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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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[66]チェックメイト

「キリュウ!!」


 テラスに着地すると同時に、あたしは一緒に飛んだイナミさんの手を離れ、大きく目を見開いているキリュウに向けて駆け出した。その首にしがみ付くようにしてキリュウに抱き付くと、キリュウもあたしの足が浮くくらいに力強く抱き締め返してくれた。苦しいなんて思わない。やっと会えたんだっていう実感が胸に湧いて息が詰まった。

 震えが伝わって来る。キリュウは耳もとで何度もあたしの名前を呼んでいた。


 お互いしか見えてなかったあたしたちだけど、その場にはたくさんの人がいた。

 あたしたちの他に、教主、クレハさんとユズキさん、クルスさんとヤナギさん、蔦の檻に入れられている皇太后さんとアズミさん。

 対峙する両勢力。分が悪いのはどっち?


「クルス」


 イナミさんが不意にクルスさんを呼んだ。クルスさんは痛め付けられて膝を折ったヤナギさんのそばに立ってる。クルスさんはいつものようににこりと微笑んだ。


「はいはい」


 何その緊張感のない返事。クルスさんはヤナギさんの腕をつかむとそのまま二人して消えた。かと思えば、あたしたちのすぐ隣に現れる。あたしはキリュウに抱き付いたままビクッと体を強張らせた。


「フゥ君、無事でよかった。君に何かあったらどうしようかと思って、これでも気が気じゃなかったんだよ」


 クルスさんは深々と息をついてぼやく。

 え? 何、どういうことなのこれ?


「なんだ、俺たちが信用できなかったのか?」


 吐き捨てるように言ったノギおにいちゃんに、クルスさんはあははと笑ってる。


「そんなこと言ってないじゃないかぁ。ノギ君とハトリちゃんのことは頼りにしてたさ」


 ノギおにいちゃんたちとクルスさんって面識があったの? 知らなかった。

 あたしがびっくりしていると、ハトリおねえちゃんがそっと言った。


「今回、あたしたちに協力を依頼したのはクルスさんなの。クルスさん自身は教団に傾いた振りをして、根元の教主を引きずり出す計画を立ててたのよ。クレハ様たちが教団に加担してしまったから、それがなければもっと簡単に落ち着いたはずなんだけどね」


 つまり、裏切った振りをしてたってこと?

 だったら最初から教えてくれてもよかったのに!


「イナミ様には事前に伝えておきましたが、陛下やヤナギ様には内緒にしたままでことを運んで申し訳ありませんでした。ただ、敵を欺くためには仕方がなかったということで」

「私まで共に欺くとは、いい度胸だ」


 と、キリュウは苦笑しつつ、それからパリンと音を立てて魔術を放った。その光は傷付いたヤナギさんを癒すための術だった。怪我が癒えたヤナギさんはスクッと立ち上がる。


「お前というやつは……」


 と、渋く髪をかき上げて溜息をつく。クルスさんは反省しているのかよくわからない調子で言った。


「ごめんなさい、でもこの状況、悪くないでしょ?」


 ヤナギさんに自分の懐からいくつかの宝石を手渡す。多分あれ、触媒だ。ヤナギさんはそれを受け取るとようやく微笑んだ。


「そうだな」


 クルスさんも眼鏡の奥の目を細めてにこりと笑う。


「僕は前宰相モーリの甥にして後任者。伯父に恥ずかしいことなんてできませんからね」


 そのひと言に、ハトリおねえちゃんがくしゃりと顔を歪めた。何か特別な思いでもあるのかも知れない。


「それに、皇帝である陛下が僕を選んで下さった。陛下の目に狂いがあるはずがございません」


 クルスさん、自分で言ったよ。キリュウは笑ってる。

 そういえば、クルスさんは最初から自分の信念に従って動いてるって言ってたね。こういうことだったんだ。

 キリュウはそれから、落ち着きと威厳のある口調で言った。


「……クレハ、ユズキ、まだ私に対し反旗を翻すつもりであるのなら、私も容赦はしないが?」


 ユズキさんはすごく傷付いた顔をした。――ううん、すでにしてた。

 キリュウの心がどうしても手に入らないってわかったから、悲しくて仕方ないんだと思う。

 好きって気持ちは自分たちにもどうにもできないことだから。

 クレハさんはあたしの姿をじっと見つめて、それから首を振った。


「僕はフゥが無事だったことが何より嬉しい。それ以上、何も望むことはないよ」

「クレハさん……」


 本当に心配してくれてたんだ。ちょっとだけ申し訳ない気持ちも湧く。

 クレハさんは苦笑した。そうして、大嫌いなはずのキリュウをまっすぐに見る。


「その冠が触媒だとはね。そんな重責を君は背負って生きているんだ。それは僕に勤まることではない。今はそう、はっきりとわかるから……」


 その言葉は何か吹っ切れたような清々しいものだった。

 もう、この二人に戦意はないみたい。そのことにあたしはホッと胸を撫で下ろす。

 さて、こうなると教主はどうするんだろ?


「クッ……」


 顔をしかめて自分の背後の皇太后さんとアズミさんが入れられている檻へ駆け寄る。人質にして逃げるつもりだ。

 でも、檻の中の皇太后さんは何故かにっこりと微笑んでいた。

 かと思ったら、突然内側から檻を破壊する強力な力が働いた。バァンと破裂音がして、キラキラと蔦の檻の欠片が周囲に舞う。自由になった皇太后さんとアズミさんが立ってるけど、人質にできるような弱々しさは微塵もない。皇太后さんは力に溢れてる。きっとクルスさんがこっそり事情を説明して触媒を渡しておいたんだろうね。


 まっすぐに厳しい目をして教主を見据えるキリュウに代わり、散々な目に遭ったヤナギさんが教主に歩み寄る。その怒りのオーラに教主はヒッと声を上げたけれど、逃げ道はない。四面楚歌ってこのこと?

 ヤナギさんは重低音で教主に向けて言った。


「身のほどを知らぬからこそ自滅するのだ。牢獄で悔いるがいい」


 その胸倉をつかんで締め上げる。ヤナギさんって魔術師にしては肉体派? 魔術を使うより普通に締めたよ。でも、手っ取り早くていいよね。教主は目を回して、とりあえずこの騒動は幕を閉じる。

 少しだけ後始末は残っているけどね。

 

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