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[9]逃げたい心

『ふぅちゃんって、誰とでもすぐに仲良くなれるよね』


 そんな風に言われた。

 あれは、高校に入学してすぐのこと。

 陽菜ちゃんが、少し暗い目をして言ったんだ。


 あたしは、確かに初対面の人とでも物怖じせずに話す。ただ、それはそうしなくちゃいけないと思うからで、喋りにくいと思う相手だってもちろんいる。喋れば喋るほど、ああ、嫌われてるのかもって感じることも。

 高校に入学して、新しいクラスで、あたしは早く馴染もうと必死だった。クラスメイトにたくさん声をかけて早く仲良くなろうとした。


 けれど、陽菜ちゃんは人見知りが強くて、あたし以上にクラスに馴染むのが難しかった。あたしは、自分のことで精一杯で、そこまで気が回らなかった。口では何も言わない陽菜ちゃんが、心の中では心細くてあたしを頼りにしていたなんて気付けなかった。

 だから、あたしは陽菜ちゃんの言葉と表情が理解できなくて、しばらくの間ぎくしゃくとしてしまった。


 陽菜ちゃんのことは大好きだし、あたしがもっと気を配れたらよかったんだって思った。

 それと同じくらい――面倒だなって、正直、思った。



『今、何時だと思ってるの?』


 ちょっと帰りが遅くなった日に、お母さんにそう言われた。

 門限より、一時間遅くなった。


 わかってる。心配しているから怒るんだって。

 心配の分だけ、怖い顔してる。

 お喋りに夢中になって、時計を見なかったあたしが悪い。


 ――でも。


 友達の悩みを聞いて、相談に乗ってた。少しでも力になりたかった。

 一時間遅れたくらいじゃ解決できなかった。後ろ髪引かれる思いで家に帰った。


 ねえ、友達は大切にって言わなかった?

 楓花には楓花の付き合いがあるんだと思うけど――そう言うなら、わかってよ。

 お母さん、友達いなくても、まっすぐ時間通りに帰るあたしがいいの?

 悩んでる友達を見捨てるあたしがいいの?

 どうしたらいいの?

 わかんないよ。


 お母さんが悪いんじゃないって思う反面、あたしはどうしようもなく息苦しかった。

 首に鎖が繋がってるみたい。

 あなたはまだ子供だから。女の子なんだから。

 確かに、あたしは女の子で子供だけど、自分だけじゃ生きられないけど、時々、すごく息苦しくなる。


 ああ、誰も自分を知らないところに行きたいな。

 色んなことが面倒だな。

 全部投げ出して違う場所へ行きたいな。


 できもしないことを、嫌なことから逃げ出したいという気持ちだけでぼんやり思う。

 時々、そんなことがあった。


 大好きな家族、友達。

 それは本当だけど、毎日は楽しかったけど、逃げ出したいと思う瞬間が日常の中にちょっとだけあった。

 そんなもの、誰だってそうだと思う。何も、あたしだけじゃない。生きてたら誰だって、逃げたい瞬間ってあるんじゃなのかなとは思うけど……。


 でも、何よりも嫌だったのは、大好きなはずの人たちにそんなことを思う冷たい自分。

 一瞬でもそう感じた自分のひどさに、我に返ってから自分で傷付く。

 どこへ逃げても、そんな自分とは別れられないのに。

 どこへ行っても、逃げたいことは新しくできるだけなのに。

 あの蝶は、そんなあたしの逃げたい心を敏感に拾ってしまったんだろうか。


「――い」


 ちょっとでも逃げ出したいと思ったあたしは、こうしてバチが当たったんだろうか。


「おい」


 かけ替えのない大切なものなのに、感謝できていなかったあたしが悪かったの――かな?

 ごめんね、あたし、勝手だったね。今更遅いのかな?

 もう、会えないとしても――。


「起きろ」


 苛立たしげな声があたしの意識を覚醒させた。ハッと目を見開いたけれど、視界はぼんやりと濁っている。

 けれど、キラキラしたその姿はあたしの視界に図々しく割り込むのだ。


「……ようやく起きたか」


 と、呆れたようにため息をつかれる。キリュウはまた、なんの断りもなく眠っているあたしのそばにいた。夢見が悪かったというのか、ううん、悪いわけじゃない。夢で会えた顔に胸が締め付けられただけ。

 ぼうっとして起き上がらないあたしに、キリュウは言う。


「眠りながら泣けるとは、器用なやつだ」


 指摘されるまで気付かなかった。

 あたしは自分の目もとに手をあて、指先が濡れたことを知ると、後は涙を乱暴に拭った。こんなところはキリュウになんて見せたくなかった。悲しみは増すばかりだけど、キリュウは更に平坦な声で言う。


「ひどい顔だ」


 泣いていた女の子に言うセリフがこれだ。けれど、あたしは怒る気力もなかった。

 呆然として、まるで覇気のないあたしに、キリュウは手を伸ばす。首が、キリュウの冷たく細い指に包み込まれた。

 あまりに唐突で、あたしは恐怖を感じる暇もなかった。ただ、耳もとでカシャン、という音がした。


「え?」


 金属音は、何かをはめ込んだような音だった。キリュウの手が離れても、首の違和感は残った。首にあたる硬質なものは何?

 あたしは手を伸ばしてそれに触れる。正面に宝石のようなものが付いているような手触り。

 すると、キリュウはあっさりと言った。


「これでお前がどこにいても察知することができる」

「はぃ?」

「逃走したところで生きては行けぬだろうが、不穏な動きをせぬようにという警告だ」


 GPS付きの首輪みたいなもの?

 触っても触っても、繋ぎ目が見付からない。これはキリュウにしか外せないんだろうか?

 あたしは頭に血が上るのを感じた。そして、それはすぐに放出することとなる。


「あたしはあんたのペットか!!」


 ぎゃあぎゃあと喚くあたしをうるさそうに見ると、キリュウはまた静かに言った。


「しばらくしたらヤナギと係りの者を寄越す。せめて髪くらいはとかしておくことだ」


 用件はそれだけだったようで、キリュウはまたしても光を撒いて消えた。


 このやり場のない怒りをどうしてくれる――!?

 あたしは一人で苛々しながら、枕を羽毛が飛び散るまで叩いた。


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