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祟り姫は恋をして 1

「おのれ。おのれ。私を殺して、ただで済むと思うな。聖女など私は認めない。」

ギロチンに首を置かれた女が目を見開き、狂ったように叫び続けていた。

その姿と声に、悪しき女の処刑と聞きつけて集まってきた王都の住人たちを恐怖させた。滅多にない貴人に下される最悪の罰。普段、娯楽を楽しむ機会の少ない平民たちにとっては、お祭りのような感覚で、ワクワクと好奇心を抑えきれずに王都の中心にある城下の広場に集まってきていた。

そんな彼等が後悔する程、王太子妃として様々な噂を撒き散らせた女の最期の足掻きを行なう姿は恐ろしいものだった。


「災いあれ!!!セイル王国。セイルの民。

滅びよ!!!セイル王家。

聖女など、なんの救いにもならぬことを知れ!!!」


ギロチンの刃が降ろされ、女の首は体から勢いよく離れていった。






こぅるぅあぁぁ


森に囲まれた小さな村に空気を揺らす怒鳴り声が響いた。

その声は、木の枝で休んでいた鳥たちを追いたててしまった。


けれど、村に住む住人たちは思わず顔を上げたものの、あぁまたかと笑い今まで行っていた作業へと戻っていった。

「サキ、てめぇ、あれほど畑に触んなっただろぉ」

黒くてドロドロとし始めている野菜を手に、厳つい顔をされに厳しくさせ目を吊り上げた皺と白髪が目立ち始めた男が唾を飛ばしながら怒鳴り散らしていた。

「ご、ゴメンなさいぃ。わざとじゃないんだよ?ちょっと躓いてこけたら、丁度この手が、ね。わざとじゃないんです。」

頭を掴まれ、グリグリと握りつぶされそうになっているのは、一人の少女だった。

涙を浮かべながら謝る少女と、その頭を掴み怒鳴り散らす男。

思わず少女を助けなければと思ってしまう光景だったが、周囲で見ている村の住人達はただ「おやおや」と笑って見ているだけだった。

「なぁにが、わざとじゃない、だぁ。お前は大人しく土とか石を触ってろ。いいかぁ。二度と俺の畑に触んじゃないぞ?」

「は、は~い。」


「また、やっちゃったの?大丈夫?」

サキに声をかけてきたのは、狩人のデュークだった。

「うぅう…頭痛い…」

毎日畑作業に勤しむ逞しい男の手によって頭を握りつぶされそうになっていたサキは、頭を抱えたまま涙を流しながら、デュークに目で返事を返した。

畑の端に生っていた野菜に転んだ際に触れてしまい腐らせてしまったのは、もう何度目になるだろうか。

「ごめんね。いっつも迷惑ばかり皆にかけてる。」

「いいんだよ、サキ。それにしても、本当に厄介なものだよね、『祟り姫』の災いって。なんとか、災いを払う方法があればいいんだけど。」

「本当だよ。祟り姫は恐ろしいもんだねぇ。」

デュークがサキの手を見つめて呟く。

首を傾げて、サキ以上に頭を悩ませているデュークと、それに対して申し訳なさそうにしながらも頭を抑えているサキに、周囲で事の成行きを見守っていた女たちが苦笑いを浮かべながら近づいてきた。森で収穫してきた山の幸の仕分けを行なっている途中だったふくよかな女性、ロザーナは近くの水場で濡らした布をサキの痛みを訴える頭に乗せ、笑いを堪えた顔でサキを覗きこんできた。


「それにしても、どんだけ運の無い子だね。『祟り姫』の災いを浴びるなんて。」

「いや、運はいいだろ。なんたって、『祟り姫』の災いが起こったのは5年前だ。サキはこうやって生き延びてるんだし、ね。」

「あぁ、あれから5年も経つのかい。まだまだ、何処もかしこも立ち直れていないと聞くね。ここは山の恵みがあるから被害はほとんど無かったが…」


未だに残る痛みと戦うサキと、ロザーナによって乗せられた布を抑えてやっているデュークを他所に、女たちは思い思いに話をしている。


口々にのぼり、溜息を吐かせているのは、五年前に起こった事についてだった。



五年前の秋の事。

山奥の奥、森に囲まれた自然豊かな村が属するセイル王国が、いや近隣の国々の全てが天変地異に襲われ、多くの死者が出る事態が起こった。

大地はひび割れ、湖が枯れ、天候は安定せずに、雨に雷、雪など季節さえも問わないものを降らせ続けた。それによって、死を招く多くの病が蔓延し、収穫寸前だった実りが全て腐り落ちた。病と飢え、森に囲まれ充分な蓄えのあったこの村でさえギリギリな生活に陥り、蓄えの少ない町などでは死者の遺体を埋める場所の困るほどに死者が溢れていた。


そんな事態を巻き起こしたのは、一人の女だったということを全ての人間が知っていた。


女は、セイル王国の王太子妃だった。

今や『祟り姫』と呼ばれるその女は、自由奔放に贅沢三昧で国の財政を傾け、天より降り立ち神の御業をもたらした聖女を貶めようと手を伸ばし、聖女を殺害し排除しようと企んだ。

救われた民達、王や貴族たちの信頼を得ていた聖女は彼らに守られ、それらの難を逃れた。そして、暗躍する王太子妃を突き止め、彼女を捕らえることに成功した。

数々の罪が暴かれた王太子妃は、被害にあって傷ついたものたちが安堵出来るようにと、民衆の前で処刑される事が決まり、ある雲一つ無い日に、王都の広場でギロチンにかけられた。

最期に怨嗟の叫びを残し、首を失った王太子妃。

集まった民衆が歓喜の声を上げ、心優しい聖女が涙を流し晒す事なく王太子妃の体を見つめている中、それは起こった。

雲一つ無かった空が曇天に変じ、まだ温かな日が続く秋の始まりだというのに凍てつくような雪や雹が降り注いできたのだった。

驚く民衆達が見たものは、空の中をうねり、怒りの咆哮を上げる化け物の姿。

化け物が咆哮を上げる度に、大地が大きく揺れ、天候が荒れ狂った。

逃げ惑う民衆たちの前で、誰にも気づく事なく王太子妃の体が忽然と消えた。

それに気づいたものは誰もいなかった。

雷が降り注ぎ、雨、雪がコロコロと変化して人々や屋根を打ち付ける。それは、何日も何週間も続いた。一度も、青空を見ることが出来なかった。

災いはそれだけでは治まらなかった。

城に逃げ込んだ王や王太子、貴族たちの下には、沢山の悲鳴混じりの報告が届き続けた。地面が裂けた、収穫間近の作物が枯れ果てた、蓄えてあった農作物が腐り落ちた、川や湖から水が消えた、動物が一斉に姿を見せなくなった、魔物が大量に出没した。各地から続々と届く報告の内容は、こういったものだった。

そして、その被害はセイル王国の国境を越え、近隣諸国にまで広がっていった。最終的には三国を跨いだ場所にある国にまで到達していたという。


それが治まったのは二月後の事だった。


国々には、守護聖獣という存在がいる。知性と力、永すぎる命を持つ彼らは契約の下、好意を示した国を魔物や災いから守っていた。

被害を受ける国が10を越え、自国に力を注ぎ被害を治めようとしていた守護聖獣たちが力を合わせ、原因を消し去ろうと手を取り合ったのだった。


本来ならば、セイル王国を守る聖獣が最初に事を治めなければならなかったのだ。

聖獣の契約を失ってしまうべきでは無かった。


そんな守護聖獣たちの非難に、セイル王家は頭を下げるしか出来なかった。

セイル王国には守護聖獣が居ない。いや、元は居たのだ。数代前の王の御世に、聖獣の怒りを買って契約は破棄され、建国から国を守ってくれていた聖獣を失った。

強く、美しい聖獣だった。

聖獣が国を守ってくれていた頃、セイル王国は近隣諸国で一番の勢力を誇る大国だった。国を守っていた『羽ばたく翼の蛇』は、それだけ強く古い、各国の守護聖獣たちに尊敬されていた存在だった。

彼女がいれば、王太子妃の横暴も、この天変地異も起こることは無かっただろう。

そう、守護聖獣たちはセイル王家を嘲笑った。


セイル王国などどうでもいい。けれど、自分が愛する国を護ろうと聖獣たちは命をかけた。曇天の空の中をうねる存在に挑み、三日三晩の戦いの末に自分達の全てをかけて封印することに成功した。


久方ぶりの青空を仰ぎ、人々は涙を流した。

しかし、人々にとって地獄の日々はそれ以降も続いた。


戦いの傷を癒す為に聖獣たちは眠りにつき、その地獄は本来聖獣の加護によって味わう事が無いはずの各国を苦しめることになった。


青空は戻ろうと、腐り落ちた収穫物は戻らない。枯れ果てた農地はそのまま。

人々は飢えに苦しんだ。

聖獣たちが眠りについて加護が薄れ、魔物たちの脅威に怯えなくてはならなくなった。

その被害は、5年経った今でも尾を引いている。


そして、あの日、王都に居た民衆たちにとっては、それだけではなかった。

原因の分からない災いがその身を襲ったのだ。

足が萎える。目が潰れる。言葉を失う。感情を失う。

日常を普通には送れなくなる。そんな災いだった。

人々はそれが、処刑された王太子妃の仕業だと噂した。その噂はどんどんと広がり、処刑直後に現れた化け物も王太子妃の仕業である、王太子妃はこの世界を呪う『祟り姫』となったのだと定着していった。


サキもその一人。

サキにもたらされた災いは大きなものだった。

『その手で触れたものが腐り落ちる』。食事を取ろうとすれば、木で出来た食器も食事も腐り落ちた。収穫を手伝おうとすれば、手にした丁度いい頃合の収穫物が腐り落ちた。金属を触れば、ゆっくりとだが錆びて朽ち果てていった。

腐り落ちるのは生き物や植物、そして金属。ここまで生きてこれた事が奇跡とも言える災いだった。現に、三年前、フラフラになって村の近くの森を彷徨っていたサキはボロボロだった。

突然現れた不気味な程にみすぼらしいサキを狩りをしていたデュークが保護し、村人達はその厄介な災いがあると分かっても優しく、温かく受け入れた。デュークは拾った者の責任だ、と自分の家にサキを引き取り、住まわせてくれている。


その事をサキは本当に感謝している。

サキは、この村が、村の住人達が、大好きだった。




嘘をついているということに、心を痛め苦しむくらいに、サキは皆が大好きだ。

サキは、村人たちに言えない秘密を抱えていた。

知られてしまえば、村にはいられない。サキが大好きな、村人たちの笑顔を二度と見る事は出来なくなる。過去を何も語ろうとしない怪しいサキを家に住まわせ、何くれと世話をやいてくれるデュークに嫌われる。そう分かっているからこそ、先は秘密を胸の奥底にしまい込んでいるしか無かった。




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