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祟り姫は恋をして 2

「サキ姉。クフトのおっさんが来たぜ‼欲しいもんがあるってただろ?」

「本当!?ありがとう、ジーク。」


サキの手に降りかかった災いは、布と生きている人は腐らせなかった。どうしてかなんて、サキには分からない。ただ、服を触っても腐らなかった。でも、布越しに物を触ったら、それは腐ったので不思議で仕方無かったが、理解は出来なかった。

そして、村の人に触ってしまっても腐ることは無かった。あの時はサキは心臓が止まるんじゃないかという程に驚いた。相手を殺してしまったと悲鳴を上げてしまった。半狂乱になった私を落ち着かせてくれたのは、駆けつけたデュークだった。

だから、サキは洗濯や雑巾越しに行なう掃除を任されていた。

他に役に立てることが無いサキは、毎日毎日、張り切って任された家事をこなしている。


今日もまた、いつも通りに掃除に洗濯を始めていたサキの元に、村の子供の一人ジークがノックも無しに飛び込んできた。そして、元気のいい笑い顔でサキに待ち人の到着を知らせた。


ジークが到着を伝えたクフトというのは、二月に一度や二度、山を越えてはるばると村にやってくる行商人の名前だった。

こんな儲けも少ない辺境の村に労力を惜しむ事なくやってくる行商人は、人の良さが全身ににじみ出ているような壮年の男だ。

サキはジークに礼を言い、簡単に掃除道具を片付けると慌てて家を出た。

馬車一台で、村で売れる程度の商品だけを持って、クフトはやってくる。

早く行かなければ、欲しいものも売り切れてしまうかも知れない。


サキが前から欲しいと思っていたのは、布だった。

渋めの色を抑えた赤い布。

お世話になっているお礼に、サキに出来ることでデュークに何かをしたかった。

そして、考え付いたのが服だった。

森に入って服を破いてしまうことが多いデューク。

一緒に住み始めてからは、布には触ることが出来るサキが破れを繕っていた。

始めの頃、穴の開いたまま放置されていた数着の服を繕ったサキを見下ろし、ありがたいと笑うデュークの顔が頭を過ぎる。

内緒で服を作って渡したら、どんな顔を見せてくれるだろうか。


サキは、自分の頬に熱が集まるのを感じていた。




「今日は大放出だよ。」


サキがクフトが商品を広げている場所にたどり着くと、すでに村の住人たちのほぼ全員が集まり、凄い騒ぎになっていた。

馬車の前に広げられた布の上に、ズラリと並べられた値札のついた商品たち。

その前には、これ、それと手にしていく女たちに、熟考している男たちの姿がある。

もう遅かったかな。

そんな風にサキは思ったが、よく見ればクフトの後ろに停車している馬車の荷台の中には、まだまだ箱が詰め込まれている。

村で売り切れる程度しか持ってこないクフトにしては珍しい事もあるものだと、サキは首を捻った。そして、人々の合間を潜り抜けて覗くことが出来た、並べられた商品の値札を見て目を見開いて驚いた。

「うそぉ。安い。」

加工された食品、山の中では珍しい魚などの干した海産物、野菜や果物。

布も山となる程に詰まれている。

サキがいいなと思う色の布も大量にあった。

それらの商品に付けられている値札に書かれている数字は、何時もの半分以下といっても良いほどの数字。サキが出来る範囲で村人を手伝って得た駄賃を必死に溜め込んだ、服一枚が作れる布が手に入ればと思っていた金額でたくさんの布が買えるだろう。

それで、周りにいる村の女達がワイワイと興奮を隠しきれない様子で買い込んでいるわけだ。男たちも、何時もなら妻に睨まれ諦めるしかない嗜好品などを手に取り、嬉しそうにお金を商品の前で忙しそうにしているクフトに渡していた。

サキも、クフトにお金を渡し布を買う。

それ以外は、サキが触れれば腐ってしまう危険のあるものばかりだったので、サキは慌てて人混みから身を引いた。


あれだけあった商品がすっかりと売り切れ、ニコニコと笑顔になった女たちは家に帰り、男たちは手に入れたものを自慢しあっている。


サキは、不思議に思ったことを聞くために家には帰らず、布を手にしたままクフトが一息つくのを待っていた。

「クフトおじさん。」

「おぁ、サキ。どうしたね。生憎、もう商品は残ってないよ?追加が欲しい時は、次で頼むよ。なんなら、注文を受けようか?」

品物が一つも無くなった布を畳み馬車に積み込んだクフトに声をかけると、どんな嘘をつかれても信じてしまいそうになる笑顔を浮かべたクフトが「悪いね」と肩を竦めた。

「ううん。違うの。何時もと違うから不思議に思って」

「あぁ。量と値段のことか?」

サキが疑問に思ったことを尋ねようとすれば、聞かれると予想がついていたとクフトは苦笑した。

「えぇ、そう。私たちは安い方が助かるし、滅多に見えないようなものも手に入って嬉しいけど、クフトおじさんは大変じゃないの?大丈夫なの?」

「俺は別に懐を痛めてないさ。むしろ、今日は充分な儲けがしっかりある。」

儲けが充分にあると言うわりには、クフトの顔は浮かない。

「実はな、今日の商品は全部、王都の商人達から流れてきたもんだんだよ。王都の余りモノ。どうにかしてくれって半ば強制的に押し付けられたせいで量が多くなった。大量に押し付けられたから、仕入れ値も破格過ぎる値段だった。」

「王都の余りモノ?」

サキが首を傾げれば、クフトは溜息をついて肩を竦める。

「今、国中で物が余ってるんだよ。領主や生産者が大量に作って、そのせいで買取相手が居ないまま倉庫で山のように膨れ上がった在庫が埃を被って片付かないなんてのがあっちこっちで溢れかえってる。倉庫に入りきらないままの物を何とかしたい奴等が、値段を安くしてでも大手の商人たちに押し付けてるんだ。商人達も始めは飛びついて仕入れたのはいいが、買い手がいないから売れない。それでも商品を動かさない事には経営に差し障る。大店から小さな店をやってる商人に、そこから地方の商人に、そして最期は行商人に。そうやってたらい回しにされてきたのが、今日の商品ってわけだ。」


「去年までは、物が足りないって言ってなかった?完全に復興出来た所は無いって聞いたよ?」

サキは以前を知らないが、五年前から商品の種類も量も少ない上に、値段も高いままだと女達が嘆いていたのを知っている。それに、滅多にないが村にやってくる旅人や行商人から、村以外の様子はもたらされている。国中がまだ天変地異の影響から立ち直れていないと、その詳細まで教えてくれた筈だった。二月前に来た時も、そんな情報をクフトは持っていなかった。

「そうだ。何処も彼処も荒れ果てたままだ。5年前より以前の姿に戻れた所は無いな。」

幾つも村が消えたし、建物が壊れたままの町の話などをクフトが口にした。その顔は、酷い状況を思い出したせいで苦々しいものを一瞬見せた。

「じゃあ、何で?」

クフトの説明では、物が溢れかえる原因は一切分からない。

「王妃様の功績さ。」

声を潜めて、クフトは言った。

その言葉に、サキの頭には一人の少女の姿が思い起こされる。


何もない空からフワリフワリと王太子の前に降り立った少女。

ビクビクと震え、庇護欲を誘う愛らしい姿に、王太子は警戒する近衛たちを制止して保護すると宣言したという。そして、王太子だけではなく王や王妃の心を掴み、悩める人に優しく助言を与え、誰も知らないような未知の知識を授ける彼女は、天から使わされた神の娘だ、聖女だと言われるようになった。


王太子と共に、悪しき王太子妃を退けた彼女は王太子の愛を受け入れた。そして、『祟り姫』のせいで命を落とした国王夫妻の後を継いで、王妃となった。


クフトが言った王妃は、あの聖女の事だろう。


「聖女様のこと?」

確信はあったが、それでも一応聞いてみた。

クフトは声を潜めたまま頷いた。

「そうだ。神から授かった知識って奴を、王妃様が困っている領主や生産者に授けたんだ。そのおかげで、授けられた一部の領地では以前以上の豊作になったし、新しい技術のおかげで色々なものの生産力が向上した。」

「いいこと、だね。」

クフトの説明だけを聞いたのなら、それは喜ばしい王妃の功績にしか聞こえない。

「いや。授かったのは一部の、王や王妃に擦り寄るのが得意な奴等だけだ。奴等は技術を独占して、他の、もっと緊迫した状況にある領地に教えようとしなかった。何より、どんな知識や技術だったかは知らないが、そいつらの領地では、それに携わっていた職人や農民が大量に仕事を失った。突然、領主や雇い主に仕事場から放り出されたんだと。仕事が無けりゃ生きてけないって、多くが他の領地や他の国に移っていったよ。

そうだってのに、そういう領主たちだから気にも留めやしない。」

声を潜め、怒りを滲ませたクフトの様子に、サキは息を飲んだ。

「例えば、これだ。」

「これって?」

サキに手渡されたのは、一冊の本。

サキが見知っているものは、ゴワゴワした羊皮紙が束ねられているものだったが、クフトに渡されたものは薄くサラサラとした手触りのものが束ねられている。

「王妃がもたらした紙というものだ。王都やその周辺では今やこれが主流になってる。羊皮紙を作っていた職人たちは仕事を失ったよ。それに中を見てみろ。」

言われてサキが本を広げると、同じ大きさの文字が規則正しく並んでいる。

「活版印刷というものらしい。同じものを作るのに何人もの人間が関わって手で書き写していた今までと違って、時間も早く、少人数で出来る技術だそうだ。出版に関わっていた職人が職を失った。」

サキはただ、言葉を失った。

クフトが例としてあげた本。これだけで、多くの職人は食い扶持を失い、家族と共に姿を消す事になったのか。あまり頭のいいとは言えないサキにも、それが恐ろしい事だと理解出来た。

「これは村人たちにも説明するつもりだがな。

無いと思うが、村を出ない方がいいぞ、サキ。今や、持ち直してきたと思ってた治安がここ最近で一気に悪くなってる。特に、王妃のもたらした技術っていう奴の成果が出始めてからは、また職を失う者が増えた。これからは、大きかろうが小さかろうが、町で昼中歩いているだけで強盗に警戒しなきゃならないようになるだろうよ。」

「分かった。無いだろうけど、気をつけるね。」


ありがとう、クフトおじさん。


素直なお礼を口にしたサキの頭を、クフトは優しく撫でた。




「相変わらず、馬鹿なのね。」




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