[67]騒動の後で
キリュウはそれでも不安げな瞳をあたしに向けた。
「フウカ、息苦しさや痛みは感じないか?」
「え?」
どういうことだろ? 特に何もないけど。
「多分大丈夫だよ?」
あたしが答えると、キリュウはホッとした表情になる。
「異世界からやって来た者がこの世界の大気に順応できぬこともあるのでな、お前に付けた首飾りには特殊な守りが施してあった。個体差があるようだが、念のためにと思ってな。お前は平気なようで安心した」
居場所がわかるようにって言ってたけど、あのチョーカーにはそんな理由もあったんだ?
最初からそれを言ってくれてたらもっと感謝できたのに。
……ううん、感謝されたいわけじゃなかったから言わなかったんだよね。恩を着せたくなかったから、あんな憎まれ口だったんだ。
あんなに最初の頃からあたしの心配をしてくれてた。
今更だけど、ありがとう――。
「それにしても、『天神の慈悲』を陛下がお使いにならないようにと、陛下にとって特別なお方である皇太后様と腹心のヤナギ様を同じ場所に集めたのに、二人して陛下を煽るし、あの時は焦ったよ」
クルスさんは大きく溜息をついた。それに対し、ヤナギさんはムッとして反論する。
「私にはキリュウ様の悲しみの深さが痛いほどに伝わったのだ。おそばに控えて来た私だからこそ、これ以上国を治めて頂きたいと言えはしないほどに」
いつもの調子に戻ったヤナギさんを、皇太后さんと一緒に解放されたアズミが苦笑しながら見つめていた。無事ならそれでいいというあたたかな眼差しだった。この二人もどうにかならないかなぁ。
皇太后さんもクスリと笑った。
「私もね。声は外に伝えられなかったけれど、私の想いは伝えたかった。だって、私は母親だもの。どんな時でも陛下の味方でいるわ」
そんな二人に、キリュウはこそばゆいような表情を見せた。うん、二人の気持ちが嬉しいんだね。
クルスさんはニコニコと笑ってあたしに言う。
「ずっと守り抜かれて来たこの国を、陛下は滅ぼそうとされた。それほどまでに君が大切なんだ。君はとても愛されてるんだね」
そう、みたい。
あたしはどう答えていいのかわからなくて、とりあえず照れていた。
すると、そんなあたしにクルスさんはハッキリと訊ねて来る。
「なのに、帰っちゃうの?」
う。
その場の空気が凍り付く。クルスさん、空気読んで!
そんなクルスさんをキリュウがたしなめる。
「クルス、これは私たちの決断だ。私はフウカが幸せに生きられるようにと手を離す。生きてさえいてくれれば多くは望まぬ」
どうしよう、泣きたくなって来た。
本心で言ってくれてるってわかるから。
すごく苦しんで別れたのに、あたしたち、もう一度あれをやらなくちゃいけないんだね。
あたしがしんみりしていると、少し離れた場所で呆然としていたユズキさんがうわ言みたいにうつむいて何かをつぶやいていた。
「――なんで? なんでなの? ねえ、どうして――」
なんとなく、黒いオーラが出てる。隣でクレハさんが心配そうにユズキさんに声をかけた。
「ユズキ、僕たちは自分のことしか見えていなかったのかも知れないね。だから、この手には何も残らなかった。でも、もし許しが与えられるのなら、これからやり直して――」
そんな声を、ユズキさんは大声で遮った。
「うるさいのよ! お兄様と一緒にしないで!!」
儚げな外見をヒステリックに歪ませてる。笑ってると可愛いのに、勿体ないな。
みんなユズキさんの扱いに困っている風だった。ただの一人を除いて。
ノギおにいちゃんはイラッとした顔をすると、ユズキさんに早足で歩み寄って首根っこを猫の子を持ち上げるようにしてつまんだ。
「ヒッ」
腕一本で吊るされたら、そりゃあびっくりするよね。ノギおにいちゃん短気だから、面倒くさくなったんだろうなぁ。
「ガタガタうるさいヤツだな。そんなにあのヒネクレ皇帝がよけりゃ、フゥが帰った後で傷心に付け入るなり好きにしろよ。――って、お前ちょっと世間狭いんじゃないのか? 男ならもっとマシなのいるだろ。趣味悪ぃ」
うん、何気にすっごいひどいこと言ってるよね。ノギおにいちゃんのヒトデナシ!
あたしはとっさにキリュウの腕にしがみ付いた。
趣味悪くて結構です!
でも、意外だったのはこの後のユズキさんの反応だった。吊るし上げられたままノギおにいちゃんを見下ろしていたけれど、不意にポッと顔を赤らめる。
「もっとマシなのがいるって、もしかして自分を見てほしいって意味かしら?」
「ん?」
ノギおにいちゃんは難しい顔をした。多分、意味がわからなかったんだろう。
まさかとは思うんだけどユズキさん、一途なのかと思ったら、実は惚れっぽいんじゃ……。
焦ったのはハトリおねえちゃんの方。
「だ、駄目だからね!!」
ははは。
まあ、大丈夫でしょ。
なんだかすごくほのぼのしたオチになっちゃったけど、キリュウに敵対したクレハさんとユズキさんにはそれ相応の罰があるのかな。ちらりとキリュウを見遣ると、キリュウはあたしに微笑んだ。
「あの二人の処遇は追々決める。罰は必要だ。けれど、どうすることが最良なのか慎重に考えたい」
「うん」
厳し過ぎる罰は嫌だな。反省してるなら、ほどほどがいい。
みんなが幸せになれる道があればいいな。
キリュウを助けて、国を豊かにして、みんなが穏やかに暮らしていける道があれば、あたしも嬉しい。
たとえ遠く離れていても――。




