表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/29

チャプター 19:「タイニー・バースデイ」

 日没直後の淡く青い空の下。

 凜達三人は、夕食を摂る為に、キャンプを張ったビーチに居た。

 段々と慣れてきた砂浜の感触に心地よさを感じ、凜はつま先で砂をいじり、その肌触り

を楽しむ。

 他の二人は、手持ち無沙汰な子供のような凜を、ただ静かに眺めていた。周りには心地

よい雰囲気が満ち、波の音が、自然と言葉を失わせた。

「…………そういえば、今夜はカトラリーが無いわね。手で食べるご飯なのかしら」

 しばらく凜を眺めていた光が、毎日用意されていたナイフやフォークが机に置かれてい

ない事に気がつき、凜へ質問を投げかける。

 光からの問いに、その日のサプライズを話したくてたまらなかった凜だが、その衝動を

必死に堪え、精一杯平静を装って返答する。

「うん。今日はトレーラー前でご飯の支度をしてるの。できたら厳島が呼びに来てくれる

から」

 凜の声色に、光は目を細め、訝しげに友人を睨む。

「……怪しいわね。声が震えてるじゃないの。アンタって本当に隠し事が下手よね」

 光の発した一言で、凜の浮ついた気持ちが一瞬でしぼむ。胸中を満たすのは、隠し事を

して付き合っているという後ろめたい気持ちだった。

 凜の表情変化をどうとらえたのか、光は苦笑いして見せた。

「まあ、変な事じゃないってわかってるからいいけどね。また変わったご飯なのかしら。

あの、ゴーヤー…………なんとか?」

「ゴーヤーチャンプルーだな」

 話を黙って聞いていた百合が補足する。

「そうそう。ちょっと苦くて変わったキュウリだったわね」

「私は好きだったな。この島の伝統料理らしいが」

 凜が黙って頷き、目を閉じた後、両手を組む。自分の手を握る事で、凜の罪悪感も僅か

に解れる。

「あの野菜はアトラスで栽培したものなんだよ? 厳島が、農業プラントで品種保存のお

仕事をしてる人に分けて貰ったって言ってたから」

 何気なく発した凜の言葉に、光と百合は顔を見合わせ、驚いた様子で凜へ視線を向ける。

「厳島さんの顔の広さには驚きだわ。アトラスの上層部に顔が利く上に、プラント管理者

にも知り合いが居るなんて」

 光の意見に百合が追従した。

「全くだ。あまり大きな声では言えないが、農業部門と工業部門は折り合いがあまり良く

なくてな。いつも板挟みに遭ってる管理部門はいい迷惑だ。だが…………双方と親しくで

きる人間は本当に貴重だと思うぞ」

「そ、そうなんだ」

 表向きには、厳島の能力に驚いたような印象を与える凜の反応だが、内心、当たり前の

事に焦りを隠せなかった。厳島が優秀であるが為に、二人が真実にたどり着いてしまうの

ではないかと言う不安が過ぎる。そして、何事も完璧にやり遂げる厳島より、自分が口に

する情報こそ危険であると心配になった。

 俯き、深刻な表情で目を伏せる凜に二人は首を傾げたが、幸いな事にその空気も長くは

続かなかった。

「お嬢様、朝倉様、細川様。お食事の用意が整いました。どうぞ、こちらへ」

 聞き慣れた声で凜の気持ちが落ち着き、穏やかな目に戻った凜は、二人に目配せした。

光と百合は当たり前のように頷き、それだけの動作で意志が伝わったことに、凜は嬉しく

なった。

 三人が立ち上がった事を見計らい、厳島が移動を始める。凜がそのあとに続き、光と百

合がさらにそのあとを追う。

「なにこれ…………凄いご馳走じゃないの!」

 真っ白なクロスが掛けられた大きなテーブルには、ローストチキンやトロピカルサラダ、

熱気の残る焼きたてのパン、様々な色のパスタが並んでいた。和洋折衷、色とりどりの料

理を前に、光と百合が目を丸くした。

 そして、その机の右端には、四角い蓋のかぶせられた料理が置かれている。何が始まる

のか、光と百合は戸惑った様子で辺りをうかがっていた。

「それじゃあ、みんな」

 凜が厳島や使用人達を見回し、準備を確認する。

 そして。

「光、百合」

 凜が箱の蓋を空けると同時に、二人めがけて無数のクラッカーが鳴らされた。突然発せ

られた大きな音に身体を強ばらせる光と百合だが、頭や肩を紙テープまみれにしながら見

つめた先のものに、ようやく状況を把握した。

「お誕生日、おめでとう」

 箱の下から現れたのは、手作りのストロベリーショートケーキ。二つのケーキには、そ

れぞれ薄焼きクッキーが乗せられており、それらにチョコレートで名前が描かれている。

 思考停止に陥っていた二人だが、先に我に返った光が思い出したかのように息を吸った。

「――ちょ、ちょっと凜! これって」

 驚いている事に満足した凜は、得意げに頷いて見せた。

「うん。二人のお誕生日パーティー。確か、二人とも今月だったよね。本当は分けてしよ

うと思ってたんだけれど、どうしてもそこまで滞在できなくて」

 呆然とした光の双眸から、つるりと涙がこぼれ落ちる。

「そんな、そんなの…………誕生日なんて言った覚え無いのに。こんなの、ズルイよ」

 凜が首を振って否定する。

「ううん? 確か光が十四日、百合が二十二日だったよね。ちゃんと聞いてたよ? ずっ

と前に、喫茶店で一度だけ」

 泣きながら両目を拭う光の横で、ようやく思考力を取り戻した百合が一歩踏み出した。

「その…………何と言ったらいいか。まだ一年に満たない付き合いだと言うのに。本当に

ありがとう。こんな大きいケーキまで」

 百合が目を向けたホールケーキは、通常のものよりもかなり大型だった。十号ケーキを

誉められた凜は、更に得意になった。

「ふふん。このケーキはわたしが作ったんだよ?」

「ウソ…………アンタ料理できたの?!」

「これだけなの。わたしの家では、誰かの誕生日になるとこうやってケーキを作ってお祝

いするんだよ? だから、クリームケーキだけは得意になっちゃって」

 それは凜にとって、父娘がガーデンの構成員達と親睦を深める為の儀式だった。どんな

に厳しい表情をしている厳島でさえ、パーティーの間だけは表情を緩め、場を楽しむ。幼

い頃も、今も、凜はその儀式が大好きだった。二人に参加して貰う事で、更に絆が深まる

筈だと、凜は本気で信じていたのである。

 そして、その思いは現実のものとなる。

 言葉を無くしていた光が、頭一つ分大きな凜の胸へ飛び込み、抱きしめた。

「ありがとう、凜」

「うん」

 その公園は、使用人達の拍手で満たされた、優しい空間だった。凜が抱き返し、右手で

光の髪を梳く。

 その横を通り過ぎ、厳島が百合へ近づいた。

「我々にとっては恒例行事めいたものではありますが、お嬢様も、私も。できうる限りの

おもてなしをさせていただきます。どうぞ、心行くまでお楽しみを」

 凜が視線を向けた百合は、珍しく目に涙を浮かべ静かに何度も頷いていた。

 気持ちが落ち着いたのか、凜の腕の中から静かに光が離れる。

 顔を上げた友人に、凜は目が眩みそうな程晴れやかに笑いかけた。

「さあ! 沢山食べて、沢山楽しもうよ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ