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チャプター 15:「疑念」

「いやー! 今回はスリリングだったわ!」

 グラスに注がれたウーロン茶を一気に飲み干した光が、しみじみと感想を漏らした。

 レースを終えた三人がやってきたのは、常連の高級料理店ではなく串焼きを専門にした

居酒屋。三人の中で酒を嗜むのは百合だけだったが、凜の希望により、その店舗で食事す

る事となった。

 そして、凜の意見が通った理由はもう一つ。接戦の末、見事勝利した光ではあったが、

元々の期待値が高かった事からオッズが奮わず、ベットした元金を差し引いた儲けは数万

円と少なかった。

 しかし、パーティサイズの個室を提供でき、かつ、高品質な肉や珍味を取り揃えたそこ

は、決して庶民的ではない店である。

 満足した様子だった光が、唐突に自嘲するような表情を作る。

「あーあ。今日みたいな日こそ、お祝いにおいしいモノを食べたかったのに。稼ぎがこれ

だけじゃ、ね…………」

 頬杖をつき、湯気の立ち上る焼き鳥を食べつつ、光は壁を眺める。

 そして凜と言えば、電気グリルの前に陣取り、生肉の刺さった串をせわしなく掛け、焼

き上がったものを片端から頬張っている。その表情は満足そのもので、タレの香ばしい香

りや、油の焼ける音で、いつのもの食事とは違った雰囲気が漂う。

 用意された黒いタレに焼き上がった串焼きをつけていた凜は、自分を眺める視線に気が

つき、顔を上げた。

「……光? どうしたの? あっ…………今日はもっと沢山あるから、心配しなくて大丈

夫だよ」

 光の浮かべていた落胆の表情が苦笑で上書きされる。口元が綻び、目には優しい光が宿

った。

「ううん? アンタはどんなものでもおいしそうに食べるな、って。百合じゃないけど、

凜のそういう所、良いと思う」

 口の中の肉を噛みながら、光の言葉の意味を考えた凜だが、結局結論は出ず、困惑した

表情で首を傾げた。

 凜のリアクションが予想通りであったのか、光の笑みに、更に苦みが加わる。

「それより。今日はありがとう。凜のアドバイス…………いえ、警告が無ければやられて

いたと思う。それくらい、小守のクルマは完成度が高かったから」

「そう、かな」

 引っかかる言い回しに、光が表情を変えた。

「光がいつも通り、効率よく走っていれば負ける相手じゃないとわかってたから。瞬間的

な速さは向こうが上でも、ギャップを乗り越えた時に感じた重量から、タイヤが最後まで

持たないことは予想できてた。だから、今回みたいな接戦になったのは、焦って追い付こ

うとして一番大事なリヤタイヤを消耗したからじゃない?」

 黙って聞いていた光は、図星を突かれ、目をみはる。

「アンタ…………SAのナビシートに潜んでたんじゃないの?」

「凜なら、ずっと私と一緒に居たぞ」

 間髪入れず、冗談に切り返した百合に、光は呆れた様子で目を細める。

 そして、それを切っ掛けに会話の相手が百合へ移った事で、凜は楽しみの串焼きを再開

させる。竹串に刺された柔らかな鳥肉が焼けて行く様を、プレゼントを待つ少女のような

顔で眺める凜。

 しかしふと、その日に伝えなければならない事柄を思い出し、自動車談義に花を咲かせ

る友人へ視線を向ける。

「いつも言っているだろう? クルマに必要なのはシャーシの完成度と…………うん? 

どうした、凜」

 先に視線に気がついたのは百合。続けて、光が凜へ目を向けた。

 二人が自分に注意している事で、立ち上がり、もったいぶったような咳払いの後、凜は

静かに息を吸った。

「実は、今日は二人にとてもうれしいお知らせがあります」

 今までにない凜の挙動に、二人が興味深そうに首肯する。気を良くした凜が、更にふん

ぞり返り、二人を交互にみる。

「この間、新しい遺跡で見つけた紙に書かれていた沖縄という所に、旅行に行ける事にな

りました!」

 自分が楽しみにしている事もあり、凜は期待に満ちた表情で二人の反応を待つ。

 しかし予想に反し、光と百合の反応は冷ややかなものだった。凜の言葉に目を見開き、

顔を見合わせたものの、嘲笑にも似た表情で、凜を見返す。

「ねえ、百合。南国のリゾートに行けるんだって」

「ふむ。それは凄いな。それで? どんな予定なんだ?」

 凜の予想に反して、二人の反応は冗談をからかう類のものだった。二人が喜ぶ様を想像

していた凜は、あまりのギャップに内心落ち込む。

 そして、沈んだ声色のまま、詳細の説明を始める。

「えっと…………準備に時間がかかるから、あと二週間くらいは時間が必要みたい。それ

より後なら、出発の日時は二人の予定に合わせられるから。予定では、四泊五日行くつも

りです。二人の都合によっては、ある程度延ばしたり、縮めたりできるよ」

 それが予想とは違った返答だったのか、光と百合は顔を見合わせ、困惑した様子で凜へ

視線を向けた。

「えっと…………どこからオチがはじまるのよ? そんな現実離れした話、まさか本当な

ワケないわよね?」

「本当、なんだけど」

 空気が凍り付き、三人は金縛りに遭ったかのように身動きを止めた。静かになった部屋

には、肉が焼け、油の爆ぜる音が響く。

 一番始めに硬直から抜け出したのは光だった。驚愕を顔に張り付けたまま、焼き鳥が掛

けられたグリルに歩み寄り、凜の両腕を掴む。

「いや……いやいやいや! アンタ解ってる?! クルマで行けるような距離じゃないん

だよ? おまけに、海に囲まれた島なの。誰に騙されてるのか知らないけど、そんな遠く

に行けるわけないじゃない!」

 強い口調で凜を責めながらも、光の瞳には、僅かに期待の色が映っていた。

「だ、騙されてないよ? 厳島は、できないことは言わないから」

「厳島? 誰なの?」

「ええっと…………執事、さん?」

 実際には凜の副官であり、実質のガーデン首領と言える男だが、凜が住む場所では、身

の回りの世話をする執事と言っても間違いではない。

 光と百合の表情は、混乱を極めた思考を映し出していた。

「アンタの家って、お手伝いさん雇ってるのね。まあ、それは百歩譲って不思議じゃない

わ。だけど…………どうして執事がそんな力持ってるの?」

 尤もな質問に、凜は気まずげに口を開き、一瞬思考する。

 そして、とってつけたような理由でも、なにも言わないよりはマシと考え、早口に説明

を始めた。

「え、えっとね? 執事の厳島が、たまたまアトラスの偉い人と知り合いで。それで、タ

イミング良く離島の環境調査が始まるらしくて、それに付いていけないかなって。わたし

でも無理なお願いだと思ってたんだけど、これがなんと、許可されちゃったの」

 珍しく饒舌な凜に、光は訝しげな視線を向ける。

「ふーん。たまたま知り合い、ねえ」

「ああ、なるほどな」

 光の横で、百合が何か思い出したかのようなそぶりを見せ、それが気になったのか、光

が百合へ視線を移した。

「何がなるほど、なのよ」

「いいや? つい先日の幹部会議でな。環境調査部が観測船を新規調達すると言っていた

のを思い出したんだ。同時に、燃料を含めた調査費用も申請していた筈だから、凜の話は

おそらく本当だろう」

 百合からの情報にぎょっとした光だが、その表情は嬉々としたものへ変わっていった。

「まだホントかウソかわからないけど。でも………………でも! そんな夢みたいな場所

に行けるのよね! あの紙に描いてあったみたいなさ!」

「う、うん」

 突然テンションの上がった光にたじろいだ凜だが、自分の思い描いたような光のはしゃ

ぎぶりに微笑する。

 しかし、リアリストである百合は、光の喜びに眉をひそめる。

「まだわからないぞ? 仮に行けたとして、あのままの風景が維持されているとは考えに

くい。大災害で環境が破壊され尽くされて以来、半世紀も人が住んでいない世界なんだか

らな。下手をすれば、この辺りよりも遙かに酷い――」

「ああ、もう! うるさいうるさい! きっと人が居なくなって、もっと綺麗になってる

に違いないんだから!? エメラルドグリーンの海が! 変な魚が! 夢みたいな世界が

広がってるに違いないわ!」

 聞く耳を持たないほど興奮した光に、百合は眉間を抑え目を閉じる。

「お前な…………いつもは現実主義なのに、どうして突然夢見がちな子供みたいになって

るんだ」

 ぼやく百合を、光は不敵に笑いながら見下ろす。

「現実なら、日々の生活で十二分に見てるじゃない。でも、現実がどうあれ、期待に胸を

膨らませる時間を捨てる理由にはならないわ。こうして考えているだけでも人は幸せにな

れるんだから!」

 食事を完全に中断した光は、鞄に手を入れ、愛用のタブレットコンピュータを取り出し

た。そして、スケジューラをせわしなくめくり、空けられそうな日時を探し始めた。始め

こそ喜んでいないように見えた百合も、光と同じようにタブレットで予定を調べ始める。

その瞳に映る期待は、喜んでいる事を知るのに十分な情報だった。

「ねえねえ、凜! あたしはこの日からこの日なら空けられるよ! 百合は?」

「ふむ。その日ならば、有給で何とか繋げられそうだ。私もそれでいい」

 二人が予定をすり合わせている間に、凜も自分のタブレットを取り出していた。そして、

二人に合図すると、二人が自分のタブレットの画面を弾くような動作を行い。それから飛

び出したデータが凜の端末にキャッチされる。

 きちんと内容を受信できている事を確認し、目配せした凜が二度頷いた。

「うん。確かに受け取ったよ。厳島に伝えるから、詳しい事がわかったら連絡するね」

 凜に首肯した光が、自分のタブレットを更にいじり回し、何かの予定を立てていた。

「あとは、それまでにクルマの調整をしたいんだったわ。今夜のレースで方向性が見えて

きたし、忘れると後々面倒だから」

「そうだね…………えっ?」

 話が纏まった事で、火に掛けていた焼き鳥へ視線を移す凜。しかし、凜の見た焼き鳥は、

無惨にも炭化していた。あまりの酷さに、凜は失神する寸前まで激しい呼吸を繰り返す。

 凜が錯乱している間に、タブレットを弄り回す光が、困った様子で口を開いた。

「あー、でも。おっちゃん居るかなあ。最近、オフィスに居ないことが多いんだよね。何

してるんだろう…………」

 そのつぶやきを耳にした凜が、ある仮説に思い当たり、双眸を鋭く細めた。

「おっちゃんが、最近忙しいの?」

 探るように質問を投げかけた凜は、光の応答を静かに待った。普段見せない雰囲気のた

めか、光は半身を引きながら答えた。

「え、えっと…………うん。どこかに出かけることが多くて、事務所だとあんまり顔を合

わせないのよね。依頼書を書けばちゃんと来てくれるから良いんだけど、口頭で説明した

方が良いこともあるじゃない?」

「うん」

 奇妙な空気が漂い始めた事に居心地の悪さを感じたのか、光が焼き上がった焼き鳥を凜

に差し出す。

「ほらほら! アンタ、これ好きでしょ? まだいっぱいあるんだから!」

「うん。ありがとう」

 微笑しながら焼き鳥を受け取り、頬張る凜。

 その夜、凜の心に新しい不安が芽生えた。


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