そして目覚めて 4
「そなたがそれの血を流そうとすれば、妾はそなたと戦わねばならぬ。」
もはや限界まで薄れてしまったとはいえ、確かにアデライトの加護を王は持っている。守護聖獣の加護を持つ者を害するのならば、同胞といえ罰を与えなければならない。
だからこそ、今アデライトは己だけの手で国を滅ぼす為の作業をしていた。封印から解放されたばかり、それで無くとも弱りきっている身ではあるが、こればかりは同胞達の手を借りるわけにはいかないのだ。
「あぁ、ごめんよ、アディ。」
殺して仕方が無い相手から、一歩シグルスは後ずさった。
次に何かを、目の前にいるサキという名を持つ王妃が口にすれば、多分一瞬にして手が出てしまう。それだけ、王妃が口にする言葉の全てが、シグルスの気に触った。
あぁ、そうだ。
シグルスは、ある事を考えついた。
「アディ。簡単に殺してしまうのはどうかな?」
今にも、残っている者達を殺してしまおうとしているアデライトを、シグルスは制止した。
「こいつらを助けろというの?」
殺気さえも漂わせたアデライトの言葉に、シグルスは笑った。
それはアデライトを笑ったのではない。
アデライトの言葉に、殺されずに済むと目を輝かせてシグルスを真っ直ぐに見る、愚かとしかいいようのない聖女を見て、シグルスは笑った。
先程までのシグルスの辛辣な態度と言葉を受け、どうして希望を持てるのだろう。
思った以上に愚かな様子に、怒りも呆れも通り越して、ただただ笑っていた。
「そうは言っていないよ。ただ殺すには、気が済まないと思ったんだ。」
だって、俺達の大切なあの娘を苦しめたんだよ?
シグルスの冷たい眼差しを受けて、「どうして」と呟く姿が滑稽だった。
「どうしようと?」
シグルスの態度に、ローレンやサキを擁護しようという気配が無いことを悟ったアデライトは、シグルスの提案に興味を持った。
「彼らに永遠をあげようと思うんだ。」
「トチ狂ったの?」
それは人間が望むもの。
アデライトの鋭く冷たい視線がシグルスに突き刺さった。
けれど、シグルスはそんな視線を笑って流した。
飄々とした笑みを浮かべ、大げさな動きで両腕を広げた。
「彼らには、この世界が彼らの望むような世界になるのか見せてあげなくちゃいけないだろ?今を否定して、あるかも分からない未来を夢見たんだ。それを、俺達の可愛い娘を傷つけてまで成そうとしたんだ。」
優しい声でシグルスは囁く。
「見せてあげようじゃないか。彼らが夢見た世界の為に造り出した異世界の道具が、何をもたらすのか。僕達が無かったことにしようと消し去っても、記憶が残っている。"機械"を始めとする聖女の知識の旨みを記憶している人間達は、きっと再び造り出すだろうね。それがどうなるか、世界をどうするか、見せてあげなくちゃ。」
もちろん、永遠を得るには代価は必要だ。
甘い声で己の主張を高々に言う。
そして、その声は突然固く重い響きを含むものに変化した。
「只の人間が永遠を得るには、それに見合っただけの儚さを得なければならないよ。世界に物事全てには天秤がある。天秤は常に水平でなくてはならないんだ。だから、僕は君達に永遠と共に儚さを送ろう。」
新月から満月。
その姿を日に日に変える月の力を利用して、君達に永遠を贈ろう。
満月の夜に赤子となり、新月に老人となる。それを繰り返す永遠を。
「あぁ、いや。俺達の苦しみや悲しみも理解出来るようにしようか。」
会えないという孤独。
それを与えなくては、とシグルスは笑う。
「一人は、満月に赤子になる。一人は、新月に赤子になる。こうすれば、少しは俺達の孤独を味わえるだろうね。」
まともな姿で会うことが出来るのだろうか。
そんな呪いを、シグルスはニコニコと笑みを浮かべて、ローレンとサキに施していく。
「や、止めて。」
聖女サキが怯えた様子を見せて後ずさるが、シグルスの手は容赦なく伸びる。国王ローレンに対しても同じこと。
シグルスの力が二人を包み込み、その力が光を発して二人の姿を見えなくした。その様子は、まるで光を放つ繭のようで。
状況を忘れて、二人の近くに集まっていた人間達も見惚れてしまっていた。
そんな彼らに、聞きたくもなかった言葉が届いたのは、すぐのこと。
「では、後はさっさと終わらせようか。」
コツン。
アデライトが進み出る音が、いやに響く。
「うん。もう止めないよ。君の気が済むように全て殺し尽くしてしまえばいいよ。」
一歩下がって、アデライトの歩みに道を譲るシグルス。
その体が、繭の放つ光を浴びながら段々と薄れていく。
だが、そんな光景を見るものは誰もいない。
アデライトはただ、目の前の獲物を見据えて背後を見返すようなことはせず。
この国の、多分最後の民達であろう人間達は、なんとか逃げられないだろうかと足掻き、そんな様子を見ている余裕は無い。
「さぁ、今頃サキは何をしているのかな?」
そんな、誰も聞くもののいない言葉を残し、シグルスは王宮を後にした。
「絶対に効果なんて無いよ!!」
「あるかも知れないよ?」
膝の上に抱いたサキに向かって上半身を曲げていく。
そんなデュークの胸に手を当てて、何とか押し返そうと頑張るサキ。
そんな二人の様子を、村人達は息を呑んで見守っていた。
二人から遠い位置に居た、ほろ酔い気分の親父達の間では、「デュークが勝つか、サキが勝つか」と賭け事が始まっていたが、そんな事など、いつもは怒鳴り散らす女衆達も気にもしていない。
「や、やめっ」
「ほら、サキ。大人しくして。」
まるで子供の言い聞かせるように注意するデュークの顔が、段々とサキの腕を押して迫ってくる。
「駄目だって、ば…」
「う…ん…。これは、止めるべきか、見守るべきか。」
酒場の中に突然現れた男の気配にも、その男が悩みながら呟く言葉も、二人の行く末に注目している村人達の耳には入ることさえ無かった。




