そして目覚めて 2
アデライトは歩く。
その一歩一歩進む足取りと共に、王城の中へとアデライトは窓を破壊して足を踏み入れた。
宮殿の中は、アデライトが王家と友好な関係を築いていた頃から何も変わってはいなかった。祟り姫の災厄を何とか乗り切ったおかげか、修復の手は加えられているようだが、所々にアデライト達人外には感じ取れる匂いや気配が残っている。
アデライトは感慨深いと感じる感情を頭の端で覚えていた。
しかし、アデライトは止まらない。破壊と殺戮は、この城が完全に崩壊して国が滅びるまで止まることは無いだろう。
そうすることが必要だから、アデライトは行う。
約束を破り、友情を無下にした王家、国などよりも大切なアデライトの宝の為に、必要なことなのだから。
その後ろに続くシグルスも止める事はない。
シグルスにとっても、アデライトの宝は大切な宝だからだ。
何故なら、その宝はシグルスの血も引いている可愛い子供なのだから。
広間の一番奥で、剣を手にした騎士達に守られ、その腕の中に震える女を抱え込んでいた男が次々と肉片を作り出して近づいてくるアデライトの後ろに立つシグルスの姿を見て驚き、声を荒げた。
「シグルス様!御助け下さい!御助け……何故…」
助けを求めても、笑顔のまま動こうとせずにアデライトによる惨劇を見守っているだけのシグルスに、男、セイル国王ローレンは絶望の声で問い掛けた。
ローレンはシグルスは必ず助けてくれると確信していた。
シグルスに助けを求める為に必要なものを、自分は持っているのだから、と。
詳しい事をシグルスは知らない。
それが、どんなに親しい同胞の国のことだとしても、自分が守る国以外の内情などを知りたいとは守護聖獣は思わない。彼らが思うのは、自分が契約した血筋の事だけ。交わした契約が守られる限り血筋を守り、血筋が治める土地に加護を与える。それが守護聖獣というものだった。
だから、何故アデライトがセイルの王族との契約を強制的に破棄することになったのかは知らないのだ。
だが、実際に人の時間にして三代前の王の頃、アデライトは自分の体を捨てて人の体の中に身を潜めるという負荷が大きい方法を用いてまで契約を破棄し、守護聖獣である事を止めた。
そして、守護聖獣の加護を失った国土は得ていた豊かさを失い、魔獣の脅威に晒される恐怖を味わうことを余儀なくされた。
国中の糾弾を受けた王が退位し、その後を継いだ二代前の王は一計を案じた。
それは、他国の王族と婚姻を結び、その血を頼りに他国の守護聖獣の縁に縋ろうというものだった。契約を維持する為に王族は自国の貴族、王族と婚姻を結び血を残す。それが守護聖獣を得た国の王族が成してきたことだった。そんな常識をも打ち破り、他国に頭を下げ、現存する王族全てに近隣諸国の王族との婚姻を成し、僅かとはいえ守護聖獣達の加護の端くれを得ることに成功した。
そこには、強力な力を持っていたアデライトの加護によって広大な国土を得ていた国に急速に衰えられては大きな影響が自国にまで及ぶ危険が高いという、守護する王族からの頼みを受けた守護聖獣達の意思もあった。
このローレンの母は、シグルスが守護するシーグ王国から嫁いだ王女だった。
その為、ローレンにはシグルスが守護すると契約した血が半分流れている。シグルスにとって、守護する対象であるということだった。
「助けてやっただろう?」
近くにいた若い騎士を見えない尾で叩き潰され、声鳴き悲鳴を上げてシグルスに懇願の視線を送っているローレンに告げてやる。
「助けたやっただろう、前に、一度。お前や、お前の父親、この国にいる王族の中に守る血を見出しているこの辺りの同胞で力を合わせて、アデライトを止めたやったじゃないか。
大切な血筋や国に耐え忍ばせてまで、お前達の為にアデライトを押さえ込んでいただろ?」
ほんの僅かな血を守る為に、契約の大本を放置することになった。
その影響は小さくは無い。
それも、これも、無理な契約破棄で傷ついたまま暴走し、己を危険に晒していた大切な同胞アデライトの為であり、小さく可愛い同胞の子供サキを守る為だったからこそした無茶だった。
「な、ならば何故!今は助けて下さらないのか!!」
恐怖に震え、声も出ない様子のローレンに変わり、ローレンとその妃となった聖女を守ろうと二人の前に立っている騎士が叫んだ。
あぁ、あれはサキを牢に繋いで鞭打った男だったか、とシグルスはニタリと笑う。
そして、腕を一振りする。
剣を抜きアデライトやシグルスに向かって構えていた男の上半身が、次の瞬間には消えていた。
「シグルス…」
周囲の侍従や侍女を一人、一人と恐怖を味あわせながら、ゆっくりと始末していたアデライトの、低く重苦しい声がシグルスの耳を打つ。
力により重圧の投げつけられるが、本気では無いと分かっている力は、シグルスには痛くも痒くも無かった。アデライトも警告以下の意味だったのか、すぐにシグルスから視線を外し、元の作業へと戻って行く。きっと、王宮の外でも同じような光景が広がっているのだろう。此処で見せ付けるようにしているのは、アデライトの怒りを、孫を傷つけた愚かな者達に知らしめる意味があった。
「ヒッ」
「イヤッ!!イヤッ!!何よ、何なのよ!!?なんで!!こんなの聞いてない!!こんなの知らない!!!」
ローレンは目の前で何かに食べられたような痕を残して腰から上を失った、幼い頃からの友人でもあった騎士の惨状に腰を抜かし、床に座り込んだ。
その腕の中にいた聖女にして王妃であるサキという異世界の少女は、半狂乱になって泣き喚いていた。
「何で助けないのか、だったよね?」
五月蝿い女。人よりも耳がいいシグルスは、狂ったように泣き喚く女の声に眉を顰めながら、契約の血を持つ若き王の問い掛けに答える。
「だって、お前…俺の守護を得る為に迎え入れた王女、お前の母親を国から追い出したよね?ケルンの所から迎えた王女、お前の祖母を追い出したよね。それだけじゃない、悉く他国から迎え入れた者達を追い出した。それで、俺達に助けを求めるなんて、馬鹿な事だと思わないのかな?それとも、大丈夫だとでも思ったわけ?そんな事ないよね?半分しか無い血を優先して守護を与えて貰えるなんて、稀代の愚か者でも考えないよ。」
「そ、それは…」
「王様に逆らったんだから、そんなの当たり前じゃない!!何よ、偉そうに!!!聖獣なんて、文化の発展の邪魔でしか無い存在の癖に!!!!」
発狂して泣き喚いていた王妃が、何時の間に正気に戻ったのか。
真実を突きつけられ言いよどむローレンを遮り、シグルスを睨みつけて叫んでいた。
「ねぇ、サキお姉ちゃん?なんだか首の線が無くなってきてるよ?」
温かみが戻ったサキの体を不思議がり、デュークはサキの体をあちらこちらと触れ、そして抱き上げると村の人々が集まる酒場へと連れ込んだ。
そこで、村人達にもサキの手を触らせ、確かにサキの体に温もりが戻っていることを確かめた。
不思議だねと首を傾げている村人たちの中で、イスに腰掛けたデュークの膝の上に横抱きで座らされたサキ。恥ずかしさに青褪めている顔を赤らめていた。
そんなサキを恐る恐る、目を逸らしながら見上げて逃げていくという行為を代わる代わる行なっていた子供達。どうやら、肝試しのような扱いをされているのだとサキが気づき、ほんの少し傷つき、そして呆れていたのだが、一人の少女が一回目は恐る恐る、そして二度目はジッと目を大きく広げて見上げてきた事を不思議に思い、少女を見つめ返していた。
そして、少女はサキの首を指差して村人達全員に聞こえる声で指摘してきたのだった。
「えっ?」
「あぁ、本当だ。もう少しで無くなるよ、線。」
線と言われたのは、サキの首が切られている場所のことだろう。
ずれ掛けていた首は元に戻され、落とすなよと言われていた。始めは首に布でも巻いておけと言われ、その通りに布を巻いていたのだが、すぐに真っ赤に染まる布がもったいなくなったサキが大丈夫だからと布をつけないようになっていた。
「どれ」
「イタッ!イタタタタッ!!!」
村人の一人がサキの背後から近づき、サキの頭を持つと上へと持ち上げようとした。
だが、サキの頭は持ち上がる事は無く、サキの痛みを訴える悲鳴だけが周囲に響き渡っていた。
「首が繋がったんじゃね?」
「なんで?」
「さぁ?」
痛い、痛い、と首を手で押さえ涙を流すサキに視線が集まるが、サキも分からないと首を振る。
そんなサキの涙を拭ってやりながらデュークは笑う。
「まぁ、元に戻り始めてるって事だよ。良かったね、サキ。」