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チャプター 28:「エピローグ」

「本当に、打ち明けられるのですか?」

「うん」

 バトルから一夜開け、倒れるように眠った凛は、未だ疲れの残る顔でアトラス内を歩い

ていた。手にした携帯端末で通話するのは、凛の側近である、厳島。

「巻き込んでしまった以上、光や百合にも監視を付けざるを得ないでしょ? もうこれ以

上、二人に隠し事なんてできない。だからたとえ――」

「たとえ、今までの関係が壊れてしまっても、ですか?」

 厳島の指摘に、凛は表情を強ばらせ、その場に立ち止まる。

 それは、凛が最も恐れていた事である。自分がガーデンの外を見始めてから、一番の宝

物だと考える、二人の友人。光や百合に真実を伝えたなら、今までの関係では居られない。

しかし、間接的とはいえガーデンの関係者が二人に危害を加えた事も事実であり、それを

隠すことは凛の気持ちが許さなかった。

 感性の相性や幸運に恵まれて親しくなった二人だからこそ、たとえ自分が軽蔑されよう

と、すべてを伝えるべきだと覚悟する。

 無言になって数秒。厳島が諦念したかのように笑い声を漏らした。

「…………お嬢様がお決めになられたなら、私は従います。あとは、相良父子の処遇です

が」

 その一言に、凛は何の反応も示さなかった。捕らえてしまった以上、光達が危害を加え

られる事も無くなり、凛は既に関心を失っていたのである。

 それは、まるで不要物の処分を命じるかのような、乾いた冷たさがある言葉だった。

「昨日決めた通り任せるわ。それじゃあ、また」

「かしこまりました」

 凛が不安な表情で再度歩き始め、通話終了のボタンに触れる間際。受話器からは、男の

悲鳴らしき声と、乾いた銃声が四度、零れた。

「ふう………………」

 早足で人気の少ないストリートを進みながら、凛は百合が入院しているらしい、アトラ

ス中央病院へ向かっていた。心臓が早鐘のように打つのは運動しているせいではなく、光

や百合から向けられるかもしれない、敵意のこもった視線を想像してのものである。

 凛は泣きたかった。二人を好きだからこそ、嫌われる為にその場へ向かっている事へ。

父から継いだ首領の職務を全うできず、二人を巻き込んでしまった事へ。

 しかし、覚悟を決めた筈でも、病室の前に到着した凛は、入室を躊躇した。

 しかし意を決し、生唾を飲み込みながらも、静かにドアをノックする。

「………………どうぞ」

 中から聞こえてきたのは、幼さの残る甲高い声。

 光の声である。

「失礼します」

 囁くような声で扉を開け、入室する凛。二人を気遣っての声量ではなく、喉が強張り、

まともに声が出なかった。

 凛はただ何も言わず、目を閉じて眠る百合の横に腰掛け、手を握った。手は温かく、脈

もしっかりとしており、傷が酷くないと聞いていた事が真実であると感じ、安堵する。

「…………ねえ、凛。心配かけてごめんね? 何の連絡もしなかった事、許して」

 凛は言葉を失った。頭の中の何もかもが吹き飛び、激しい罪悪感と、叫びたい衝動に駆

られる。光がどのような状況であったかは報告である程度知っており、小守に強姦されて

いた事を隠し、自分の心配すらしてくれている。

 その一言に、凛は勇気づけられた。

 凛は立ち上がり、光に向けて深く頭を下げた。

「今回の事は、本当にごめんなさい。こんな事で許してもらえないかもしれないけれど、

わたしにできる事なら何でもする」

「あ、アンタ何言って……」

 困惑した様子だった光だが、数瞬黙考したそぶりを見せ、そして、結果が出たのか、そ

れを話し始めた。

「昨日の夜、私達を助けてくれた人の中に、聞き覚えのある声の人が混ざってた。まさか、

って思ってた。私達が旅行に行ってた時に居た、コックさんにそっくりな声。そして、マ

スクで顔を覆ったその人たちの袖には草刈り鎌のマークがあった。あれは」

 凛が静かにうなづいた。

「………………うん。二人を助けてくれたのは、ガーデンの実働部隊の人たち。コックさ

んも、その一人なの」

 光が自嘲気味に笑む。

「ずっと妙だと思ってた。いくら箱入り娘と言っても、アンタはちょっと桁違いのお金持

ちだし、アンタの周りの人達も、ちょっと考えられないくらい落ち着いた雰囲気があった

し。その中に凛も自然に居て、私はちょっと場違いな気持ちになってた。でも…………ア

ンタがガーデンの関係者なら全てに合点が行くわ。アンタは、一体何者なの?」

 遂にやってきた問いに、凛は心臓の緊張を必死に押さえた。そして、一呼吸を置いて、

姿勢を正し光を見る。

「わたしは、現ガーデン首領、神楽坂凛。アトラス創設者の一人にして父、神楽坂両の娘

です」

 光は凛の言葉に固まり、呼吸すら忘れている様子だった。

 しかし、思考力を取り戻した光は顔をしかめ、苦々しく吐き捨てる。

「じゃあ何? 私と百合は、アンタの組織の内輪もめに巻き込まれて死にかけたって事?

「さ、相良虎々は薬物横領の罪で組織が追っていて、それで――」

「そんな事知らないわよ! アンタの組織の下っ端が暴走してこんな事になったんじゃな

い! 私も酷い目に遭って、百合なんてこんな怪我して…………一歩間違えれば二人とも

殺されてた。それを、何? ごめんなさい許して下さいって? それで本当に許されると

思ってるの!?」

 外界で起こった事は自己責任である大前提を差し置いて、光は凛を責めた。そして凛も、

自身が加害者側であるという認識から、その言葉を黙って受け止める。

 しかし、受け止めきれなかった。苦しさは涙となって流れ落ち、凛の抵抗もむなしく、

感情が溢れ出る。

「ごめんなさい………ごめんなさい…………」

「謝らないでよ!」

 凛は涙を流しながら俯き、身体を強張らせた。次にどんな言葉を浴びせかけられても持

ちこたえられるように。

「もう、いやだよ」

 凛は、光のその一言の意味を敏感に、正確に読み取った。

 一番高かった可能性。一番聞きたくなかった言葉。

「いや…………いやだよ、そんなの」

「アンタは、本当にズルいよね」

 凛ははっとした。光の声が震えている事に気づくと、顔を上げる。

 光はシーツを握りしめながら、静かに泣いていた。

「アンタと関わったせいで酷い目にあったわ…………でも! アンタはいろんな事を教え

てくれて! いろんな物を見せてくれて! 何の得にだってならないのに! 何の見返り

も求めなくて。いつだって無邪気で! そんなアンタに、私達に危害を加えたかったわけ

じゃない事くらいわかるよ! こんなにいろんなものをくれたアンタを…………嫌いにな

れるわけ、無いじゃない。本当にズルいよ、アンタ」

 凛の心が救済された瞬間だった。

 脳内では伝えたい言葉が渦巻いているのにもかかわらず、それは一つも口から出ない。

「…………もう、話は纏まったのか?」

 顔の崩れた光と凛が、はじかれたようにベッドの百合へ目を向ける。

「百合! アンタ気が付いて――」

「よく言う。ベッドサイドでこれだけ喚いて目を覚まさない奴は居ないだろう」

 百合が凛へ目を向ける。その眼差しは、娘をあやす母親のように穏やかだった。

「お前の立場も、光の気持ちも理解できる。私達が小守と一緒に始末される可能性もあっ

たわけだが、違うとなると、あの救出部隊は凛が手配したものなのだろう? そうでなけ

れば、外界への対応としては例外的で早すぎる」

 凛が首肯し、その返答に、百合は満足げに笑む。

「ならば、凛は私と光の命の恩人だ。これからも、今まで通り付き合ってくれ。光だって、

恐らくそう言いたかったんだろう」

 凛が目を向けた光は、恥ずかしそうに目を逸らした。

 そして、友人二人に許された凛は、心の底から安堵し、百合に近づき、光を抱き寄せた。

「ありがとう。本当にありがとう」

 子供のように号泣する凛の髪を、光と百合は優しく梳いた。





<< 完 >>

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