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風が吹いたら  作者: 長谷川るり
11/17

第11話 揺れる想い

11.揺れる想い


 ある晩、京都に住む兄 哲夫からメッセージが届く。

『実家の土地の売却が決定した。多分取り壊しは年明け早々になる予定やから、遺品の整理や必要な物は年内中にお願いします。もし一人で大変やったら、さつきにも行く様言うとくで、よろしく頼むわ』

いよいよだ。とうとうこの日が来てしまった。そんな思いで内容を読む。取り壊しの日にちが決まったら見に行こうか、それともやはりやめておいた方が身の為か、迷う。幼い頃の思い出、両親の思い出、そして蒼太と一緒に行った思い出。そんな全てが詰まったあの家が無くなってしまうのだ。そう思うと、居ても立ってもいられなくなり、私は思わず家を飛び出した。


 衝動的に蒼太の家の近く迄来てしまったけれど、だからどうしたらいいかなんて何も考えていない。うちの駅から6つ先の駅で降りて、坂を上ると蒼太のマンションが見えてくる。二人でここを歩いた時は、よく私が息を切らしてからかわれたものだ。会社帰りに時々ジムに通ったりする蒼太には、これ位の坂は何てことない。そこを私が息をハアハアさせて歩くから、運動不足だとよく指摘されていたのだ。そんな光景を瞼の裏に思い出しながら、足元だけを見て上る。電信柱が見えると、そこが坂を上り切った合図だ。上り切った所にあるマンションの2階が蒼太の部屋だ。

立ち止まって息を整えながら、ぼんやりと部屋の窓を眺める。ベランダには洗濯物がまだ外に出たままだ。しかし、部屋には明かりがついている。急に私の心臓がドキドキしだす。一体私は何をしにここまで来てしまったのだろう。会う為?会って、実家の取り壊しの時期が決まった事を報告するのか?ただ聞いてくれればいい・・・そんな関係はとっくに終わってる筈だ。

直線にしてどれ位の距離だろう。すぐそこには、もう蒼太が居るというのに、今更のこのこ会いに行く勇気が出ない。しかも、こんな所まで来て 外から窓を眺めているなんて、自分はどうかしている。まるでストーカーだ。実家の取り壊しと聞いて、取り乱してしまったのだ。自分に『落ち着け』と言い聞かせる。第一、会ったところで実家の事は何も変わらない。自分の取った行動をなんて愚かだったんだと後悔しながら、私は深呼吸を一回して、そこから立ち去る決意を固める。胸いっぱいに秋の少しだけ肌寒い夜の空気を吸い込んだところで、蒼太の部屋の窓がガラガラッと開いた。そして中から姿を現したのは、蒼太ではなく女性だった。その若い女の人は、ベランダに出て洗濯物を取り込むと、また部屋の中へと入って行った。電信柱に隠れる様に身を縮めた私の心臓の鼓動が、全身に響き渡る程激しい。やはり来なければ良かったという言葉で頭をいっぱいにして、私は夢中になって坂を下った。一心不乱に脇目も振らず・・・だ。足元しか見ていないから、あっという間に坂が終わる。でも私の心臓はまだドキドキしている。どうやったら脈が正常に戻るのかが分からない。深呼吸のつもりで息を吸ったり吐いたりしてみるが、効果が無いように思う。するとその時、足元だけを見ながら歩いている私の前に一人の人が立ちはだかった。

「・・・喜美?!」

私はぶつかりそうになった自分に慌ててブレーキをかけて立ち止まると、顔を上げる。所々に灯る外灯の明かりでぼんやり顔が見えた。蒼太だ。手には買い物袋を提げている。まだ治まっていない私の心臓が、再びドキンドキンと激しくなる。声も出ない。

「どうしたの?こんな所で」

会うと分かっていたら言い訳を考えておいたのに・・・そんな事を呑気に頭は考える。しかし返事は出ない。すると蒼太の目の奥が急に心配の色を濃くした。

「何かあったの?」

私は、迷った挙句首だけを横に振った。

「何もなくて、こんな所来ないでしょ」

私はどうしていいか分からずに、蒼太の手にぶら下がった買い物袋を指さした。

「買い物?」

「あぁ、うん」

「ごめんね、急いでるところ」

変な会話だ。でも、もうはっきり言って何を喋っているかも分からない。すると、蒼太が坂の方を指さした。

「行った?」

私の胸がきゅっと縮まったのは、きっとさっき見たベランダの光景を思い出したからだ。

「俺が居なかったから、帰ろうとしてるところ?」

返事が出来る筈がない。ただ部屋の前で眺めて帰るところだったなんて。

「妹、居たでしょ?」

「妹?」

「そう。妹」

信じない。本当かもしれないけど、私を傷つけない為の優しい嘘かもしれない。

「家には行ってないから」

「あ・・・そうなんだ」

蒼太の顔を久し振りに見て嬉しい気持ちと、こんな所でバッタリ会った気まずさで、私の心はぐちゃぐちゃになっていた。

「何の用事だった?」

蒼太がもう一度そう聞いて来る。私ももう一度、首を横に振った。

「ううん。間違っちゃって」

おかしな事を言っている事位わかる。

「せっかくだから、どっかでちょっと話そうか?」

私はさっきよりも大きく首を振った。

「ううん。もう、帰らないと」

時計を見る蒼太。時間なんて関係ない事くらい、きっとすぐバレる。

「じゃ、駅まで送るよ。暗いから」

「平気。早く戻らないと、心配するよ」

「駅まで送るくらい、大して時間掛からないから」

「いい、いい。ほんと、平気だって。帰ってあげてよ」

喋ったら何故か涙が込み上げてきてしまった。こんなの絶対に気付かれたらマズい。そうだ。兄から実家の取り壊しの話を聞いてから、ずっと堪えてきた思いが破裂してしまったのだ。そう思って、私は下を向いたまま駅の方へ歩き出した。坂を下ってきた時みたいに、ひたすら一心不乱に歩いた。蒼太がその後どうしたかなんて分からない。涙が止まったかどうかも分からない。

そろそろ駅が見えてきて、明るくなってきた。私は速度を緩めて、深呼吸をした。明るい場所に入っていくには、少し勇気がいるのだ。頬を手で触ると、涙はいつの間にか乾いていた。駅前のコーヒーショップの前で、私は急に後ろから腕を掴まれた。

「ちょっとだけ、時間ちょうだい」

蒼太だ。後ろから付いて来ていたらしい。

「まだ・・・居たの?」

「だって、駅まで送るって言ったでしょ?」

そう言いながら、引きずられる様にして店内に入る。カウンターでアイスカフェラテを二つ注文して、それを持ってテーブルに座る。

「元気にしてた?」

「・・・うん」

「今、仕事は?」

「・・・今はまだ土日だけ知り合いの店でバイトしてるけど、そろそろ就職しようと思ってる」

「そっか」

そこで会話が途切れる。そういう時は、間を埋める為にカフェラテに口をつける。

「ちゃんと・・・食べてる?」

昔と変わらず心配してくれている感じが懐かしい。でもそれがかえって胸にじ~んと沁みてきそうで、私は笑ってごまかした。

「お父さんみたい、その聞き方」

「そう?」

確かに付き合っていた頃から、どこかお父さん的な目線があった。そんな事を思い出していると、蒼太が私をじっと見て言った。

「・・・ちょっと痩せたみたいに見えたから」

「痩せてないよ。毎日だらしない生活してるだけ」

蒼太もカフェラテを一口飲んで言った。

「就職って、こっちで?」

「・・・・・・」

「実家、どうなった?」

「土地の売却が決まって、年明け早々に取り壊しになるだろうって」

自分の気持ちを隠す様に、少し声のトーンを上げた。すると蒼太が納得した様に頷いた。

「そうかぁ・・・。いよいよ寂しくなるね」

「うん・・・。だけど、結局誰も住んでないしね。思い出だけに浸ってたって仕方ないし」

「そう簡単に割り切れないだろ?」

全て見透かされているから、私はストローで一気にカフェラテを飲んだ。

「最後の瞬間を見に行こうか・・・今迷ってる」

「そうかぁ・・・。それは凄い勇気がいるね」

沢山話さなくても分かってくれる。そんな蒼太がやはり懐かしく心地良い。『一緒にもう一回だけ来て欲しい』そんなわがままを、喉の奥で待機させる。あわよくば、蒼太から言い出してくれるのを待つずるい私がいる。しかし、私が期待した言葉は、暫く待っても出ては来なかった。そりゃそうだ。家で洗濯物を取り込んでくれる様な人がいるんだから。私はまたあの映像を思い出すと、一気に残りのカフェラテを飲み干した。

「遅くなるから、行かないと」

「急いでんの?」

「・・・そっちだって、妹だか誰だかが心配してるって」

「妹だよ。そんなに疑うなら、一緒に行って聞いてみろよ」

浮気を疑われて、身の潔白を主張するカップルの様な会話だ。


 店を出て、私がもう一度お礼を言って頭を下げると、蒼太が言いにくそうに口を開いた。

「家に居たのは本当に妹だけど・・・」

この言い方から、私の体は反射的に身構えた。

「この間お見合いして、付き合ってみようかなって・・・そういう事になってる」

身構えていて正解だった。こんな打ち明け話、不意打ちではノックアウトされてしまったかもしれない。

「・・・おめでとう」

「おめでとうはおかしいでしょ」

「じゃ、何て言えばいいの?」

「・・・そうだね」

一瞬二人の間から音が消えたから、本当にこうやって会うのも話すのも終わりにしなきゃいけないって、言われている様に感じる。どんなに取り乱しても、もうこうやって衝動的に向かって来ちゃいけないんだと、自分に釘を刺す。

「親が見合いでもしろってうるさかったから」

「・・・そうだね」

拓磨の実家でも兄の結婚に焦る母親の姿は同じだ。

「・・・ごめんね。私がもっと早く会社辞めてたら・・・って、この間反省したんだ。ご両親に申し訳なかったなって」

「なんで そんな事言うの・・・。喜美が悪い訳じゃないでしょ」

私は首を横に振った。すると又どうしてか涙が込み上げてくる。今日は駄目だ。実家の取り壊しの知らせで、私の気持ちがめいっぱいなんだ。大した事じゃない事で、簡単に涙腺のスイッチが入ってしまう。

「なんで・・・喜美が泣くの?」

私は笑ってごまかした。

「今日なんかおかしいの。ごめん、気にしないで。お見合いの話と全然関係ないから」

蒼太がじっと私の様子を見ているから、私は必死で会話を見つける。

「どこの家の親だって、長男には、ちゃんと結婚して早く安定した家庭を築いてもらいたいって思ってる筈だから」

「・・・・・・」

「そのご縁が、早くまとまる事祈ってます」

そう何とか言い終えると、私は頭をもう一度深く下げた。

「どうもありがとう。じゃ、帰ります。さようなら」

最後はちょっと早口になってしまった。


 私は電車の中でふと思う。そういえば『さようなら』なんて言った事ない。大抵別れ際は『じゃあね』とか『またね』とか『バイバイ』だ。『さようなら』は、本当にお別れだというニュアンスが含まれている様に感じる。あの時は何も考えずとっさに口走ってしまったけれど、意外にも一番適していた言葉を選んだ事が皮肉だ。これで良かったんだと自分に言い聞かせている様にも思うし、やはり行かなければ良かったと後悔する自分とが 入り混じっていた。


 拓磨から仕事の面接の話でメッセージが届く。

『仕事の面接、受けてみる気になった?』

しかし、私はそれに返信をしなかった。

 すると次の日、再び拓磨からメッセージだ。

『別に嫌なら断ってくれていいんだよ。俺に気兼ねして返事迷ってるなら、気にしないで平気だからね』

拓磨は一体どんな気持ちでいるのだろう。そして両親も。私がいつの間にか家族の中に溶け込んで、このまま嫁に来てくれたらって期待を持たせてしまっているのだろうか。拓磨ときちんと話をしなければいけないのかもしれない。そうでないと、蒼太を振り回した様にまた他の人にも同じ失敗を繰り返してしまうから。私の事を心配したり焦ったりする親はもう居ないから気兼ねはないが、周りの人達はそうではない。自分の事だけを考えていればいい歳は過ぎたのだ。

 しかし、面と向かうとやはり切り出しにくくて、思った事の半分も言えない気がする。そう思うと、やはり決心が緩む。そしてその日も、私は拓磨への返事をしないままにした。


 次の日になると、拓磨の内容が少し変わってくる。

『どうしたの?具合でも悪いの?』

『何かあった?』

そして私はようやく重たい腰を上げて、返信をした。

『ごめんね。ちょっと、話したい事がある』

『いいよ。今から行こうか?』

拓磨の家からは車を飛ばしても30分以上は掛かる。それに、ここには来てもらっても部屋に入れる事は出来ない。

『今日じゃなくてもいいの。その内、時間のある時で』


次の日夜7時頃、拓磨からのメッセージを受信する。

『今そっち向かってます。もうすぐ着くけど、会える?』

私は慌てて身支度をする。先日風呂上りに蒼太が来た時の様に、短パンTシャツすっぴん、という訳にはいかない。一日家から出ていないから、朝起きたままの格好で化粧もせずに一日を終わらせようとしているところだった。ようやく準備が出来たと同時に、インターホンが鳴る。拓磨だ。私は財布と電話だけを持って玄関のドアをガチャッと開けた。

「急に来たけど、大丈夫だった?」

「うん・・・。ごめんね、来てもらっちゃって。どっか外で会えたらって思ってたんだけど」

「あ、そうなの?」

「ま、とにかく出ようか」

私は玄関の戸を慌てて閉めて、外に出た。

「夕飯、もう食べた?」

拓磨が聞いた。

「うん。来るって知らなかったから。拓ちゃんは?まだだった?」

「いいの、いいの、俺は」

マンションの下まで降りてきて、二人は立ち止まった。

「何か食べながら話すって感じじゃないみたいだし・・・」

拓磨が私の表情を確認しながら話を続けた。

「車で良ければ、中で話す?」

車は本当に二人っきりだから、落ち着いて話せる気もするが、密室感がある。気まずくなった時に逃げ場がない。私が返事に迷っていると、拓磨がもう一つ提案する。

「どっか、近くの公園とかでもいいし。喜美ちゃん決めて」

そう言われ、少し離れた場所にある、ごくごく小さな公園を選ぶ。一番近くの公園は、昔蒼太と来た事があるからだ。しかも、初めてキスした場所だったから。デートの帰り、家の近くまで送ってくれて、でももう少し一緒に居たくて近くの公園でお喋りしたのだ。その別れ際に、そっと蒼太がキスをしたのだった。二つ並んだブランコに腰かけていたから、ちょっとグラグラして手すりがキコキコ言っていたのを覚えている。


 今朝の雨でベンチが湿っていたから、私達は公園の柵に腰かけた。

「この間の お母さんの話聞いてても思ったんだけど、私やっぱりはっきりさせなくちゃいけないんじゃないかって・・・ね」

「兄貴と会わせた時の?」

「私、凄く自然に家族の中に受け入れてもらって嬉しいんだけど、その分、お父さんやお母さんに期待させちゃってるのかなって」

拓磨も軽々しい返事はしない。黙って聞いてくれている。

「拓ちゃんは・・・どう思う?」

本当は『どう思ってるの?』って聞きたかったのだ。でも、やはり聞けずにこうなってしまった。

「俺から・・・お袋に言おうか?喜美ちゃんはまだ心に想ってる人がいるんだって」

私は首を横に振った。

「いいって。それに・・・そういう訳でもないし」

「もう吹っ切れたの?」

それにはさすがに頷く事は出来ない。

「喜美ちゃんは、どう?正直、俺との結婚考えられそう?一年後とか三年後とか五年後とか・・・」

「だから・・・そういうの・・・いけないって思うの。もし3年経ってもはっきり出来なくて、5年経ってやっぱり無理ってなったら、拓ちゃんだけじゃなくて、お父さんやお母さんにも申し訳ないから」

「じゃ、聞いていい?」

私の体に緊張が走る。

「今、一年後に俺と結婚できる可能性、何%?」

「一年後・・・?!」

私の顔を見て、拓磨が助け舟を出す。

「0%か、あっても1%だよね?じゃ、3年後は?」

リアルな数字なだけに難しい。それを察して、拓磨が質問を続けた。

「じゃ、5年後は?」

5年後の事なんか正直、分からない。自分がどうなっているのか想像が出来ないのだから。拓磨は笑った。

「わかんないよね?じゃあさ・・・」

そう言った後、少し間を置くから、私の緊張が更に増した。

「元彼は今、喜美ちゃんの中のどれ位を占めてるの?」

「・・・・・・」

「正直に教えて。9割なのか半分なのか、それとも2~3割なのか」

「・・・半分位・・・かな」

半分より多い事は確実だ。どこかで何かのきっかけさえ有れば蒼太を思い出して、過去の記憶の中に彷徨っている様な暮らしをしているのだから。だけど8割と口に出す勇気はなかった。

「半分って・・・時々思い出す程度?」

拓磨がそれ以上に突っ込んでくる。だから私は、拓磨にも質問する事にした。

「拓ちゃんは?」

拓磨は私の方へ顔を向けたまま黙っている。

「元カノの事・・・どれ位思い出す?」

「・・・・・・」

「思い出すでしょ?」

「・・・・・・」

「友達のまんまで、いつ結婚に切り替わるの?昔を思い出さなくなった時?それとも年齢とか両親の思いとか、そういう周りの状況?」

「お互い人として色々知って、この人となら一生やっていけそうだなって思ったら」

「・・・そうだね」

「俺は今、喜美ちゃんに人間性を見てもらってる期間だと思ってる」

私の中で疑問が湧いてくる。拓磨も元カノの事が忘れられなくて、恋愛を必要としていないのだと思っていた。だから割り切って結婚に焦点を当てているのだと思い込んでいた。違ったのだろうか?

 私がそんな事を考えている隙に、拓磨がまた私をじっと見て言った。

「喜美ちゃん、最近また元彼に会った?」

「どうして?」

「前の喜美ちゃんに戻っちゃった気がした」

返す言葉がない。

「そんなに違う?」

「会社辞めた頃と同じ感じになってるよ」

「・・・・・・」

「それって偶然?それとも、会いに行った感じ?」

説明は出来ない。全て話せば、幾つも傷付けるポイントがある。

「寂しくなっちゃったの?」

「違う!そんなんじゃない!」

「じゃあ・・・何か返し忘れた物 渡しに行ったとか?」

私は首だけ振った。

「とにかく、もう会わない方がいいよ」

「わかってるよ。だから、もう行かないって!」

ついつい口調が強くなる。一時ピーンと張り詰めた空気になる。少し冷静になると、つい口走った自分の言葉に後悔する。全て今の一言で暴露した様なものだ。

 どうやってこの場の空気を変えたらいいのか 私が戸惑っていると、拓磨が意外にも穏やかな口調で言った。

「何か打ち込めるもの、見つけた方がいいよ」

私ももう冷静になれば、それが一番の得策だという事くらい分かる。

「うん・・・そうだね」

「就職・・・考えてみたら?その・・・アパレルの社長さん、紹介するよ」

やはり、こうなる様になっていたのだろうか。甘えていいのかを迷っていた筈なのに、結局拓磨の力を借りる事になるのだ。

「・・・お願いします」

このままでは良くないのだから、こうするしかないのだと自分に言い聞かせる。

「あの人の代わりには 到底なれないけど、何かあったら一番に相談してもらえたら嬉しい」

そう言って拓磨は、隣に座って柵に置いている私の手にそっと自分の手を重ねた。ぎゅっと握られた訳ではないけれど、やっぱりとっさに私は拒絶反応を起こしてしまって、柵から慌てて立ち上がった。多分頬も強張っていたと思う。友達と恋人の境界線はかなりごつい。他の人はどうか知らないけれど、私の中では それを階段に例えたら一段ではない。嫌いな人ではないのに、友達として信用もしているのに、やはり手は繋げない。こんな気持ちじゃ、到底結婚なんて有り得ない話・・・やっぱりそう思う。今までの関係が壊れる事への恐怖もかなりあるのも確かだ。

「虫の鳴き声が聞こえるね」

まるで何もなかったかの様に、拓磨が言った。正直、毎回これに救われている。

「うん・・・」

「秋だね」

「うん」

「小学校ん時さ、学校で鈴虫飼ってたなぁ、そういえば」

ケロッとした口調で拓磨が話題を変えた。

「小学校ん時、教室で何飼ってた?」

「えぇ?亀・・・とか?」

「あ~、居た居た。水槽の掃除の当番、嫌いだったなぁ、臭くて」

思わずあははははと笑ってしまう。

「帰ろっか」

月が雲に隠れた 秋の夜の出来事だった。


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