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チャプター 12:「標的」

「あー…………クソッ。頭いてぇ」

 アトラスの商業区を歩きながら、虎々は酷い眩暈と吐き気に苛立っていた。前日、外界

で新たに捕まえた女で楽しみ、自分も相当量のコカインを打っている事から、それが薬物

の反動である事は想像に難くない。

 泥酔したような足取りで通りを歩いている為に、すれ違う人間が奇異の視線を向けてく

る。そして、通行人が不快な態度を取る度に、虎々はそれらに怒声を浴びせ掛けた。

 臓器密売の支払いを待つ間だけの暇つぶしにやってきた虎々だが、その目的の大半は女

探しである。虎々は、好みの女を見つけては外界へと連れ出し、弄んだ挙句殺害するとい

う、レイプ殺人の常習犯だった。

「チッ…………クソみたいな奴らばかりだな」

 暫く道をうろついた虎々は、好みの女が見つからない事で更に苛立った。しかし、気分

が悪いまま通りを歩く事に疲れた虎々は、手近な店に入り休憩を取ろうと考える。

 丁度その通りには、休憩も可能な喫茶店が一軒建っていた。誰かが通報したのか、アト

ラスの警備員が現れ始めていた為、虎々は足早に喫茶店へと向かい、ドアを開く。

「いらっしゃいませ」

 出迎えたのは、侍女服を身につけた従業員の女だった。感嘆の呟きと共に、服の上から

従業員の肢体を品定めする。そして、虎々の視線に気がついたのか、作り笑いとわかる表

情で案内を始める。

「一名様ですか?」

「おう。横になれる場所を頼むわ」

 「かしこまりました」と、従業員の女が迷路のような店内通路を進み始める。それに続

きながら、虎々は尚も従業員の女を見続けた。

「中々…………具合が良さそうだ(・・・・・・・・・」

 いやらしい視線を察知したのか、従業員は足を速め、案内先の個室へと離れて行く。

 虎々は、その挙動を鼻で笑いながら、視線を外し辺りを見回した。店内は高低様々なパ

ーティションで区切られており、それらが簡易的な個室を形成している。そして、それぞ

れの個室を覗き込みながら、案内先に立っている従業員へと近づいていった。

 ふと、虎々の鼻腔に覚えのある香りが漂ってきた。それは、一部の富裕層に人気らしい

シャンプーの香り。この匂いのする人間は多くの場合、虎々の好みに合致する可能性が高

い。

金持ちである事が標的となる基準ではなかったが、虎々は顔よりも、体つきや匂い、声に

フェティシズムを持つ男だった。

 辺りの個室の入り口を見回す。そして、その通路で一箇所だけ利用されている部屋へ近

づく。

 入り口に置かれていたのは、飾り気のないスニーカー。しかし女物である事を察すると、

期待を込めて部屋を覗き込む。

「んむう…………ううん……」

 マットの敷かれた室内では、腹に毛布を掛けた女が眠っていた。

 見た目から、歳は二十代前半。キャミソールにボトムカットのデニムパンツを身につけ

無防備な姿を晒すその女は、気持ち良さそうに寝言を零していた。

 口の端が、無意識につりあがる。

「こいつは、いい」

 案内する店員の女を無視し、虎々は女が眠る個室のドアを開ける。簡易パーティション

で、ロックは掛からない構造になっている部屋へ侵入した虎々は、眠る女の胸へ手を押し

当てる。

「ううん…………寝て……いよ、起きえ……るよ」

 意味不明な寝言を漏らす女の胸は、下着を身につけていないような、柔らかな感触。タ

イトなキャミソールに圧迫されながらも、女の豊満な胸は虎々の手で転がされて尚、柔ら

かだった。

 その身体をまさぐりながら、虎々は己のモノがいきり立つのを自覚していた。腹に掛け

た毛布は女がしっかりと掴んでいたが、それを無理やり奪い取り、下半身へと手を伸ばす。

扇情的な上半身と同じように、女の臀部は誘っているかのようにさえ感じられた。女の陰

部を衣服の外から弄びながら、虎々は自分のスラックスを脱ぎ始める。

 もう、欲望は止められない。

「うむう……ごめんなさ……さい」

 寝言を口にする女。それは虎々に向けられた台詞ではない筈だが、謝罪する、という行

為は、虎々の加虐心を更に煽る。

 そして。

「お客様。他のお客様のご迷惑となる行為、並びに、アトラス法規に抵触する行為は禁止

されております」

 女を貪ろうと、相手の着衣に手を掛けた虎々は、背後から掛けられた耳障りな声に手を

止める。

 振り向いた先。個室の入り口には、金髪を二つ結びにした少女が立っていた。首に掛け

られたカードから店の従業員である事は想像できるも、アイボリーのワンピースを身につ

けたその容姿は、実年齢よりも幼く見えた。

「ああ、気にするなよ。この女にちょっと用があるだけだ」

 強姦する意図が見える虎々の台詞に、ワンピースの少女は顔をしかめた。

「おやめください。その行為は、アトラスの暴行罪に抵触します。直ぐにお引取り――」

「あー。説明が足りなかったなあ。こいつは俺の女なんだ、なるべく声は出さないように

させるからよ」

 機転を利かせ、事の回避に成功したと笑う虎々だが、相手の少女は更に不敵に笑った。

「ウソは止めて下さい。それに、店内での淫行は禁止されております。お引取り下さい」

「本当の事だぜ? こいつは毎晩、俺の上で腰振って――」

「いい加減にしてください!」

 大声を出した少女に、虎々は眉をひそめ、思わず舌打ちする。

 虎々が声を発する前に、不快感を隠す事を辞めた少女が、腕組みしながら虎々を見下ろ

す。

「笑わせないで。アンタみたいな奴、見たことも聞いた事もないのよ………………ハルカ。

ちょっと来て」

 虎々から視線を外さず、従業員を呼びつける。その口ぶりから、虎々はその少女が、店

の店長かオーナーであると推測した。

「報告してくれてありがとう。アトラス警備に通報して頂戴。直ぐによ。それと、他のお

客様へお詫びのドリンクを提供して」

 自分の放つ威圧的な視線にも微動だにしない少女を前に、虎々は収まっていた苛立ちが

再度湧き上がってきた。

 目の前の女を屈服させなければ気がすまない。

 虎々は、攻撃的な視線を向けたまま、嘲るような様子で少女に顔を近づき、周りに聞こ

えない囁きを発した。

「あー、いいのかな。ほら、これ。何だか、わかるか?」

 虎々の放つ、香水とも、薬品ともつかない異様な臭いに動揺しない少女。しかし、虎々

の差し出した左手に彫りこまれた刺青を目にすると、数瞬黙考するようなそぶりを見せ、

そして、驚愕に目を見開いた。その刺青は、収穫鎌(ハーベスター)をモチーフにしたもの

だった。

 アトラスの暗部とも言われる、武装組織、〝ガーデン〟の紋章。法規をすり抜け悪事を

働く者や、重要な秘密を知った人間の暗殺など、アトラス内の不可解な失踪事件に関与し

ていると噂される組織である。

 アトラスのもう一つの顔であり、闇。

 それらの噂はほぼ事実ではあるが、虎々がガーデンの構成員である事はブラフだった。

 しかし目の前の少女には、それが真実であるか確かめる術はない。ゆさぶりを掛けるよ

うに、少女の耳元へ口を近づけた。

「俺にあんまり関わらない方がいいぜ? ああ、そうだ。この女を貰えば、大人しく店を

出て行くからさあ。な?」

 歯噛みする少女に、虎々は十分な支配欲を満たす事に成功した。葛藤する少女の表情に、

目の前の人間を操っているという優越感を覚え、物事が思い通りに運んでいる事に満足し

ていた。

 しかし。

「何してるの! 早くアトラス警備に連絡して!」

 少女は、手を止め怯える従業員を一喝。慌てた様子で電話を掛け始める。

 自分に目を向けた少女の顔には、恐怖心と、覚悟が垣間見えた。

 虎々の大嫌いな顔つき。

「チッ…………なんだよ」

 舌打ちしながら、虎々は少女を押しのけ、店の出入り口へ向かって移動を始める。捕ま

った所で、本物の構成員である父親がもみ消してくれる事は判っていたが、面倒な取調べ

を受けるのは御免だった。

 そして、それによって仕事がやりにくくなる事も、虎々には都合が悪い。

「ま、待ちなさいよ!」

 声では強気だが、強引に取り押さえない辺り、ブラフは十分な効果を発揮しているよう

だった。

 警備が到着する前にと、喫茶店から出るとそそくさと別のエリアへ向かい始める。

 それから暫くは、店の従業員に腹を立てていた虎々だが、見つけた獲物の感触を思い出

し、歩きながら笑みを浮かべる。

 次の標的は、既に決定していた。

「絶対に。手に入れてやるぜ」


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