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黒翼のカナエル  作者: 氷花
従属の天使編
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友達

 「平和の象徴」と言えば、この亜獣人界では最も偉い人であり、何百年という時間を生き続

けている。とはいえ、彼女は見た目に若くて見目麗しい、黄金の毛並みを持つ狐種の女性であ

る。

 墨の溜まりに細めの筆を浸し、さらさらと文字ではない、何かの模様をひたすらに描いてい

く。床には完成品なのか、失敗作なのか判別できないほど模様が描かれた長方形の紙が散乱し

ていた。

 煩いほどの静寂の中に、突如として一つの人影が現れる。

「準備の程はどうですかい?リンナさまよ」

「ひゃうっ!」

 その突然の声に驚いたのか、可愛らしい声と共に身体全体がビクンと跳ねる。それに伴い、

向かい合っていた紙には、明らかに失敗だと分かる謎の黒い線が模様を真っ二つにしていた。

「じ、ジゲンさん!いつも驚かせるのやめて下さい!そう何度も言ってますよね!?」

 余程驚いたのだろうか、その目には涙が浮かんでいる。

「すまんすまん、ほら・・・・・・もう歳だから」

「妖怪のあなたより、私のほうが長生きしてますけどね」

 全く悪びれていないジゲンという青年の姿の妖怪族の男に、諦めを含んだ溜め息を一つつい

て、本題に入る。

「準備でしたね。予定していた数のお札は描き上がりましたが、何が起こるか分からないので、

出来るだけ多く、今は描いていた所です」

 言いながら再び、お札を描く作業に戻る。

「そんなん、自分の能力使ってぽんぽん出したらいいんじゃないか?」

「駄目ですよ。そんなことしたら眠くなってしまいます。三度目の時は無残の一言でしたから、

此度の四度目は万全の・・・・・・万全と言える状態で望みたいのです」

 へ~。と、男は大して興味なさそうに相槌を打つ。

「とにかく、もうすでに取り憑かれてる人が何人もいるんだ。あんまり悠長にしてない方がい

いんじゃないか?」

「『負の象徴』・・・・・・今度は人・・・・・・ですか」

 筆が止まり、何かを思い返すように目を閉じる。

「そろそろ・・・・・・動いたほうがいいと思うぞ」

 少しの間を経て、目をゆっくりと開き、立ち上がる。

「・・・・・・始めましょうか『負の象徴』。・・・・・・さあ、第四次象徴大戦の時です!」

「始めるのは情報を集めてからだけどな」

「ですよね」


 

 目が覚めると、ふかふかのベッドの上だった。一瞬、どうしてと驚いたが、直ぐに思い出し

た。自らの意思で・・・・・・逃げてきたのだ。迫り来る、あの人から・・・・・・。

 無意識だったのだろう、昨夜のことをほとんど覚えていない。はっきりとしない頭でふらふ

らと居間に辿り着くと、昨日はずっと眠っていた、子供のヒイカがちょこんとソファに座って

いた。

 こちらに気が付くと、少しばかり戸惑っている様子で、挨拶をしてきた。

「おはよう・・・・・・ございます・・・・・・」

 その様子はまるで、こちらのことをまるで知らないかのようだった。その異様な雰囲気に、

ラキエルもまた、戸惑いをはらんだ声色で挨拶を返した。そこに、二つのカップを持った給仕

者のガルが入ってきた。

「どうぞ」と子供のヒイカと、ラキエルに差し出してくる。

 今は夏なのだが、それはとても暖かくて、気持ちを落ち着かせてくれる。ヒイカも、心なし

か表情が和らいだように見える。

「あの・・・・・・ラキエル・・・です」

 少し落ち着いたところで、どうやらこちらのことを覚えていない様なので自己紹介をする。

すると、ヒイカもまた、同じように返してくる。やはり覚えていない様だった。

「どうやら、歳相応の記憶しか無いようですよ。ちなみに、今のヒイカさんは十歳くらいだと

思われます」

 ガルが現状をこちらに伝えてくる。

 するとそこに、玄関から二人が入ってくる。一人はフュクシンだが、もう一人は知らない人

だ。金の毛並みを持つ狐種の女性は子供のヒイカを見止めると、驚いた様子で早足に駆け寄る。

「こ、これが・・・・・・あの・・・・・・ヒイカさん!?」

 何故かその表情は嬉しそうに見える。というか、ヨダレが・・・・・・。

 その突然の来客と、いきなり目の前に駆け寄ってきてヨダレを垂らしながらこちらを一心に

見てくる、怪しすぎる上に身の危険さえ感じる女性に、再び戸惑いと怯えの色が浮かぶ。

「リンナ様、怯えておられます」

 フュクシンの一言で我に返った女性は、一つ咳払いをして改めて目の前のヒイカと向き合う。

「これも、負の象徴の影響の延長線上だとしたら・・・・・・これで」

 着物の袖からお札を一枚取り出す。

「少しだけじっとしていて下さいね」

 相変わらず怯えてはいるが、危険はないと感じ取ったのか、言われた通り目を閉じてじっと

している。

 リンナは取り出したお札に何か、祈りを込めるように胸の前にかざした後、ヒイカの額に貼

り付けた。

「・・・・・・」しばらく様子を伺う。辺りに不安と期待が入り混じり、緊張感が漂う。

 だが、何も起こらない。何かが起こりそうな気配も無い。

「やはり・・・・・・だめですか・・・・・・」

 分かっていたかの用に、効果が見られなくとも慌てる素振りは無い。

「悪魔でもこの効果は、叶銃によってもたらされたもの。負の象徴の力そのものではありませ

んから、このお札ではどうにもなりませんね」

「それでは・・・・・・」

「・・・・・・たとえ、負の象徴を鎮めても元には戻りませんね。ヒイカさん本人が叶銃で元

 に戻りたいと願い、撃たなければ・・・・・・」

 ヒイカの方を見るが、何のことだかまるで分からないように首を傾げている。

「・・・・・・まあ戻るにしても、先に負の象徴を鎮めてからでなければ、ですね」

 そこで初めてラキエルの存在に気付く。

「えっと・・・・・・こんな娘、居ましたっけ?」

「ここ二三節の内に仲良くなった、ハワー様のご学友でご友人の、天使族のラキエル様です」

 軽く会釈を交わす。

「そしてこのお方は、平和の象徴であらせられます、リンナ様です」

 平和の象徴と聞いて、史学の授業で習ったことを思い出す。そう、確か・・・・この亜獣人

界で一番偉い人だ。

「ラキエルさん?これはまた・・・・・・将来が楽しみな方ですね。きっとすごく美人さんに

 なりそうですね」

「あ、ありがとう・・・・・・ございます・・・・・・」ラキエルの目から見ても魅力的な女

性である人から褒められ、目を逸らし、照れる。

「もうそろそろお昼ですが、皆さんお召し上がりになりますよね?」

 ガルがお昼ご飯の準備に向かう。ラキエルが起きてからそれほど時間は経っていない、とい

うか、起きたばかりだと言っても言いほどであるにもかかわらず、もうお昼とは、相当眠って

いたのだと初めて気が付く。

 そして再び思い出す。迫り来る人を。


 バンリの住んでいる場所は、いわゆる集合住宅であり、部屋の広さは寝る場所と机を置く事

が出来る場所がある程度だ。水道も調理場もお手洗いも無い。それらは全て共同の場所が設け

られている。

 しかし、実際に使用するのは水道とお手洗いだけで、調理を行うことはほぼ無い。ここでは、

住まう人々が集まって、皆で料理を作って食べるためだ。ここで暮らしている人の中で、バン

リは最年少であるため、調理の際に任されるのは皮むきと味見くらいなものだ。

 夜はもちろん、昼も朝もだ。バンリは普段、お昼は学校だが、夏休みに入った今はお昼の調

理にも参加している。夜の時はがやがやと賑わしいが、お昼は流石に出かけている人が多く、

今は二人しかいない。

 今日のお昼の指揮を執るのはシュリだ。魔獣族・猫種である彼女は普段、魔法の研究をして

いる。複数の魔法を組み合わせて全く別の魔法にしたり、魔法それぞれの特性が残るように調

整したり等、「調合魔法」と称して日々研究に勤しんでいる。

「簡単に炒め物で済ませよっか」

 調理場の隅の一室に設置された氷室に入っていく。とても涼しくて夏場には居心地が良く、

ずっと居たいと思ってしまう。

「どんな食料が残ってます?」

 シュリが棚を一つ一つ確認して行き、残っているものを確かめる。

「あ~・・・・・・ほとんど残ってないね、これは。二人分程度なら何とかなりそうだけど」

「でも、それじゃあ今晩が・・・・・・」

「そうなんだよね~・・・・・・」

「じゃあ、あたしが荷車引いて食料もらってきましょうか」

「いいの?そっか!じゃあお願いして、その間に調理してるね」

 バンリは外に繋いである大きな荷車を解き、引いていく。

 ガラガラゴロゴロ・・・・・・暑い。自ら買って出てきたわけだが、早くも後悔し始めてい

る。こんなことなら、お昼を食べた後にシュリと一緒に来るんだった。

 食料を支給してくれる場所はそれほど遠くない。道中にも起伏は無く、引いて行き来するの

は容易だ。

 後悔を振り払い、早く済ませてしまおうと、足にぐっと力を入れて走り出そうとした時だっ

た。目の前に黒い翼の女が現れた。慌てて前進しようとする荷車を身体全身で受け止め、かろ

うじて接触を回避する。

「あああ、すんません!前を見てませんで。ぶつかったりしてないすか?」

 謝ったものの、相手の女は何も答えない。どこか悪いところにぶつけてしまったのかと、恐

る恐る顔色を伺おうとした時、女性は突然口を開く。

「・・・ラキエル・・・ラキエルは・・・ラキエルがどこにいるか・・・教えてくれません?」

 言い方こそ易しかったが、その溢れ出す邪な空気を感じ、バンリは反射的に女と距離を取り

身構える。身の毛がよだっている。

「・・・・・・どうして、そう、逃げるの?・・・構えるの?」

 邪な空気は勘違いなどではなかった。

「・・・見えてんだよ・・・」

「・・・・・・?」

「真っ黒なモノが元の魂を覆っているのが・・・あたしにも見えるくらいだ・・・死神族なら

 誰にでもバレバレだと思うぞ」

 バンリは虚空から身の丈ほどある鎌を取り出し、構える。

「教えてくれないばかりか・・・邪魔をするのね・・・」

 女もまた、虚空から斧を取り出し、構える。

「・・・・・・死ぬ前に、教えてね?」

 その言葉と同時に、黒ずんだ風がバンリに吹き荒れる。バンリは思わず目を瞑る。邪な空気

が近づいてきていることを感じ取り少し目を開けると、目の前にはすでに斧を振り上げた女が

立っていた。

「ぐぅっ!」

 間一髪、振り下ろされた斧を鎌の柄で受け止めたが、その威力に身体ごと吹き飛ばされてし

まう。身体を起こしている間にも、女は斧を横に構え、走り向かってくる。

 ガキンッと受け止める音は響けど、身体は風に吹かれた木の葉のように吹き飛ばされる。

 斧を受け止めるたび、手は痺れ、握力が無くなっていく。身体も、何度も吹き飛ばされ、転

がされて、あちこちが擦りむけて出血している。

 わざとなのだろう。こちらは受けるので精一杯。殺そうと思えば、いつでもできると自分で

も断言できる状況だ。なのにそれをしないのはやはり、ラキエルの事。

 ラキエルがどこに居るかなんて正直知らない。野良天使だし。自由気ままで、決まった場所

に住まないようなやつだし。・・・・・・でも、可能性として心当たりが無いわけでもない。

ハイラント邸だ。そこが一番可能性があると言える。

「そろそろ・・・教えてくれます?」

 もう、手に力が入らず、鎌を持つことも出来ない。その姿を見てか、攻撃の手を止め、斧を

突きつけ、笑顔で改めて聞いてくる。

「教えてくれれば、これ以上あなたに危害は加えませんよ」

 その言葉はバンリの心に深く、大きく響いた。

 嘘でもいい。とにかくどこかそれらしい所を言ってしまえば助かるだろう・・・・・・。

 

 あたし、だけは。


「誰が・・・教えるか・・・!帰れクソヤロウ!」

 バンリは真っ直ぐに女を睨みつける。女は顔色を変える事無く斧を振り上げ、振り下ろす。

 斧は間違いなく、額のど真ん中に直撃した。即死だ。でも、悔いは無い。友達を売ってまで

生きながらえるよりは、何万倍もマシだ。胸を張って死に行ける。

「バンリちゃん!しっかりして!大丈夫!?」

 声が聞こえる・・・・・・この声は・・・・・・シュリさんか。走馬灯か何かだと思ってい

たら、突然ほっぺたをつねられた。

「いひゃひゃひゃひゃ!」

 思わずその手を払い除けると、今度はこちらの手を包み込む暖かい手の感触が感じられた。

「シュリ・・・・・・さん?」

 生きているはずのシュリさんが何故・・・・・・目の前に?

「もしかして、生きて・・・・・・る?」

「生きてるよ!私も、バンリちゃんも!」

 身体のあちこちを触って確かめてみるが、死に至るような傷はどこにも見当たらなかった。

「またしても・・・・・・邪魔者が!」

 いつの間にか遠くにいた女が再びこちらに向かい、斧を振り下ろしてくる。

「『具足・反理障壁』!」

 シュリは素手で斧を受け止める。斧の刃はシュリの手に触れる寸前の所で止まっている。

女が力を更に加えるが、左右にカタカタと震えるだけで、それ以上降りていかない。

「こ・・・・・・れは・・・・・・!」

 今度は逆にはじき返され、斧ごと吹き飛ばされる。

「逃げるよ!」

 その様子に呆気に取られていたバンリを抱え、シュリはその場から風のように去っていく。


 コップ一杯の水を一気に飲み干したところで、ようやく落ち着きを取り戻す。その一方で、

シュリが擦り傷だらけのバンリを医術魔法で治療していく。シュリの手から伸びた光の糸が、

傷に直接触れ、驚くほどの速さで傷を塞いでいく。

「あの人は何だったの?」

 その問いかけに、バンリは首を横に振る。

「分かんないです。ただ・・・・・・」

 バンリは俯く。あれほどの憎悪を秘めた眼で、どうしてそこまでラキエルを求めているのか。

確かに、前々からラキエルには何か、隠していることがあるのではと思っていた。でも、隠し

たい事なんて誰にでもあるし、無理に聞くことは無いと、あまり気にしていなかった。

 だが、今回のことだ。事情を聞かないわけにもいかない。放っておけば、確実にラキエルに

危害が及ぶことになる。あれをラキエル一人で解決できるとは思えない。

「バンリちゃん!?大丈夫!?どこか、打ち所が悪かった!?」

 話の途中で俯き、うんともすんとも言わなくなったため、シュリが顔を青ざめて心配してい

る。

「あ!いや、そういうことでは」

「この魔法では傷を治すくらいしか出来ないから・・・・・・ちゃんと陣を張って、簡易じゃ

 ない術式で検査しないと!身体の内側のダメージまではわからないから!」

 完全に心配させてしまったようだ。大丈夫だとは思うが、検査しないと納得してくれなさそ

うだ。それならば、

「ハイラント邸に行きたいんですけど」

「ハイラント邸?」

「はい、ちょっと・・・・・・友達に会わないといけない用事が出来たんで・・・・・・」


 反応は顕著だった。普段、ほとんど苦の表情を見せることの無いラキエルが、多くの人前で

辛そうな表情を見せたのだ。

 ラキエルにとって、あの人が自分以外の人に・・・・・・友達に危害を加えたというのは、

心をえぐられる様だった。自分だけの問題だと、ずっと隠し、逃げてきた。今までだって、あ

の人が他の人を傷つけるなんてことは無かったし、するとは思わなかった。だってあの人は、

誰よりも正義感の強い人だと知っているから・・・・・・。

 表情を見て具合が悪そうだと思ったのか、今日の内に追求はされないようだ。

 バンリはシュリに検査をしてもらっていて、ハワーはその付き添い。他の人たちも何かと用

事をこなしている。どうやら、一人にしてくれている様だった。

 何度考えても辿り着く答えは同じだ。もう、隠すことも逃げることも出来ない。

あの人と会うのはもちろん恐い。正直、本当に逃げようとすれば逃げることは出来るだろう。

自分とあの人との因縁に巻き込まれ、怪我をしてしまった友達を見捨てれば。初めて出来た、

友達を見捨ててしまえば。

 

 『友達』が欲しいと思ったことはなかった。『友達』と言う物が何なのか、全く知らなかっ

たし、自分には無縁なものだと思っていた。

 学校に通い始めた頃は、そんな『友達』という言葉すら頭に無かった。ただ、必要な知識を

得るだけの施設と思っていたからだ。

「くっせー!またくっせーやつがきたぞー!」

 ずっと路上で生活している野良天使と呼ばれていることを知った同じ組の生徒たちの一部が、

薄汚れたラキエルをはやし立てる。

 だが、ラキエルは気にする素振りも無く、ただ「おはようございます」と挨拶をし、席に座

る。

 最初の内は言葉だけであったが、やがてどつかれたり、物が飛んできたりするようになる。

 それでも、ラキエルの表情は苦を示さなかった。ラキエルにとって、こうして理不尽に危害

を加えられることは、自分のしてしまったことに対しての罰だと、むしろ救われるような気持

ちでさえいた。

 そんな日々は突然終わりを迎えることになる。日々とは言っても、一節にも満たない期間で

あるのだが。

 いつものように一人の男子生徒がラキエルの頭をどつこうとした時だった。

「おい」

 男子生徒の後ろから、どつこうと振り上げた手を掴み、あらぬ方向へ捻じ曲げる。悲鳴を上

げる男子生徒をそのまま蹴飛ばし、転がす。

「てんめぇ!」と転がされた男子生徒が食って掛かろうとした時にはすでに、首元に大きな鎌

の先端が突きつけられていた。

「目障りなんだよ・・・・・・クソガキが!」

 その迫力に男子生徒は何も声が出ない。

 その様子を見ていた男子生徒の仲間たちが、鎌を持った女子生徒に対して臨戦態勢になる。

 辺りがざわめいて、一触即発の空気が漂う。その空気を知ってか知らずか、教室の出入り口

の付近から暢気な声が響いてくる。

「ケンカするの?」

 緊張感を打ち破る突然の声に、誰しもが声の主へ振り向く。そこにいたのは、担任の先生の

娘だった。この様子は確実に先生の耳に入ることになるだろう。

「ち、違う!こ、こいつが先に・・・手を出したから・・・」

「そ、そうだ!これは仕返しだ!」

「先に手を出したこいつが悪いんだ!」

 男子生徒の仲間たちは揃って自分たちの行動を正当化しようと必死になっている。先生に怒

られるのが恐いわけではない。

 この組の先生であるデイ先生は、泣くのだ。生徒たちが悪いことをしたとなれば、自分の教

育が悪かったからだと、生徒に謝り、仕舞いには親にまで謝って周る。その様は見ている方に

はとても心苦しく、心臓を握りつぶされそうなほどの辛い想いをすることになるのだ。

「先に手を出した方が悪い?ふーん、そうなんだ」

 男子生徒も、その仲間たちも何度も首を縦に振って頷く。

「じゃあ、みんなが普段からラキエルちゃんにしていることも、悪いことなんだね」

 男子生徒たちは、口を動かして何かを言おうとしているが、声が出てこない。ぐうの音も出

ないというやつだ。

「ママが担当するこの組で、いじめがあるって知ったら、ママ、どうなっちゃうかな・・・」

 皆が一斉に思い浮かべる。・・・・・・・・・・・・。想像したくない。

「待って!待ってくれ!もう、もうしない!だから、先生を泣かせないでくれ!頼む!」

 主犯格の生徒が土下座をして懇願する。続き、仲間たちも同様に頭を下げる。

「でも、泣かせてるのって、君らだよね?」

 土下座している頭が地べたに着く。

「謝るから!何度だって謝るから!・・・お、お前等!」

 一同はバッと立ち上がり、ラキエルの方を向いた。そして、再び膝を突き、土下座して謝罪

する。

「本当に・・・本当に!」

「「「すいませんでしたーーーーー!!!」」」

 その日の帰り。今までが嘘のように、皆ラキエルに他の生徒たちと同じように挨拶をして帰

っていく。戸惑いながら、ラキエル自身も挨拶を返していく。

「よっ!」

 突然後ろから肩を叩かれ振り向くと、さっきの鎌の女と娘さんがいた。

「あたしはバンリだ。よろしくな!」

「私はハワーだよー。一緒に帰ろ?」

 二人がとても眩しい笑顔でこちらを見ている。

「・・・・・・私・・・・・・くさい、ですよ?」

 二人は互いを見合わせ、ニカッと笑うと、両側から肩を組んで言う。

「じゃ、三人でお風呂いこうーーー!」

 きっと、この時からだろう。二人が『友達』という存在になったのは。私が、笑顔を見せる

ようになったのは・・・・・・。

 

 気が付いた時には日が傾き、空が夕焼けに染まりつつあった。一息ついた後意を決し、ラキ

エルは両翼をいっぱいに広げる。そして、玄関ではなく二階の窓から人知れず、飛び立つ。

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