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チャプター 04:「ファクトリー」

「ほら、しゃんとする! 若い女子が猫背にならない!」

 ランジェリーショップを出た凛は、先を行く光に叱られ、気持ち、姿勢をただした。し

かし、凛の表情からは未だに眠気が取れておらず、酩酊状態のような足取りで光へ続く。

 凛がついてきている事を確認しながら歩き始めた光は、視線を落とし大きくため息をつ

いた。

「本当にアンタって奴は…………どれだけ寝ぼけてるのよ」

「そんなーこと、ないよー」

 歩道を徘徊するゾンビのような足取りで光に続いていた凛が身体と声をくねらせながら

反論する。

 しかし言うまでもなく、光は凛の体たらくにあきれ返っていた。

「寝ぼけてないなら、店に入るなり服を脱いだりしないでしょ?! いくら下着屋さんだ

からってね? 入店するなりトップレスにならないわよ!」

 足を動かした事でようやく眠気が取れ始めた凛は、口を尖らせる。

「だって…………採寸するなら脱がなきゃいけないし――」

「脱ぐならフィッティングルームがあるでしょ! ガラス張りで外から丸見えなのに、よ

く恥ずかしくないわね。生まれてくる性別間違えたんじゃないの?」

 滅茶苦茶に貶され、凛の気分が沈んで行く。足取りも重くなった友人の姿に気まずさを

感じたのか、光が立ち止まり、凛の顔を覗き込んだ。

「私はね。アンタが憎くて言ってるわけじゃないんだよ? そんなに無防備だと、アンタ

が酷い目に遭わないか心配だから」

 自分を心配する光に、凛は気恥ずかしさを覚えた。どのような顔で応答するべきか困惑

した後、苦笑と共に光を見つめ返した。

「大丈夫だよ。気をつけてるんだから」

 凛は本心から大丈夫だと確信していたが、それが正しい応答ではなかったのか、光は深

く重いため息をつき、諦観にも似た表情でうなだれる。

「まあ、いいわ。いざとなったら私や百合が居るし。だからね、凛。アトラスの外に一人

で出て行ったり、夜に出掛けたりしちゃ駄目よ?」

 尚も苦笑しながら「大丈夫なのに」と口の中で呟く凛だが、それも光に直ぐ否定され、

右手を掴まれた。

 凛よりも小柄な身体の光に手を引かれ、まるで子供にせがまれる母のような構図で、凛

と光の二人は二つ目の目的地へと向かってゆく。

「そろそろモノレールだから、カード出して」

「うん」

 凛が手を引かれてやってきたのは、アトラス内を巡るリニアモノレールの駅だった。各

区画を結ぶ連絡用路線と、浮遊島内を巡る環状線の二つが存在し、二人がやってきたのは、

後者の駅である。最終的な目的地は別の浮遊島だが、目的の連絡路線まで環状線を使って

移動するのが一般的な交通手段だった。

 駅へ到着すると、用意されたカードリーダーに自分のカードをかざし、改札をくぐる。

支払いを行うカードと同じものではあるが、居住費を払っている人間ならば、交通サービ

スは無料である。

 そして、駅へやってきたモノレールへ乗り込む。商業区は盛況ではあるものの、平日と

もなると車両内は空いている。ほっとした様子で座席へ座る凛だが、彼女の目の前に立っ

てポールを握る光は不機嫌な視線を凛へ送っていた。

 時間にして十五分。三駅隣まで移動した凛は、乗り換えの為に車両から降りる。そして、

同じホーム内から垂直に延びている路線へと向かう。

「あっ、来てる…………ほら、凛。急いで!」

「う、うん」

 あまり身体を動かしたくなかった凛だが、先を急ぐ光に遅れないよう、渋々駆け足で連

絡線へ乗り込む。

 車内は空いていたが、直ぐに座ろうとした凛の手は光に引かれ妨害された。

「連絡線は五分もかからないんだから、怠けないの」

「そんなぁ…………」

 文句を口にしながらも、光のお節介は嫌いになれなかった。言われた通りに、ポールを

握り、外を眺める。

 日は既に頭上まで昇っており、振り注ぐ強烈な日光が夏の海を照らし、輝く。

 チューブ状の連絡トンネルから見えた景色に、凛は感嘆のため息を吐いた。

「外、綺麗だね」

 凛の感想に、光は朗らかに笑む。

「そうだね。化学物質に汚染されてるなんて、嘘みたい。ううん…………そうじゃない、

かな。専門家はもう大丈夫だって言ってるけど、皆怖くて出られないだけだよね。アトラ

スの外でどうやって生きていけばいいのかわからないから。勿論、私達だってそう」

 凛は頷きながら、星の嵐のように光る水面を見下ろしていた。

「ほら、凛。着いたよ」

「…………うん」

 外の景色を名残惜しそうに見下ろしながら、光に促され、凛はモノレールから降車する。

 二人がやってきたのは、アトラスの浮遊島の中で最も古い工業区画。多くの街工場が構

え、市場の製品を供給する、生産の本拠とも言える場所。

 工業油や焦げるような臭いの立ち込める場所で、多くの住民が嫌う場所である。

 しかしそれは、凛にとって父との思い出の匂い。鉄とオイルの混じる匂いが、凛は好き

だった。

 小さいながら、活気のある町工場を眺めながら、光の後へ続く。

「…………よし、到着! 凛、行くよ」

「うん」

 二人がやってきたのは、全自動工作工房と名づけられた公共施設(・・・・)。町工場で

の製造が難しい製品や、工作機械の補修部品を製造する為の施設である。

 また、外界で乗る自動車はこの施設の中で製造され、レンタルガレージに直接納品され

る仕組みになっている。

 大きな建物へ入場した光は、受付の女性に声を掛けた。

「こんにちは。M1クラフターの置いてある一番高精度な部屋を貸してください」

 M1クラフターとは、金属加工に特化した専用工作機の名称。

 光が差し出したカードを受け取り、端末を操作した職員は、申し訳ないと言わんばかり

に頭を下げる。

「誠に申し訳ございません。M1クラフターの最新機種は、他のお客様がご利用中でござ

います」

「えっ、ウソ…………使用時間はどれくらいですか? 直ぐに終わるなら待ちます」

 オペレーターの女性は更にかしこまる。

「申し訳ございません。ご利用中のお客様は、組み立て機と併用中でございます。四十八

時間のご利用ですので、あと四十時間はご利用できません」

 オペレーターの説明で、光は直ぐに状況を把握した。

 背後に立つ凛へ視線を送る。

「クルマ、作ってるね。最高精度の工作機を使うなんて珍しいけど…………でも、ロータ

ーの切削なら、前の機械でも大丈夫だよ? 結局、組み付けるメカニックが調整するしか

ないから」

 凛の意見に、光は渋々頷いた。

「そうみたいね。それならしょうがないか…………型落ちでも良いので、なるべく高精度

な機械が置いてある部屋を貸して下さい。時間は…………六時間」

「かしこまりました…………M一一二番をご利用ください」

「ありがとう。凛、行こう!」

 オペレーターからカードを受け取った光が移動を始めると、凛も頷き、それに続いた。

 二人はエントランスのエレベーターへ乗り込み、目的の部屋へ移動する。光の借りたの

は地下四階の部屋だった。浮遊島の外周部に設けられたレンタルガレージへ直接納品でき

るよう、自動車関連の部品製造は地下の部屋で行う事が一般的である。

「よし、ここね。さっさと始めましょう」

 メンテナンスサイクルの早いクルマを持つ光は、施設の常連だった。慣れた様子ですぐ

さま部屋を見つけると、自分のカードをかざして内部へ入る。

 室内は、畳二十枚程度の広さを持つ、奥の壁がガラス張りの部屋。幾つかのローソファ

とシングルベッド、飲料のサーバーが置かれ、ガラス張りの壁際に、大きな画面の端末が

置かれている。そして、ガラス面の向こうには、四倍以上広い空間が広がっており、そこ

には、無機質で複雑なロボットアーム、ドリル、サンダーなどが備えられた、巨大工作機

が鎮座している。

 光が端末に近づくと、肩に掛けていた鞄からメモリースティックを取り出し、端末の差

込口に挿入する。端末は内部データの読み取りを行い、画面へ設計リストを表示した。

「えっと…………今日はこの設計図ね」

 幾つもの設計ファイルが並ぶ中から目的のものを選択すると、ガラス張りの向こうに置

かれた工作機が仕事を開始する。倉庫にオーダーされた金属塊がコンベアによって室内へ

登場し、それを拾い上げた工作機が、切削作業を開始した。

 機械が正常に動作している事を確認した光は、踵を返し、ベッドに横たわって眠り始め

ている凛を睨んだ。

「さて。今日もいい出来のがあるといいわね…………ってアンタ! 早速寝ないでよ! 

六個は作るんだから、軽く二時間コースなのよ? それまであたしに一人でボケッとして

ろって言うの?!」

 ヒステリーを起こす光を無視して夢の世界へ旅立とうとした凛だが、ふと、良いものが

ある事を思い出し、身体を起こして光を見る。

「あら、珍しいじゃないの。アンタが言う事聞くなん――」

「はい、これ」

 凛が鞄から取り出したのは、薄く大きな本。

 旧時代に雑誌と呼ばれていたものである。

「それがどう…………アンタ、それまさか」

 訝しげな態度を取っていた光の表情が、みるみる驚愕に染まる。

 そして、足早に凛へ近づくと、雑誌の表紙を凝視した。

「ロータリー車の専門誌!? こんなの、よく手に入ったわね。中古雑誌市場にも滅多に

出回らないのに」

 眠気まなこのまま、凛は得意気になった。電子書籍こそ無数に存在するアトラスだが、

紙媒体の雑誌はデータとして残っていない事が多く、外界から持ち帰られたものは高値で

取引されている。外へ出て行く若者の中には、そういった貴重品を探す者達も多い。

「父さんの本棚から借りてきたの。光はきっと見たいだろうから、って」

 無造作に差し出された雑誌を、光は両手で慎重に受け取った。

「あ、ありがとう! 大事に読むね! り、凛はできるまで寝てていいよ!」

「うん」

 雑誌に飛びつき、慎重な手つきでページをめくり始めた光を一瞥すると、凛はほっとし

た様子で夢の世界へ旅立った。





「…………たよ。凛、起きて。もう…………できたって!」

 身体が激しく揺さぶられ凛は渋々目を開いた。重いまぶたの先には、困った様子で凛を

見つめる光の姿があった。しかし、提供した雑誌の効果もあってか、怒っている様子では

ない。

「うう…………うん。おはよう」

 上体を起こし、頭を掻きながら応答する凛に、光は苦笑した。

「本当に、アンタは。それで…………できたのがソレなんだけど、見てもらえる?」

「うん」

 ベッドから立ち上がり、光の指差す先の台を見ると、タオルのような布の上に並べられ

た、三角形の金属があった。

 エンジンの心臓部、ローター。

 脇に用意された防熱手袋を嵌め、凛がローターの検分を始めた。

「ど、どう? 今日は良さそう?」

 光の台詞を左手で制し、ローターを手に取る。今までの寝ぼけた表情がウソのように、

未だ切削熱の残るローターの細部を真剣に観察する凛。研磨され、焼き入れが施されたた

ローターの頂点部、内部のシャフトが通る空洞の工作精度、果ては、ローターそのものの

重量バランスまで。あらゆる方法でデータを収集し、ローターを選別して行く。

 そして、生産された六つのローターのうち四つが別の台へ移動され、残ったのは二つ。

 凛が光へ振り返った。

「光、やったね。今日の素材は大当たりだよ。この二つは、光のSA22にぴったりだと

思う。多分、重量バランスの調整も殆ど必要ないくらい」

「ほ、本当?! やった!」

 凛の評価が予想より良い事に、光は目を輝かせ子供のように飛び跳ねた。そして、ひと

しきり喜び終えると、満面の笑みで凛へ近づく。

「今日は本当に良い事尽くめね! 面白い本は見せてもらえるし、良い部品は手に入った

し! あっ…………これ、ありがとう」

 机の上に置かれていた雑誌を慎重に持ち、凛へ差し出す。手袋を外し、それを片手で受

け取った凛は、自分の鞄へ歩み寄り、無造作に放り込んだ。

 一連の行動に、光は顔を引き攣らせるも、首を傾げる凛の様子に深いため息を吐くのみ

である。

「よし…………それじゃあこれは、箱に入れて、と」

 専用の運搬ケースにローターを収めた光は、それをレンタルガレージへ送り届けるコン

ベアの上に乗せる。そして、光が配送先のアドレスを入力すると、箱は滑るように穴の中

へ消えていった。

 発送作業を終えた光が凛を見ると、それを待っていたかのように、凛がソファから立ち

上がる。

「それじゃあ早速、おっちゃんの所に行こう!」

「うん」

 上機嫌で部屋を出て行く光に、凛は微笑しながら続いた。

 全自動工作工房を出た二人が辿りついたのは、そこから二ブロック先の小さな事務所。

看板には、禿げかけの字で「黒川自動車」と書かれている。

 手動の引き戸を潜り、光と凛が事務所内へと入る。

「どうもこんにちは。おっちゃん居ますか?」

 光が声を掛けたのは、事務所内の敗れたロングソファに腰掛け、見るからにいかがわし

い本を読む若い男だった。髪の毛を逆立たせ、つなぎを着ている事から従業員だとわかる。

 男は気だるげな様子で光を見返した。

「ああ? 久司(ひさし)さんなら、食材の買出しに出かけてる。クルマの整備なら俺が…

………って、ああ。常連の朝倉さんか。そりゃおっちゃんじゃなきゃ駄目だわ」

 接客業を営む光にとって、男の態度は最低きわまるものだったが、それに慣れているの

か、光は眉をひそめただけでなにも口にしない。

 カウンターの奥へ入り、出てきた男は一枚の紙を握っていた。ボールペンと共にそれを

光に差し出すと、「ありがとう」とそれを受け取り、記入を始める。

「………………うん。これでいいかしら?」

 あっという間に書き終わった紙を男に差し出すと、不備はないと頷く男。

「それじゃあ、おっちゃんによろしくね。工具と部品はこっちに用意してあるから」

「へいへい。まいどあり」

 アイコンタクトで退出を促す光。それに従い、凛は先に事務所を出る。

 続いて出てきた光は、腕を組み不機嫌な様子である。

「全く、あの男はもう少しなんとかならないのかしら?」

 男の態度が悪い事に、やはり気になるのかと苦笑する凛。

「きっと、クルマ屋さんはみんな不器用なんだよ。それより、おっちゃんが来てくれそう

で良かったじゃない。たまに、全然連絡がつかない事だってあるんだから」

 黒川自動車と名乗っているものの、事務所に整備工場が併設されているわけではなかっ

た。現代の自動車が各オーナーのガレージに置かれている事から、整備は派遣業務になる。

凛や光も例外ではなく、事務所へ整備の依頼を行い、後日整備へ出向いてもらうのが普通

だった。

「そう、ね。良かった事にしておきましょうか」

 前向きな凛に、光の怒りも和らぐ。

「それじゃあ、まだ時間もあるし、光のお店で漫画の続きを見ようかな」

「またアンタは…………仕方がないわね。今日のお礼に、私から奢るわ」

 喜ぶ凛に、光も笑む。

 二人は上機嫌のまま、連絡モノレールの駅へ向かった。


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