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祟り姫は恋をして 7

デュークは、人の気のない山の中で腕を掴まれた、久しぶりの人間の、温かな手の感触に驚いているサキを有無を言わせず村に連れ帰った。

そして、村の女たちに協力を仰ぎサキの汚れを洗い落とし、ボロボロだった服を素朴な誰かが昔着ていた服ではあるが綺麗に洗濯された服に変え、痩せ衰えている体に眉を顰め、お腹に優しい病人に食べさせる、見た目は悪いが栄養のある食材を多く使った食事を用意した。

それを用意する村人たちも、お世辞にも綺麗な姿をしているわけでもない。

サキの体を洗う為に手間を惜しまず近くの川から水を運び、薪をくべてお湯を沸かしていた。服も、それをサキに着せた村人たちも使い古した服を着ているというのに何枚も持ち寄り、その全てをサキに与えた。食事だって、村人たちも充分に食事を取っているようには見えない風体だ。それもアデライトが起こし、今だに残っている天変地異の影響の筈だ。備蓄してあるという食糧から選び運ばれてきたものをふんだんに使った久しぶりの食事は優しい味がした。


山に入る前のサキが寄った街や村でも、みすぼらしい姿をしたサキを助けようと手を伸ばす者はいた。でも、それは自分に影響が出ないようにする助けだった。

それは仕方ないとサキは思っていた。先が見えない状況で、自分の身を削ってまで見知らぬ相手を助けようなど誰が思うのか。

そして、そんな人々はサキに僅かな余力を分け与えながら、口々に聖女を褒め称え、祟り姫への恨みごとを洩らしていた。

それだけで、満たされないままのサキの心は力を荒れ狂わせてしまった。


でも、この村は違った。

誰も聖女を褒め称えなかった。祟り姫に文句は言っても、恨み言などは口にしなかった。それは、どうしてだろうか。そうサキが聞けば、村人たちは笑って言った。


国の端の端、山の奥深くにある村にとって、王や貴族なんて雲上の存在。

こんな辺境となれば、王族や貴族の恩恵など届くわけもなく、届くのは彼らの横暴のツケくらい。そのツケを届けてくる商人や冒険者をしても、村で落としていくのは王族や貴族が行なった黒い行いへの愚痴だった。

だから、村人たちは聖女、祟り姫、そして周辺諸国を巻き込み、守護聖獣たちの総力を集めて治めた天変地異の詳細を他よりも遅く受け取っても、それを他の村や街の住人たちのように鵜呑みにはしなかった。

むしろ、祟り姫にしてしまう辛い仕打ちがあったのではないか、と秘かに思う程だった。


それは、サキにとって驚くことだった。

祟り姫に対して、心の内とはいえそんな風に思ってくれる人がいるなんて思っても見なかったのだ。それだけで、サキは救われたような気がした。


三年。

村はサキを暖かく、まるで家族のように受け入れ愛してくれた。

サキが気を抜かず必死に抑え込もうとしても抑えきれずに手から漏れ出る"腐食の力"があっても、サキを忌み嫌うでもなく、力があってもサキが普通に暮らせるようにと尽力までしてくれた。


鉄は殺された瞬間を思い出すから。大地や植物は、多分この国が嫌いだから。忘れることが出来ない憎悪の気持ちが力となった。

この国の人々は嫌いだから近くにいるだけで腐らせていた。でも、この村の人々は好き。だから今では無意識でも村人を腐らせないように出来ている。村の人を思えば、腐らせないで済むものが増えていった。きっと、あと少しすれば畑の野菜も腐らせずに済むようになるのでは、とサキは思っていた。


でも、それも確かめることはもう出来ない。



サキは、自分を見て恐怖に固まっている村人たちを見た。

そして、大きな声を上げて泣きたくなる体の奥底から沸き起こる悲しみと絶望を何とか抑え込み、村人たちから目を逸らした。

もう村には居られない。

サキは村を出なくては、早く立ち去らなければ、そんな思いで支配されていた。


だってサキは祟り姫だ。

幾ら村人たちが祟り姫に憎悪だけじゃない思いを持っていてくれているとはいえ、目の前に祟り姫がいるなんて迷惑でしかない。気味が悪いだろう。何より、サキにとって憎悪を凝縮した気持ちしか抱かない、あの王子様…天変地異で死んだ王の後を継いで即位して王になった…や聖女達にサキが此処にいると知られている。あいつらはサキを退治しようと躍起になるだろう。そうなれば、村には絶対に迷惑がかかる。何より、あいつらがサキに関わってくるのなら、サキは村人たちの事を忘れてただ力を暴走させてしまう自信があった。

サキは村を去るしか選択出来ないのだ。


サキは、村人たちに背中を向け、村の出口へと歩き出す。

何か、背後に声が聞こえたが、絶望に支配されているサキの耳は塞がれていた。


「ちょ、待って。何処に行くだ?」

早く出て行かなくては、と思うサキの気持ちとは裏腹に、あの処刑の時のように鉄の枷が足に絡み付いているかのように足が重く、中々前に進んでくれなかった。

だから、すぐにデュークに腕を掴まれ、振り向かされてしまった。

デュークとサキの目が合い、サキはデュークの顔が少し引き攣る様子を間近で見てしまった。それが申し訳なくて、恥ずかしくて、悲しくて、サキはデュークから顔を隠そうと俯いた。

「ごめんね、迷惑かけて。大丈夫、私が居ないって分かれば何もされないよ。」


「そうじゃない。」


デュークが怒った声を出し、サキの両頬を両手で包み込んで上を向かせた。

また、二人の目が合う。

少し怒った顔をしているデューク。でも、その手が僅かだが震えているのにサキはちゃんと気づいていた。無理をしないでいいよ、そう小さく吐き出し頬に当たるデュークの手に自分の手を重ね、外させようとするがデュークの手はビクリとも動かない。


「怖いんでしょ。無理しないで。」

だから離せと、サキは泣きそうな声で叫ぶように言った。


「怖くない。お前の事が怖いわけないだろ。食い意地が張ってて、ドジで。毎日、毎日、夜に魘されているような奴の何処が怖いって言うんだよ。」

「嘘。さっきから、どう見ても怖がってるじゃん。そうだよ。祟り姫なんて怖いに決まってるもん。」


魘されているなんてサキ自身も知らなかった。そんな事まで言われ恥ずかしさと悲しさ、無理な嘘を言うデュークに八つ当たりのように抱いてしまった怒りで顔を真っ赤にさせてサキは目を閉じ、デュークに喉が痛いと感じる程に怒鳴り声を上げていた。


お前、まさか…


頬に当たるデュークの手に重ねていた自分の手を外し、拳を作って目の前にあるデュークの胸を数回殴りつけた。狩人をしているデュークの体は固く、サキの拳など何の痛みも感じていないようだった。

それなのに、デュークの手が頬から離れていき、残されたほのかな温もりに、そうしたのはサキ自身だというのにショックを受け「えっ」と小さく声を洩らしてしまった。


サキが離れてしまったデュークの顔を目を開け見上げれば、デュークは額と目を手で覆っていた。その手は、何故か手の平が赤く、まさか怪我をさせてしまったのかとサキは絶句した。


「おい、姿見もってきてやったぞ。」


その姿のまま、動きを止めたサキとデューク。

凍りついた空間を崩したのは、デュークの肩を叩いたガースだった。

いつも通り顔を顰めている老人は、人の全身を写せる姿見を抱えて二人に近づき、サキに向かい溜息を吐き出した。

「悪い。」

デュークはガースから姿見を受け取ると、それをサキの目の前に置いた。

サキの全身が映し、それをサキがしっかりと見えるように。



「ヒッ!!」


サキは思わず息を飲んだ。

目の前に置かれた姿見の中に写っていたのは…。

顔が引き攣るのが分かる。目の前の姿見にも、その様子がしっかりと写し出されていた。


口元が引き攣っているのがよく分かる、青白い顔。

口元から流れている血。

艶が無くボサボサの髪。

手足はカサカサで骨と皮だけしかない。

着ているのは真っ白なドレス。だけど、白い部分は僅かで赤や黒い血がこびり付いてる。

よく見れば、首に一本赤い線が走り、その部分が少しだけずれて断面の赤い肉が見えている。

目は、白目の部分が真っ黒になっていて、黒目だった部分は真紅な上に瞳孔が獣の目のように縦長になっている。


「怖っ!!」


よく見れば、自分と同じ顔で、同じ動きをしていると分かったけど、姿見を見てすぐには叫び声を上げて逃げ出したくなるくらいに怖いものが写ってる。


「怖いって認めるな。」


姿見を支える役目は、サキが写り出された自分の姿に注目している間にガースに移っていた。デュークはサキの肩に手を置き、サキが姿見から離れようとしているのを止めていた。

デュークの凄みを含んだ確認を、サキはただ言葉も無く頷いて認めた。


「自分でも怖いと思うのに、僕や皆が怖がるのは駄目だなんて言わないよね。」

「ご、ごめんなさい。」

サキは素直に認めた。

だって、それ程までに目の前に写し出されている自分の姿は恐ろしかった。


「だろ?どんなに仲がいい親友や家族でも、その姿はさすがにドン引きするだろ?」

「こんなの突然見たら、何匹も熊を狩った儂だって心臓が止まるわい。」

「お、俺が夜トイレ行けなくなったらサキのせいだからな!!」

「怪談とか好きなんだけどねぇ~。さすがに…」

「その首が何時落ちるかと思うと心臓に悪い!」

「あぁ、その通りだ。」


恐縮するサキに対し、村人たちからも苦情の声がかけられた。

何だか、見た目への恐怖ではないない苦情もある気がしたが、皆からそんな風な声がかけられるなんて思っても見なかったサキは呆気に取られていて、それに気づくことはなかった。

「うん。ごめんなさい。」

呆気に取られたまま、サキは素直に謝る。


今まで受けてきた反応や対応とは全然違う村人たちの様子に、サキは何だか胸が温かくなった。悲しみなんて、絶望なんて何処かにいってしまった。それだというのに、何故だか目が滲んできてしまった。


そんなサキの顔色が少しずつ、色を取り戻していっている。


「早く、元に戻れよ。怖いんだよ!」

母親の影に隠れて顔を僅かに覗かせているジークが涙目で叫んだ。

こらっと母親に叱られ頭を叩かれたジーク。だが、周囲の村人たちもウンウンと賛同し頷いていた。

「そうだな。夜になる前には戻ってもらわないと。」

「何時、頭が落ちるかと思うとドキドキするよ。」


「そうだね。さっきもサキの顔に触れる時はドキドキした。」

今度はしっかりと聞こえた、斜めな心配をする声。それに、デュークまで賛同していた。

「…もしかして、さっき手が震えていたのって…」

「ちょっと力を入れたら首がずれたんだよ。怖いだろ?」

「ごめんなさい。」

サキは自分でデュークが味わった光景を想像して、ゾッと背筋に怖気が走る感覚に襲われてしまった。頭を下げて謝ろうとしたのだが、デュークに頭を下げると落ちそうと言われ、言葉だけにしておいた。


「早く、元の姿に戻れよ。じゃないと、心配で仕事も手につかなくなる。」

その頭も、折れそうな手足も、倒れそうな顔色も、どうにかしてくれ。

デュークの言葉に、村人たちが全員頷いていた。


その言葉はまるで、サキがこの村に居てもいいと言っているみたいで…

「居てもいいの?」

「なんで?」

当たり前のように首を傾げるデューク。でも、その言葉はどちらにでも取れる。そう考えて、サキはまだ信じようとしなかった。

「サキが出てったら、僕の家にある石のコップはどうするんだよ。フォークは?サキが作ってくれてる服も楽しみなのに。」

「な、何で知ってるの!?」

デュークの為に作っている服。気づかれないように気をつけて気をつけて作っていた。なのに、何でデュークが知っているのか。

サキは声を上げたのだが、デュークは笑顔を浮かべるだけで答えてはくれなかった。


「僕はもう、サキが居る生活に慣れちゃったんだけど。なのに、サキは出て行くっていうの?」


「ここに…居てもいいの?迷惑かけるだけだよ?軍隊だって来るかも知れないよ?」


サキの目が、纏う主を失って地に散らばっている甲冑を映す。

サキが腐らせたあれらが帰ってこないと分かれば、王となったあの男は村に兵を送ってくるだろう。そうなれば、サキは全力で村を護る。それでも、村が無傷であれる保障は無い。


「そうなったら、僕と一緒に逃げようか。」

「えっ?」

「これでも狩人だ。山の中でも生活出来るよ。少なくても、サキ一人で逃がすよりはマシだよ。」

「あぁ、それがいい。連絡をくれれば、俺等が必要なものを運ぶしな。」

「連絡方法はどうする?」

「無難に鳥かな?」

村人たちが、サキとデュークを逃がす方法をどんどんと考えていく。


「サキは私たちの大切な家族なんだ。家族を奪うんなら、王様だろうが聖女様だろうが敵だよ。」

「そうそう。家族は皆で護るもんだろ?」

「だから、早くその姿を何とかしろよ。」




サキの目から、涙が零れ落ちた。

一滴のその涙は地面を濡らし、染み込んだ跡からは小さな二枚の緑の葉が飛び出した。



おばあちゃん。

おばあちゃん。

私、幸せになってもいいのかな。

おばあちゃん以外の家族を持ってもいいのかな。


デュークに全部話そう。

それで、デュークと一緒におばあちゃんに会いに行こう。

デュークや皆のことを知ったら、おばあちゃんも正気に戻ってくれるかな。

そうなら、おばあちゃんやおじさん達も戻ってくる。




この村があって、村の皆が居て、デュークが居て、

本来の姿がどういうものなのか分からないが祖母アデライトが居て、アデライトを尋ねてくる守護聖獣達がいる。

そんな生活を、サキは夢見た。

本編は完結です。


でも、国の顛末や聖女や王、聖獣たちの話が書ききれなかった…。

なので、まだ続きます。


予定通りに終わる。そう書けるようになりたいと反省しています。

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