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チャプター 27:「解」

「…………まだ、行ける!」

 虎々のクルマへ必死に食らいつきながら、凜は扱いづらいクルマの制御に全神経を集中

させていた。一定の車速を越えるとスピードリミッターに当たってしまう事から直ぐに置

いていかれると考えていた凜だが、ナビゲーターでは綺麗に見えるコースも、路面のうね

りや幅員に阻まれ、踏み切れる区間は僅か。それによって平均速度は下がり、結果的に、

凜は不慣れなクルマでも辛うじて追従する事ができていた。

 しかしそれは、凜の全身に染み着いた運転技術と超人的な集中力に維持されているに過

ぎない。本来ならば一瞬で決着しているレースを持たせているのは、凜が積み上げてきた

経験である。

 そうした理由から、辛うじて勝負にはなっているものの、状況が好転した訳ではなかっ

た。拮抗するレベルまで押し上げられていようと、危険な綱渡りをしている事に変わりは

ない。把握しているクルマのポテンシャルを最後の一滴まで絞りきっているという事は、

クラッシュ寸前のチキンレースを繰り返している行為に等しい。

「ふう…………ふう………………!」

 集中力が一度でも途切れたなら即死の危険があるデスレースを続けるため、凜は深く呼

吸しながらマシンを追い込んで行く。

 ストレートエンドにやってくるタイトなコーナーや、複雑な路面のうねりを丁寧に処理

して車間を稼ぎ出し、そして、僅かに現れる綺麗なストレートでもう一度引き離される。

 しかし、常人であればとうに諦めている状況で、凜は諦めずに抜く方法(・・・・)を探

り続けていたのである。

 不利ばかりを受けている凜だが、その中で自分が武器にできる要素はまだ残されていた。

 第一の武器は、ボディ形状。そのクルマを限界まで攻め切ったのは初めてではあるもの

の、プラットフォームそのものは凜のFDと同じ。材質や剛性強化の方向性が違う為か全

く違う振る舞いを見せる父のFDだが、グリップがブレイクする寸前の手応えや、ステア

リングの応答は、FDのボディならではの感触が残っていた。

 再度接近し、離れて行く虎々のクルマから一瞬目を離した凜は、フロントガラスのヘッ

ドアップディスプレイに表示されたコースを確認し、覚悟を決めた。

「……次で行く!」

 うねる路面に揺られながら、凜はクルマをアウトサイドへと寄せ始める。

 彼女は、追い抜きを狙っていた(・・・・・・・・・・)。

 仕掛けるポイントは、片側一車線から幹線道路へと合流する直角のカーブ。ライン選択

の自由があり、幹線道路は路面に障害物が落ちている危険が少ない。最もワイドなライン

を描きながら曲がれば、加速性能の差をある程度埋めることができると考えていた。あと

は、追従する虎々のクルマが追いついてくる前に、もう一度訪れる幹線道路から一車線に

なる道路へ飛び込んでしまえば追い抜きは難しくなる。虎々のクルマと比べたなら、決し

てワイドなボディとは言えない凜のFDだが、荒れた路肩や障害物などが手伝って、普通

の道路ではそう簡単に追い抜きはできない。

「ふう…………!」

 凜がブレーキを目一杯踏み込んだ。荒れた路面からタイヤが離れると、即座にABSが

反応し、車輪のロックを細かくコントロールする。そして、車体を前方にのめらせながら

減速した凜のFDは、一瞬で虎々のセンティピードへと張り付いた。完璧な変速によって

パワーバンドを維持する凜のクルマは、非常に滑らかな挙動で旋回姿勢へと移行して行く。

 重量級の車体を電子制御と馬力で無理矢理曲げている虎々のクルマも高いレベルのスピ

ードを見せているものの、一級の職人が見せるパフォーマンスの前では色あせていた。

 そして、ラインの膨らんで行く虎々のインへ切り込んだ凜は、クルマの旋回姿勢を維持

しながら加速へと移行。思い描いた通りの展開で、凜は追い抜きの成功を予感する。

 しかし。

「…………え?」

 前を走る虎々のクルマのサイドガラスが開き始める。

 そして、隙間から見えた手が、何かを放り投げた。

「ハッ…………?!」

 それが危険物である可能性を感じた凜は息を呑み、クルマの姿勢を強引にねじ曲げた。

 スリップアングルの限界を越えたリアタイヤがグリップを失い、車体はスピンに近い挙

動へと変わる。限界に近い旋回速度が出ていた為に車体は直ぐにバランスを崩し、カーブ

の外側へと走行ラインを変えて行く。

 そして、放物線を描いて飛んできた何かは、カーボンのボンネットにワンバウンドし、

フロントガラスに当たること無く通り過ぎて行く。

 しかし危機は終わっていない。

 無理に姿勢を変えた事で、クルマはほぼ制御不能の状態に陥っていた。自身の腕では立

て直せない事を悟った凜は、交差点の反対側にある道路へと進路を変更する。車体が皿に

乗せられた氷のように踊り狂い、その中で車体をコントロールする凜は、全身から汗を噴

き出しながら回転に耐えていた。心臓の縮み上がるような恐怖を押し殺し、ステアリング

を切る。

 そして狙い通り、凜のFDは道路の空きスペースへ飛び込む事に成功し、一難を脱する。

「…………ふう」

 必死になっていた事で、凜は数年ぶりにクルマをエンストさせていた。エンジンが停止

し、金属が収縮する音を聞きながら、昂ぶる気持ちを落ち着かせた。

 そして、凜は改めて危険な勝負を受けてしまったのだと再認識した。投擲されたのが爆

発物でなかったのは不幸中の幸いだが、ボンネットに着地した衝撃から、それなりの重量

物が投げられた事は明白である。万が一フロントガラスに直撃していれば、凜は今頃死ん

でいたかもしれない。そして、直接の原因とはならなくとも、視界悪化によってマシンの

制御を失い、重大な事故となっていた可能性もある。

「…………いけない! 早く追わなきゃ」

 凜は直ぐにキーを戻すと、もう一度エンジンをスタートさせようとする。

 その時。

「これ、って」

 キーを捻る拍子に触れたコラムスイッチのカバーが落ちた。樹脂性で耐久力が高い部品

ではないが、凜が驚いたのはそこではなかった。

 コラム上部に現れた、赤く光る、もう一つのキーシリンダー。

「あ、ああ…………」

 脳裏に噴き出す記憶。

 父の横顔。

 シリンダーに刺さった鍵。

「…………うん」

 凜は淡い緑色の光を放つ通常のキーシリンダーから鍵を抜いた。そして、リングに通る、

最後の鍵をそこへ静かに差し込んだ。

 未知の鍵は滑らかに穴へと差し込まれる。これで、その鍵がクルマ用である事が確認さ

れ、更に、FDに適合するものである事が確認できた。クラッチを切り、キーを捻るも抵

抗は無く、アクセサリー、オンまで捻られた鍵を更に回すと、セルの音と共にエンジンの

シャフトが回転を始める。

 そして、四つのローターへ火が入ると、短く吠えるようにエンジンが呼吸を始めた。

「ふう………………?!」

 凜は静かに息を吐いた。

 今までとは違う、明らかに軽い音。塞がれていた口を大きく開け、のびのびと呼吸する

かのような、乾いた、軽い排気音である。今まで感じていた、しっとりとしたトルク感は

消え去り、ヌケの良い自然なNAエンジンのフィーリング。

 凜の視線は緊張を解すように漂った。リミットが一万回転まで拡張された回転計。痛い

程に感じるエンジンフリクション。

 そして、ヘッドアップディスプレイの右下に表示された"RX-777 Speed 

King"の文字。

「…………これだ」

 凜は確信した。それは、凜が探し続けていた父のクルマ。凜が記憶する限り、父ですら

持て余していた狂気の走行機械。

 プロトタイプレーシングカーとして使われることの無かった、幻のナンバーを与えられ

たクルマ。

 エンジンの鼓動を感じながら、凜は目を閉じ、深く呼吸した。

 そして、静かに目を見開き、シフトノブを一速へ静かに挿し入れる。そして、クラッチ

をゆっくりと離すと、フライホイールと接触し、クルマはゆっくりと前進を始めた。トル

クフルなフィーリングは全く消え去り、か細さすら感じる出力である。

 そして、コースに戻った凜は、気を引き締めてアクセルを踏み込んだ。

「………………うそ?」

 しかし、クルマは凜の期待に反し、のんびりと加速を始めた。エンジンそのものは即座

に応答したものの、そのパワーは今までに発揮していたものと比べるまでもなく、低い。

 フルスロットルまで到達して尚、クルマは加速して行かなかった。ようやく回転計が五

千を越えた周辺で、車速を伸ばしたい凜は急いて二速へとシフトアップした。出力は相変

わらず低いままだが、クルマは何とか加速を続けていた。

 しかし。

 回転計が六千を越えた瞬間、眠れる獅子が牙を剥いた。

「う……そ…………?!」

 今までの加速が嘘のように、鋭く加速を始める凜のFD。その加速感は、凜のクルマと

全く違うものだった。

 まるで、不可視の引力に引かれ無限に加速して行くかのような恐怖。しっかりとエンジ

ンの慣性トルクを感じられる凜のFDに対して、父のクルマはまるでエンジンを感じない、

クルマが滑走しているかのような加速。決してアクセルレスポンスが悪い訳ではないが、

それはまるで、前日に乗った飛行機のジェットエンジンが発揮するような加速フィーリン

グだった。

 エキセントリックシャフトから噴き出すように取り出される強大な馬力はフライホイー

ルからクラッチへ伝わり、プロペラシャフト、リアデフを通り、ドライブシャフトからタ

イヤへと供給され、そして、路面を蹴る。

「くう…………う………………?!」

 凜をして、その恐怖でアクセルを戻すことができなかった(・・・・・・・・・・・・

・・・・)。戻すことすら恐怖するような、殺人的な加速である。加速Gによって血液が

背面に集中し、意識が朦朧とする。血流の滞った眼球は帳が降りたように暗くなり、ただ

でさえ視界の悪いナイトバトルを更に過酷なものにして行く。

 駄馬ではない。しかし駿馬でもない。

 それはさながら、命を刈り取る死神が駆る、夢魔(ナイトメア)

「…………はっ!?」

 うすぼんやりとした意識の中で、次のカーブを認識した凜は即座に減速を開始する。エ

ンジンの出力が劇的に向上した事は大きなアドバンテージになったものの、サスペンショ

ンの特性が変わっているわけではない。車速が上がる分、ブレーキングポイントは更にシ

ビアになり、オペレーターの力量が要求される。

「やっぱり――」

 呟きながら、凜はクルマを丁寧に旋回させる。エンジン出力に殆ど影響を受けないコー

ナリングスピードは、凜が予想した通り殆ど変わらなかった。今までのように、突入速度

を限界まで高め、タイヤのグリップする速度域を探りながら車体をコントロールする。

 凜のFDと比べて、確実に劣る旋回性能である。

 しかし凜は、脂汗を流しながら笑っていた。今まで泣かされていた一番の弱点であるト

ップスピードの問題が解決したのである。仮に虎々が勝利を確信して流しているのならば、

追撃できる可能性は十分にある。

 凜は恐怖を心の奥に押し込み、アクセルを踏み込んだ。

「ぐうう…………」

 閃光のような加速に呻きながらも、車速を伸ばして行く凜。体感のパワーバンドである

六千五百から九千五百の間をしっかりとキープしながら、飛び込んだ一車線道路のカーブ

を次々に処理して行った。

 しかし、神経をすり減らし、消耗した体力が、一瞬の油断を生む。ブレーキングのポイ

ントが致命的に遅れてしまったのである。

 声を出す暇もなくリカバリを始める凜だが、既に減速するスペースが無い。目を皿のよ

うに見開いた凜は諦観混じりに、ステアリングを切り込む。

 しかしクルマは、何事もなかったかのようにカーブをクリアして見せた。

 凜は何が起こったのか理解できず、思考を停止させる。条件反射に任せて数百メートル

ドライブした後、もう一度、それに挑戦する。常軌を逸した、自殺に等しい凶行である。

「なに…………これ……?!」

 明らかなオーバースピードでも、コーナーを見事にクリアするそのクルマ。凜は暫く黙

考し、そして、結論に至る。

 クルマは物理学の世界から逃れられない。ならば、タイヤのキャパシティを越える速度

で曲がることはできない筈である。しかし、どの世界にも例外が存在する。FDというク

ルマをベースにしているからこそ、タイヤのグリップ力を補強する手があった。

 それは即ち、空力。

 地球の表面に満たされた不可視の気体をコントロールする事で、車体を地面に押しつけ

ている(・・・・・・)。ストリートのスピードでは、本来無視しても良いようなファクタ

ーである。

 しかしそのクルマは、空力を確実に織り込んだ設計思想である事は明白だった。車速が

二百キロを越えた辺りから加速感が減り、変わりに車体の安定感が増して行く。

 スピードを出さなければ曲がれない矛盾。

「ふ、ふふ…………おかしいわ。父さん」

 凜は父の狂気にから笑いし、嘲笑した。そして、その世界に踏み込んで行く自分自身も。

「うん。行けるよね? 貴方」

 クルマに話しかけながら、凜はアクセルを目一杯踏み込む。

 FDは火を噴くように加速し、猛追を再開した。

 最早、誰にも止められない。誰にも御する事のできなかった夢魔は、遂に極上の騎手を

得、本来の姿を現した。

 まるで華麗に手綱を取るようにクルマを旋回させ、通常ではあり得ない速度でコースを

処理して行く凜。

 きつく右へ。

 ゆるく左へ。

 きつく左へ。

 ゆるく右へ。

 柔軟な筋肉を持つサラブレッドのように、極悪の路面を完璧にいなし、車体を操る。

 そして、十数個のコーナーを処理し、長い直線に入った凜は、遂に先行する赤いテール

ランプを発見する。

「…………見えた!」

 虎々のクルマである。凜が望んだ通り、虎々は勝利を確信し、かなり速度を落として走

行していた。猛追してきた凜に気づいたのか加速を再開するも、その勢いは桁違いだった。

 しかし、虎々も只では交わさせなかった。巧みに走行ラインを変更し、凜の進路を妨害

する。特大ボディのセンティピードならではのブロックである。

 凜は平時に見せるぼんやりとした雰囲気をかけらも感じさせない真剣な表情で虎々のク

ルマを睨んだ。

「もう、逃がさないから!」

 加速する虎々のクルマへ、凜のFDが追従する。

 しかし凜は、ぴったりと張り付いていた虎々のクルマから距離を取り、敢えて真後ろの

ポジションから退く。理由は二つ。一つは、定位置で追っていれば、どこかのコーナーで

先の投擲攻撃が来る可能性への警戒。そしてもう一つは、ドラフティングに入ったそのポ

ジションで、マシンの水温と油温が僅かに上昇した点である。レーシングカーは排熱容量

などが限界ギリギリで設計されている事が多く、凜のFDはその領域に達する出力を有す

るが為に、必要以上に温度管理を行わなければならない。

 それだけ凜は落ち着いていた。落ち着けていた。今までは必死になって追っていた相手

が、今は余裕を持って追いついて行く事ができるのである。

 冷静にコースのナビゲーションを見ながら、凜は再度追い抜きのポイントを探す。バト

ルの途中に直接攻撃を仕掛けてくるような相手である。虎々の話した通り追従して行った

だけでは、負けだと発言を覆しかねない。

 確実に敗北させる為に、凜は慎重に虎々のクルマを観察した。

 見た所、タイヤは僅かに苦しくなっている様子。長いコースによってタイヤの排熱が追

いつかず、内圧が高まった事でグリップ力が低下していると推察する。そして、今までよ

り不安定な挙動は、虎々の苛立ちを映しているかのようだった。狂った相手だけに、いざ

となれば何をしてくるのかわからない怖さはあるものの、怒りで思考力の落ちた相手は、

凜にとって戦いやすい相手だった。

「…………ここね」

 ゴールが近づいてきた頃、凜はナビゲーションの指示するコースの一点を見る。それは、

ゴール前、最後の直角カーブ。かなり狭く、ライン選択の幅は狭い。ラインを限定される

と言う事は、虎々に攻撃させやすくする要素でもある。

 しかし凜には勝機があった。その周辺は何度か探索に来た事があり、道路を覚えていた。

虎々の攻撃を回避し、確実にオーバーテイクする手段をイメージし、近づくその瞬間に備

える。

 幅員が狭くなり、落ち掛けた石橋を跳ねるように渡った二台のクルマは、緩やかに左に

曲がるコースを処理しながら、その場所に到達する。

「………………ここ!」

 凜がブレーキを蹴飛ばした。FDは手綱を引かれた馬のように急制動し、バランスを崩

す寸前まで車体を不安定にしながら、即座に減速を完了する。そして、そのワンモーショ

ンで虎々のクルマに接近した凜は、ラインをナビゲーションの更に外側へ向ける。

 そして、接近してきた虎々が再度ウインドウを開け始めるも、その様は、コンクリート

の中央分離帯に遮られた(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。凜は、その道路が中央

から分断されている事を知っていたのである。遂に何にも邪魔される事が無くなった凜の

クルマは鋭く加速し、スピンに近い速度で右手のゴールへ飛び込んだ。

 虎々は一拍遅れ、ゴールのロータリーへ到着。

「…………ふう」

 凜の完璧な勝利。極限状態の中で、そのクルマで完走した奇跡。

 安堵のため息を吐きながら、凜は虎々と話す為にクルマのドアを開ける。

 そして、立ち上がった直後、髪の先を、何かが飛び去り、同時に、乾いた音が辺りのビ

ルへ反響する。

「クソが、クソが、クソが! 調子に乗りやがってクソ穴便器女が! 何調子扱いて勝っ

ちゃってるんですかあ? ああ!?」

 拳銃を向けながら近づいてくる虎々に、凜は眉をひそめ、自分の迂闊さに憤った。反撃

する為の拳銃はナビシートの下。クルマに逃げ込んでいる間に背中を撃たれる事は明白で

ある。

 凜はただ、近づき、体をボンネットに押さえつけてくる虎々に、されるがままになって

いた。

「あーあ。ホントムカつく女だなてめえは。良いからケツだせやオラ」

 銃を突きつけながら、凜のデニムパンツに手を掛け、強引に下ろす虎々。そして、自分

のものを凜に押しつけ、拳銃を凜へ向ける。

「お前が絶頂する瞬間に頭ぶっ飛ばしてやるから。精々我慢し――」

 しかし、虎々が言い終わる寸前、虎々の拳銃が弾き飛ばされた。虎々は人差し指も弾き

飛ばされ、顔をしかめる。

「ってえ! 何だおい!」

「下衆が。控えろ」

 凜は聞き覚えのある声に、安堵のため息を漏らす。そして、慌ててパンツを上げ、暗闇

から出てくる男に駆け寄った。

「厳島!」

「お嬢様。ご無事で」

 凜の震える手を左手でそっと握ると、厳島も頬を緩めた。

「…………このような事は、もう二度としないと約束して下さい。先代に顔向けできませ

ん」

「うん。ごめんなさい」

 素直に謝罪する凛。それに満足したらしい厳島は、一度優しく首肯し、虎々に向き直っ

た。

「貴様には、相良陽介共々、薬物横領と臓器密売の罪が確認された。我々ガーデンは、し

かるべき裁きを下すだろう」

 辺りからガーデンの構成員が姿を現し、虎々を取り囲み始めると、劣勢を悟った虎々が

観念し、手を上げる。

「ああ、降参しますわ。今抵抗しても良いこと無さそうだ」

 しかし、劣勢であるのにもかかわらず、虎々は余裕を崩さなかった。

「ただ、なあ。親父の派閥はでかいぜえ? お前らが何者かは知らないが、俺の親父はガ

ーデンの重鎮だ。裁くなら、大首領様でも出てきてもらわないとなあ。まあ? 今まで姿

も見せない奴なんて、存在してるか怪しいけどな?」

 余裕を感じる口ぶりの虎々だが、厳島は哀れむような視線を返し、そして、凛へと目を

移した。

「だ、そうですが?」

「…………ああ?」

 凛へ問う厳島を不審に思った虎々が声を上げる。

「この方こそ、現ガーデン首領、神楽坂凛様だ。貴様が望む通り、凛様が貴様の運命を決

めるだろう」

 虎々の顔から、余裕が消えた。

 凛が、冷たい視線を向けながら、静かに言い放つ。

「この人と、相良幹部の処断は厳島に一任します。厳しい処分を」

「はっ!」

 即座に反応したガーデン構成員に取り押さえられた虎々は、わめきながら大型車両に押

し込まれ、アトラスへ向かって発進する。

 残された凛は、恐る恐る厳島へ問うた。

「あ、あの…………光と、百合は」

「確保しております。百合様は負傷されておりましたが、止血と輸血で大事には至ってお

りません。同時に拉致されていた数名の男女も救出しました」

 厳島の報告を聞いた凛は、その場から動かず、静かに涙を流す。

「良かった…………ありがとう。本当にありがとうね、厳島」

 凛に歩み寄った厳島は、自分の主が泣き止むまで、静かに胸を貸し続けた。


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