時壊兎
気が付くと、ミーニは不思議な場所にいた。
周囲には何も無い。空も地面も無く、上下すら分からなくなる。だが、ここが何処なのかに関して
は思い当たる節はある。
「ここって、『間』だよね・・・」
あの蜘蛛の巣状の瞳を持つ兎がいた空間にそっくりだ。
「その通りだよ」
声が聞こえた。振り返るとそこにはセクテがいた。
「セクテさん・・・!」
「強引な真似しちゃってごめんね。でも、エルメちゃんは悪くないの!本当は私が自分で何とかしな
きゃいけなかったのに・・・いつまでも踏ん切りがつけられなくて・・・」
「セクテさん・・・セクテさんたちは、私に何をして欲しいんですか?何か・・・困ってるんですよね?」
「・・・・・・」
セクテは目を閉じ、しばし沈黙する。
「私にできることなら力に・・・!」
「困ってる、か・・・・・・世界から見れば、困らせてるのは私・・・私たちなんだけどね」
「え?」
セクテの姿が変化する。
その姿は「兎」。あの時の兎よりは小さいが、同じ蜘蛛の巣状の瞳をしていた。
「その眼・・・セクテさんたちって一体・・・」
「・・・私たちは『時壊兎』って呼ばれててね、いるだけで世界を歪ませちゃう存在なんだ」
「じかいと・・・?ゆがませる・・・?」
「私たちのいる周辺だけ時間の流れがおかしくなって、それで空間に歪みが生じるんだよ。そしてそ
の『時壊兎』私だけじゃなくって、私の元いた世界線にはたくさんいるんだ。私たち『時壊兎』はそ
れら歪みが具現化したもの。生まれた歪みは更に歪みを呼び、無尽蔵に増え続けていく」
「増え続けるとどうなるんですか?」
「ん~、世界が壊れちゃう、かな?」
「そんな!?」
「だから私たちは世界から見れば厄介者。こうして誰かとお話できる時壊兎って他に殆どいないし、
みんな、当たり前のように世界を歪ませようとするんだ。私はそんなことしない!って言いたい所だ
けど・・・どうなんだろうね?やっぱりいるだけで世界、歪ませちゃってるのかなあ・・・」
「そんなことないですよ!セクテさんも、エルメさんも!みんな・・・友達になれるはずです!」
「・・・ありがと、ミーニちゃん。そんな風に思ってくれてたってだけで、嬉しいよ。・・・・・・そろそろ、
本題に入るね。私たちが、歪みである私たちがどうして『兎』の姿をしているか、分かる?」
「それは・・・」
ミーニには何となく分かっていた。ミーニはそれを、恐る恐る口にする。
「それは、元凶が兎・・・『私』だから・・・?」
「流石だね」
「!?」
突然、もう一人の兎『時壊兎』が現れた。それはあの時の兎だと直ぐに分かった。そして、その兎
こそが『私』だと。その兎の身体には斜めに奔る大きな傷があったのだ。その傷はまさしく、戦いを
止めたくて間に割り込み、メルリアの一撃を受けた時のものだった。
「その傷・・・やはりあなたは・・・『私』・・・ですか?」
「本当、察しがいいね。この世界線の私は冷静で、頭が良くて・・・世界線が違うとこうも違ってくるこ
とがあるんだね。・・・その通り、私の名前はミーニ。別の世界線のあなただよ」
やはり、そうだった。
「あなたは・・・未来の私かもしれないって・・・ことですよね・・・?」
「そうだよ。これから先の選択によっては、こうなるね」
世界を歪ませる存在に。
「でも、どうして私のところ・・・この世界線の私のところへ・・・?」
「それは、この世界線の私が、最も歪みの小さい私だからだよ。・・・あなたは今までに何度『時の王』
の力を使った?」
「えっと・・・一回、かな。魔王のグリムさんと戦った時、初めて時の王の力を発現した時だけです」
「そうだよね。『時の王』の力は使えば使うほど自身の時間を歪ませていく。使うのを止めても元に
は戻らないし、最終的には私のように時空の間でしか存在できなくなっちゃうんだ」
「・・・どのくらい使ったんですか?」
「・・・さあね。数え切れないよ。私は幾度も困難を乗り越えるために使ったし、自身の歪みに気付いた
時にも、それを何とか戻そうとして使ったりしてたからね。もう、酷いもんだったよ」
兎の状態では表情の変化は見て取れないが、その声からは強い後悔や悲しみが伝わってくる。
「他の世界線の私だってそう、最期には『時壊兎』になり、大好きな人たちと離れ、間に漂うだけに
なる。だけど・・・最も正しき道を歩む私よ、あなたに『私たち』の願いを託したい」
「願い・・・?」
「そう・・・『私たち』の!!」
その瞬間、周囲に無数の兎が現れた。
「まさか・・・この兎たちって・・・!?」
「全部『ミーニ』だよ。時壊兎に成り果てた、全ての私。大切なものを失った、全ての私」
途方も無い数の未来の私が、時壊兎となり、世界を歪ませることになる。大切な人たちとも別れ、
ずっとずっと後悔と悲しみに暮れながら存在し続けているのだ。
「今からあなたに私たちの全てを授ける。そうすれば、あなたは間違いなく、今までに無い、有り得
るはずのない世界線のミーニになることができる。・・・勝手なことを言っているのは分かってる。でも
さ、だけどさ!・・・・・・一人くらい・・・大好きな人たちとずっと笑っていられる私がいて欲しいから・・・
だからこの力で・・・ミーニの未来を創って下さい!!」
兎たちが一斉に頭を垂れる。
きっと、とても苦しかったのだろう。辛かったのだろう。寂しかったのだろう。そんな中で唯一見
出した希望が、この世界線の私。私がずっと笑っていられる世界線。・・・そんなの、とても約束できな
いよ・・・・・・。だけど、それでも私は力強く口にする。
「まかせて!!」
そして、両手を広げる。
「そう・・・言ってくれると思ってたよ・・・お願い!!」
兎たちが光の玉となり、ミーニの身体に集っていく。
「くっ・・・う・・・うう!・・・ぐ・・・あああああああ!!」
薄れ行く意識の中、セクテの笑顔が映った。
「ありがと!ミーニちゃん。ママたちのお願い、聴いてくれて・・・・・・じゃあね・・・・・・」
「ミーニちゃん!ミーニちゃん!」
「・・・ん・・・お姉ちゃん?」
「皆さん、動かないで下さい!」
「フュクシンさん?・・・あ、あれは!?」
空を無数の影が覆っていた。よく見るとその姿は皆、白翼の少女エミエルそっくりだった。




