思っていないかのようだ。判断基準はただ、利になるか、害にな
るかのみ。話を聞く事も無く、邪魔を取り除こうとする。
「ヒイカさん・・・・・・サギエルさん・・・・・・」
巻き込みたくない。そんな想いからの行動が、次々と近しい人を危険な目に会わせて行く。
一歩、また一歩、こちらを始末しようと近づいて来る。猶予はもう無い。
「・・・・・・私の・・・信念・・・・・・『信念の剣』よ!」
縛られたままのラキエルの手の中に、それは現れる。形状は杖。輪が付いている以外にはこ
れといった特徴は無い。
「・・・・・・止まって・・・下さい・・・・・・」
話が通じる相手ではない。止まるはずが無い。一つ大きく深呼吸をする。そして、ラキエル
は決意を秘めた眼差しで、迫り来る相手を見る。そして、一言、告げる。
『止まれ』
その言葉に、杖の輪が音叉の様に振動する。すると、目の前の何かの動きが完全に止まって
しまった。まるで時間が止まったかのように、ピクリとも動かない。
「・・・・・・!!?・・・この・・・力は・・・・・・一体・・・!?」
『何か』は驚きを隠せない。何とか動かそうとしているようだが、動かない。
「貴様は・・・・・・何者―――」
夜の闇に染まりつつあった空が突然、赤々と煌いた。その鳥の姿をした煌きはぐんぐんと、
『何か』の上
に降下してくる。
『朱雀!』
煌く炎の鳥は『何か』とは少しずれた、伸びるツタを断ち切る様に地面に激突した。その爆
風でツタは全て焼け落ち、二人は解放される。
炎が治まり、姿を現したのはフュクシンだった。
「お二人とも、お逃げください・・・ミーニさん!」
ふと、二人の後ろからくいくいっと服を引っ張られる。後ろを振り向くと、そこにいたのは
ハワーの妹のミーニだった。
「み、ミーニ・・・ちゃん!?」
「・・・に、逃げますから・・・つ、つないだ手を・・・はなさないでください・・・ね?」
その様子を見た『何か』は地面に手を着き、三人の真下に黒い水溜りを発生させ、捕えよう
とする。だが、
『た、タイムカット!』
その声が聞こえた瞬間にはもう、三人の姿は無かった。
「・・・!?逃げ・・・られたのか・・・?」
驚く『何か』に対しフュクシンが口を開く。
「・・・・・・お久しぶりですね・・・『負の象徴』・・・」
「・・・お前か・・・忌々しき者よ・・・・・・」
負の象徴と呼ばれるモノは反応を見せる。
「変わらぬな・・・姿、形・・・理を弄びし咎人よ・・・・・・また・・・我に仇なすか・・・」
「・・・いえ、時代は変わりました。あなたを打ち倒すことは、今のこの世界には容易と言えるで
しょう」
負の象徴は溜め息をつく。
「この五十数年の間に・・・異界の侵略者どもめ・・・」
「・・・・・・世界は繋がり、途方も無く広がりました・・・。最早、我々は古い存在・・・。」
「ただ、朽ちろというのか?」
「故に、私たち『強化獣人』は、創られた理由のために生き続けます。あなたも、生き方を変
えるべき時でしょう」
「我は・・・・・・」
負の象徴は、取り憑いているサギエルの頭が力なく俯く。
「リンナ様は、この因縁の決着をお望みです。負の象徴よ・・・リンナ様と戦って下さい・・・」
「・・・・・・」
負の象徴は答えず、そのまま足元に作り出した水溜りに沈み、消えていった。
三人はいつの間にかハイラント邸の玄関の前にいた。
「あれ?・・・え?え?」
何が起こったのか理解できないヒイカとラキエルに、ミーニはただ早く中に入ろうと二人の
袖を引っ張り、促す。
「おかえりなさいませ」
中に入ると、ガルが笑顔で迎えてくれた。とりあえずソファーに座り、淹れてくれたお茶を
飲み、一息つく。
ふとミーニの方を見ると、ミーニはソファーに横たわって眠っているようだ。
「時の力を使って、疲れていらっしゃるんですよ」
「時の力・・・?」
「はい。ミーニさんも、ハワーさんも、その血族の兎種は『時の兎族』と呼ばれていて、皆さ
ん時間を操る力を持っていらっしゃるんですよ」
「そんな、とんでもない力を・・・」
「ただし、魔力の消費が激しいですし、兎種自体の魔力は魔獣族の中でも最低レベルだそうで
すから、ここぞと言う時くらいしか使えないそうですよ」
そんな力を自分たちを助けるために使ってくれたのだ。改めて、自分がたくさんの人に迷惑
を掛けているのだと思い知った。
夕食を終え、ラキエルは皆に話す決意を伝える。
「いいのか?」
検査を無事に終えたバンリがもう一度確認する。ラキエルは強い眼差しで頷く。
そして、ゆっくりと話し始める。
「・・・私の両親が死んだ事はもう、話しましたよね」
バンリもハワーも頷く。ラキエルは一度深呼吸をし、意を決したように口を開く。
「私が・・・・・・殺したんです」
皆が驚き、我が耳を疑う。
「ど、どういう・・・!?」
「私の・・・能力です」
ラキエルは杖を出現させる。
「私には、『命令』する事によって、人をその命令に従わせる力があるみたいなんです」
「ある・・・みたい?」
天使族には、三歳、六歳、九歳、十二歳の時の四度、どのような能力を持っているのか検査
する機会がある。それは義務であり、必ず受けなければならないことになっている。
「そもそも、そんな・・・とんでもない力、本当に持ってるのか?」
言葉だけで信じられるような能力ではない。正直に言って、ありえないほどのものだ。
「そうですね・・・じゃあ、一度やって見せましょうか?」
ラキエルは疲れてぐっすりと眠っているミーニをみる。
「え?ミーニちゃんにやるの?」
ハワーは不安そうだ。
「はい。私の力は、心の隙間に『命令』を打ち込み操るものです。なので、心に隙のある人に
しか効き目がありません」
「なるほど、ミーニは今疲れて眠っているし、起こそうとしても簡単には起きそうにないから、
確かめるにはうってつけということか」
「う~~~。あんまり、おかしなことさせないでね・・・?」
「大丈夫ですよ、ハワーさん。とりあえず、立って歩かせるくらいですから」
ラキエルはミーニに意識を集中し、告げる。
『立ってください』
・・・・・・立たない。もう一度。
『立て』
その言葉と同時に、ミーニは眠ったまま背筋を伸ばして立ち上がる。
『このお茶を飲み、元の位置に戻って寝ろ』
その言葉に忠実に行動し、再び横たわる。
「間違い・・・ないな」
皆が納得する。
「私がこの力が自分にあると知ったのは四歳の時。まさしく、おとうさんとおかあさんを殺し
てしまったその時でした・・・・・・そして、あの人・・・サギエルさんと出会ったのも・・・」
父、母、娘のどこにでもいるような三人家族で、何の問題も無い、仲のいい家族だった。喧
嘩をする事も無かったし、したとしても、次の日にはもう仲直りしているような、本当に仲の
いい家族だった。
ラキエルが四歳の誕生日を迎える前日の夜だった。
「どうして!?明日はラキエルの誕生日で・・・私たちの結婚記念日でもある大事な日なのに!」
母は父に詰め寄る。
「ごめん!!明日は・・・どうしても人手が足りなくて、元々お休みする予定になってたんだけ
ど、どうにも休めないみたいなんだ・・・」
父は必死に怒る母を納得してもらおうと説明する。
「どうにも・・・ならないの?」
「ああ・・・自分一人が勝手な事をすれば、皆に迷惑を掛ける事になってしまう・・・」
その会話を物陰で聞いていたラキエルが目に涙を溜めて出てくる。
「あした・・・おとうさん、いないの・・・?」
今にも泣き出してしまいそうな声。
「ラキエル・・・・・・ごめんな。また今度、いっぱいお祝いしような」
そう言って頭を撫でるが、泣き出してしまう。
「いやあだぁ!いやなの!いやああああ!」
父は頭を掻き、困ってしまう。それを見た母はラキエルをなだめようとする。
「ラキエル・・・明日は二人だけで美味しいもの食べて、お父さんをくやし~って言わせてあげよ
うか」
優しくラキエルを抱きしめ、背中をぽん、ぽんと叩く。すると、ラキエルの泣き声が止む。
ようやく納得してくれたかと二人は安堵するが、
「・・・きらい・・・なの?わたしのこと・・・きらいに・・・なっちゃった・・・の?」
涙が再び溢れてくる。二人はそんなこと無いと伝えるが、表情は晴れない。それどころか、
ついには怒り出してしまう。
「なんでなんでなんで!きらいじゃないのにどうしておねがいきいてくれないの!おたんじょ
うびはみんないっしょがいいのー!」
もはや二人の声が聞こえないほどわめき散らす。それでも二人は首を横に振り、なだめ続け
るだけ。ラキエルはそんな二人を突き飛ばし、言ってしまう。
「もう!いい!おとうさんもおかあさんも、きらい!『どっかいけ』!」
確かに、言葉を発したその時のラキエルには、小なり憎む感情が含まれていたかもしれない。
それでも、ただ少しだけ離れて欲しいと思っただけだ。
だが、父と母はそれを『命令』として、過激に受け取ってしまう。
二人は突然、何かを思い立ったかのように台所へ向かう。そして、その手に包丁を持ち、向
き合う。
その異様な光景にラキエルはえもいわれぬ不安を感じ、足元に抱きついて止めようとする。
「ラキエル・・・・・・いってくるね」
抱きつき顔を見上げるラキエルの方を一切見る事は無かった。
父は母は一切迷う事無く、互いの心臓を寸分の狂い無く貫いた。
床に倒れた二人は、いくら揺すろうが、言葉を投げかけようが、ピクリとも動く事はなかっ
た。必死に二人を起こそうとしていたラキエルは諦め、二人の血に塗れたまま、呆然としてい
るしかなかった。
夜が明けて、おまわりさんたちがきた時も、ラキエルは変わらず二人の傍にうずくまってい
た。何か話しかけられている声は聞こえていたが、何も考える事ができず、一切答えることが
できなかった。
そんな時だった。やわらかくて温かな腕と真っ白な翼で、包み込む様に抱きしめられたのは。
その温もりは、色を失い何も映さなくなった心に、再び色を灯すほどに温かかった。
ラキエルの手は自然と相手の背中に周り、きゅっと掴んでいた。ようやく動きを見せたラキ
エルにその人は、安堵を含んだ声色で、その時初めて声を掛けた。
「私は・・・・・・サギエル・・・あなたは?」
「・・・・・・・・・ラキ・・・エル・・・」
その後ラキエルはサギエルにお風呂に入れてもらい、それがきっかけで、二人は良く会話を
するようになり、時折、笑顔さえ見せるようになっていた。
サギエルは何人もやってきたおまわりさんの中の一人だった。彼女はこの件の捜査の傍ら、
ラキエルの事をしきりに気に掛けていた。だが、当のラキエルは、自分のせいでこんなことに
なってしまったのだと思っていたため、捜査を進めるサギエルたちおまわりさんに恐怖を感じ
ていた。
いつか捕まってしまうだろうと思っていた。だが、捕まる事は無かった。それどころか、お
まわりさんたちは捜査は終わったよと言い残し、それ以来、来なくなった。
だがただ一人、サギエルだけは毎日のように来ていた。何度も何度も、ラキエルに話を聴く
ために。内容は何か覚えている事は無いか、詳しいその時の状況とラキエル自身がどのような
行動をしていたのか、そして、能力を持っているか、自覚はあるのか。それらの問に、ラキエ
ルは一切答えなかった。分からなかったのではない。ただ、恐かったのだ。
当時、ラキエルは隣の家に一時的ではあるが引き取られていたのだが、その家の者たちは何
度も訪れるサギエルを迷惑に感じていた。ラキエルに対して辛く当たることは一度も無かった
どころか、とてもよく気に掛けてくれていた。
だからこそ、ラキエルは決意した。ここに居れば、引き取ってくれている家の人たちに迷惑
を掛けてしまう。そして、捕まってしまう。そう思ったラキエルは、皆が寝静まったのを見計
らい、家を飛び出す。そして、路上での生活を始めたのだった。できるだけ人と関わらない様
に、深い繋がりを持たないように。必ず、迷惑を掛ける事になってしまうから・・・・・・。
全てを打ち明けたその日は上手く眠る事ができなかった。もしかしたら、皆自分から離れて
いってしまうのではと、不安を感じていた。幸い、話を終えたとき皆複雑な表情をしてはいた
が、誰一人としてラキエルを責める者はいなかった。
朝、起きて重い足取りで居間に行くと、すでにバンリとハワーとヒイカが起きてきていた。
三人はラキエルの姿を確認すると、ここに座れと、三人の正面にあるソファーを指差す。ラキ
エルは首を傾げながらも、その通りに座る。
「ラキエル・・・」
まず、バンリが話し始める。
「お前がどれだけ苦しく、辛い想いをし続けてきているのかは、あたしには想像つかない。あ
たしにだって抱えている事はあるけど、お前ほどじゃないし、どっちかって言うと贅沢な悩み
に分類されると思う」
バンリは何か違うといった表情で頭を掻く。
「えっと・・・・・・つまり何が言いたいのかっていうとだな・・・・・・・あ~・・・」
大きく一息つくと、少し小恥ずかしそうに話す。
「過去がどうあれ、あ、あたしは今のラキエルが・・・す、す・・・・・・好きだから・・・こ、これから
も友達でいて・・・いいか?つーか、いさせろ!」
「わたしもわたしもー!」
ラキエルが返事をする間もなく、ハワーが割り込んでくる。
「こんなこと言っちゃいけないんだろうけど、あのこと・・・よかったと思ってるよ?」
『あのこと』とは恐らく、ラキエルが両親を殺してしまったことだろう。よかったとは、ど
ういうことなのだろう。ラキエルは複雑な表情になるが、ハワーは変わらず笑顔で話を続ける。
「だって、そのおかげでこうして、ラキエルちゃんと出会う事が出来たんだもん!」
両親の事をラキエルはずっと後悔していた。後悔しかする事ができなかった。だが、ハワー
の言葉で初めて、別の考え方、捉え方があることに気が付いた。
「もしラキエルさんがあの時、あの言葉を発しなければ、お父さんもお母さんも死なず、今も
きっと三人で幸せに暮らしていた事でしょう」
はっとした表情のラキエルにヒイカは言葉を続ける。
「だから、後悔するのは当然です。それでも、後悔するだけでは駄目なんです!全てを悪い出
来事だったと片付けるのではなく、それによって得たものがあるということに気付いてあげな
いといけないんです!」
言う通り、両親を失わなければ、ラキエルは何の憂いも無く幸せに暮らしていただろう。で
も、そのたらればの世界に、今目の前にいる三人はいるのだろうか?分からない。いるかもし
れないし、いないかもしれない。だが、失ったこの世界には、いる。私の過去を知っても、い
てくれる。どっちの方が幸せとか、そんなことは考えたって分かりっこない。
今を、生きる。過去の良い事も悪い事も全て受け入れ、踏み台にして、今ある幸せを胸に精
一杯生きる。ラキエルは決意した。
「皆さん・・・・・・」
三人は静かにラキエルの言葉を待ってくれている。顔を見回す。そして、思う。
ここに、いたい。
「大好きで・・・・・・いてもいいです・・・か?」
いつ以来だっただろうか、声を上げて泣いたのは・・・・・・。皆、泣き止むまでずっと、ずっと
傍にいてくれた。