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チャプター 09:「憎悪」

 午後十時。

 月明かりだけが頼りの、漆黒の世界が広がる外界に建つ赤いレンガの貼られた廃ビル。

建物の造りが良いのか、半世紀経って尚、外装に大きな痛みはない。そして、一階に用意

されたクルマ用のガレージには、若者向けの電気自動車、TTV、スポーツスタンダード

が停められている。

 そして、ビルの三階に設けられた一室に、小守は居た。

 薄暗い室内は、自動車用バッテリーで駆動する小さなルームランプが申し訳程度に照ら

していた。そして、薄暗い部屋に置かれた大きなソファに、小守が座っている。

 それだけではなく、小守の周りには、虚ろな目をした女達が何人も群がっていた。一人

として衣類を身につけておらず、手や舌を使って、小守が露出させた陰部や足に奉仕を行

う。

「クソッ…………クソッ、クソッ! あのクソアマ共!」

 ウィスキーの入ったショットグラスを派手に煽り、飲み干したそれをミニテーブルへ叩

きつけると、灰色の天上を見上げながら、歯噛みした。そして、苛立ちのあまり、何度も

舌打ちする。

 小守は怒り狂っていた。ストリートレースが終わると、まるで当然のような顔で光が自

分の前にやってきた。そして、大衆の前で、自分に犬の真似をしろと言ってきたのである。

屈辱的な命令に、小守はそれを拒否するが、運悪く話を聞いていたディーラーまでその気

になってしまう。そして、今後のレース出場権を脅し文句に、小守は脳幹の血管がはち切

れんばかりの怒りを堪え、大衆の面前で犬の真似を披露するはめになった。

 そして、ギャラリーは腹を抱えて笑い、小守が目を向けた光や凛は、笑いを必死で堪え、

涙目になりながら自分を見下していた。

 脳裏に、光の嘲るような視線が焼きついていた小守は、再度それを思い出し、ミニテー

ブルを蹴飛ばす。蹴られたテーブルに乗っていたグラスが割れ、辺りへ散乱した。

 突然発せられた大きな音に、女達は一瞬身を強張らせるが、この行為が、怒りの矛先を

変える要因となる。

 突如、陰部へ奉仕していた女が、小守の蹴りを顔面に喰らい、後方へよろける。堅い靴

であった為に、女の口から、折れた歯が零れ落ちた。

「このヘタクソが! もっと気合入れてやれや! あんまり舐めてると、二度とクスリは

やらねえぞ? ああ?!」

 その一言を聞いた女は、表情を強張らせ、今まで以上に懸命に奉仕を始める。それは他

の女達も同じで、小守に気に入られようと必死になっていた。

 六人の女達の首筋や腕には、無数の注射痕が見える。

 小守へ奉仕する女達は全員、重度のコカイン中毒だった。

 暴力をふるい、僅かに溜飲を下げた小守は、ソファへ身を任せ、暫く天上を見上げる。

「…………うん?」

 耳を澄ませると、ビルの下から車の音が聞こえてくる。電気自動車の音である。

 そしてそれは、自分の知っている車の音ではなかった。

 アルコールによって揺らめいていた思考が戻ると、小守はソファから立ち上がった。

 女達をうるさそうに追いやると、部屋の隅に立てかけられた鉄パイプを手にする。

 階段を上ってくる音を聞きながら、小守は静かに鉄パイプを振り上げ、ドアの前で身構

える。

 鉄のドアが、音を立てて開いた。

「…………なんだ。虎々(ことら)かよ」

 気の抜けた様子で呟いた小守に嫌らしい笑みを向けたのは、小守とグループを組む男、

相良虎々(さがらことら)だった。髪を赤く染め、白いタイトスーツを着こなす虎々は、部

屋へ入る様子もなく、出入り口で立ち止まったままだった。

「そんなにピリピリすんなよ。今日の分、持ってきてやったんだからよ」

「あ、ああ」

 虎々がポケットから取り出したのは、ガスライター程の袋。その中には、白い粉末がぎ

っしりと詰まっていた。

 高純度に精製されたコカインである。

 それを受け取りながら、小守は引き攣った笑いを作った。

「これが手に入ったって事は…………今回も売れたのか(・・・・・)」

 小守の質問を受けた虎々は、不気味な笑みを浮かべ歯を剥いた。

「そりゃあもう、タップリ稼げたぜ? この間バラした(・・・・・)は、五百万近くな

ったしな。アトラスに居る親父も、もっと寄越せと言って来てるぜ」

 その一言に、小守が身を乗り出した。小守と虎々が行っているのは、闇市場の臓器売買

である。正規のルートではないものの、需要の高い商品である事から売買される価格は高

い。

 そして、外界に出た人間達にはアトラスの法が適用されない事から、小守達は若者を捕

らえては解体し、臓器をアトラスへ流している。

 つまるところ、人間狩りである。

「おいおい、マジかよ?! それじゃあ――」

「ああ。この調子で稼ごうや。最近、材料のストックも少なくなってきてる事だしな。ま

た…………適当に狩り(・・)に行こうぜ」

「お、おう!」

 返答しながら、小守は相反する二つの感情を持っていた。一つは、非人道的な行為に加

担している事への恐怖。アトラスに睨まれる心配はないものの、行っている事に対する罪

悪感がないわけではない。

 もう一つは、通常では考えられないような対価である。虎々と共に行ってきた売買で、

二人は莫大な富を手に入れていた。その上、金を使って雇った男をプラントに潜り込ませ、

コカの横流しまで行わせていた。結果的に、それが別のルートまで流出してしまう事とな

ったのである。

 麻薬の横領の主犯は、小守と虎々だった。

 踵を返した虎々が、ビルの階段口へ身体を向けながら、僅かに振り返る。

「ああそうだ。なあ子守よお? ムカついてる時は、一発ヤッてスッキリしようぜ?」

 虎々の提案に、子守は嫌らしく笑う。

「それがよ。つい今まで俺の犬共にやらせてたんだが、どいつもこいつも駄目でな」

 子守の答えをを待っていたかのように、虎々はひき笑いを零した。

「カカカッ! それなら、丁度いい女がある(・・)。ちょっと来いよ」

 子守は首肯し、階段を下り始めた虎々に続く。

 そして、子守の居た階よりも一つ下のフロアに移動すると、虎々は木製のドアを開け、

中へ入っていった。

「うっ…………凄いな」

 子守が部屋へ足を踏み入れた途端、室内に充満する異様な臭気に顔をしかめた。生物の

生臭さと、薬物特有の刺激臭が混ざり合い、慣れている筈の子守ですら、眩暈を感じた。

 そして、虎々が奥へ進み明かりを点けると、室内が照らされ、内部が露になる。

 室内はあまりにも現実離れした空間だった。部屋のそこかしこには血痕が見え、手術の

道具台のようなテーブルには、医療用と思わしきメスやノコギリが置かれている。

 そして、一つだけ置かれた手術台には、全裸の女が手錠を掛けられ、前傾姿勢で拘束さ

れていた。

 年齢は二十代前半、目はうつろで、不気味に痙攣を繰り返す女は、言葉にならない声を

発している。そして、臀部が異様に汚れていた。

 典型的な、麻薬の中毒症状。

 子守が空笑いを漏らし、虎々へ視線を向けた。

「おいおい…………俺はここまで壊れた女は好みじゃねえよ。薬欲しさに貪りついてくる

ような奴のほうがいい」

 突き放した言い方だが、その言葉を待っていたかのように、虎々は口の端を吊り上げた。

「何だよ。少し挿しただけでよがり狂うイカレっぷりがいいのによお…………まあ、子守

ならそう言うと思ってたぜ? それならそれで、別の楽しみがある」

 話しながら、虎々は女の手錠を外し、髪を鷲づかみにすると、女をベランダへ連れてゆ

く。

 そして、懐から取り出した拳銃を女の頭に突きつけると、躊躇なく引き金を引いた。

 うつろな目の女は、こめかみから上を吹き飛ばされ、身体を一度大きく痙攣させると、

ベランダの端に寄りかかった。

 吹き飛ばされた女の脳漿を見た虎々は、興奮した様子で子守へ振り返った。

「うっひょお! すげぇ! やっぱり口径のデカイ銃は違うねえ!」

 虎々が手にしていたのは、ガーデンの構成員のみに支給されている筈の大型拳銃だった。

 衝動的に女を殺した虎々に、子守は苦い顔をすると、足元に転がる女の死体を見下ろす。

「おいおい…………片付けるのが面倒じゃねえかよ。俺は持っていかねえぞ?」

「ああ、悪いな。手下に片付けさせるから気にするなよ。ストックしてる女を餌にすれば

喜んでやるだろうからな」

 虎々は上を指差しながら、子守に説明する。

「まあ、それよりだ。ホレ」

 子守は、虎々が放り投げたものを反射的に受け止める。

 電気自動車の鍵である。

「これはなんだ?」

 虎々が不気味に笑う。

「それは俺が今まで乗ってたクルマだ。お前も知ってるあのガレージに停めてあるから好

きに使えよ。どうせ、今日も負けて帰ってきたんだろ?」

 虎々に見透かされ、子守は赤面する。しかし、暗さも手伝って、動揺は最小限に抑えら

れた。

「ああ…………全く舐めた女なんだ。絶対にクルマで下して、その後犯してやる」

「カカカッ! いいねいいね。そういう趣向、嫌いじゃないぜ」

 子守を見つめる虎々の瞳が月光に照らされ、病的に煌めく。

「捕まえて、絶望させて、泣き喚かせて、犯して、薬を死ぬまでキメて。そして、頭がイ

カレるまで犯してやろうぜ」


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