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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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[65]天神の慈悲

『陛下、それだけはお止め下さい!』


 何か焦ったようなクルスさんの声がイナミさんの術を通して聞こえた。でも、キリュウは何も答えない。ハトリおねえちゃんは色を失くした顔でつぶやく。


「歴代皇帝が冠して来られたあの青い宝石は『天神の慈悲』って呼ばれる触媒なの。キリュウ様があれを解き放てば、この国は滅ぶ。キリュウ様ご本人がそう仰っていたわ」


 国が滅ぶ? キリュウが、滅ぼす。

 あんなに大切にしている国を?

 あたしは呆然としてしまった。そんなことってあるの?

 でも、イナミさんの深刻な顔がそれを裏付けてる。


「民を統べることができぬのなら、その手で滅ぼせ。その覚悟を冠と共に受け継いで、キリュウ様は国を守って来られた。だから、キリュウ様が絶望されてしまったら……」


 絶望してしまったのは、裏切られたから?

 あたしが死んだと思ったから?

 キリュウの苦しげな声がする。


『……私がもっと早くに決断していれば、こんなことになる前に帰してやれたのだ。私が守って来た国が、民が、フウカを――』


 悲しそうで、悔しそうで、身につまされる。

 ねえ、あたしは生きてるよ。ここにいるよ。

 でも、あたしの叫びはキリュウには届かない。


『クルス殿、皇帝は一体何をするつもりで――?』


 教主が不思議そうに訊ねている。もしかしなくてもそれは重要機密で、知っている人間は僅かなんじゃないかな。ノギおにいちゃんやセオさん、イルマさんは知らなかったみたいだし。


 どうしよう、どうしたらいい?

 あたしは緊張で冷えて行く体を感じながら頭を必死で働かせた。そして――。


「ハトリおねえちゃん、セオさん、あたしの声をキリュウに届けることはできない!?」


 イナミさんがやっていることの逆だ。できなくないんじゃないかって気付いた。

 二人は顔を見合わせてうなずく。


「それくらいならできるわ。そうね、やってみましょう!」


 そう言ってポシェットに手を突っ込んだハトリおねえちゃんだったけど、ノギおにいちゃんが難しい顔でつぶやく。


「ああなったキリュウがフゥの呼びかけを素直に受け入れるか? あいつひねくれてるから、自分を止めるために誰かが死んだフゥの声を真似てるって受け取るかも知れないぞ」


 うわぁ、ひねくれてるのは否定できないけど、それは困る!

 余計に拍車がかかったらどうしよう!

 そう思ったけれど、あたしはすぐに首を振った。

 ああ、大丈夫。キリュウなら気付いてくれるって思えた。


「大丈夫だよ。じゃあ、お願い」


 ハトリおねえちゃんは不安げにうなずくと、手にした触媒の羽根を握り締め、そこから光を発する。


「ウル・レテル・ソエル・ティーバ――」


 優しい声が詠唱する。あたしはその声を聞きながら呼吸を落ち着けた。

 大丈夫。何度もそう自分に言い聞かせる。

 さあ、あたしの声をキリュウに届けよう。


 高らかに、あたしは歌い始めた。

 キリュウの大好きなあの曲を。


 この世界でこの歌が歌えるのはあたしだけ。

 誰にも真似できない、あたしの歌。

 キリュウが望んだ安らぎ。

 あたしを感じて。

 心を旋律に乗せて、あたしの人生の中で最良の歌を歌うから。


 ――初めて出会った時は、なんて偉そうな人なんだろうって思った。

 全然優しくしてくれないし、扱いもひどかったよね?

 でも、キリュウがあたしに想いを寄せてくれて、そうしてあたしもキリュウのことが好きになった。


 今ならわかるよ。

 意地悪だって思ったけど、キリュウはいつだってあたしに構ってくれた。

 知らない世界にぽつりと一人。そんなあたしの孤独に寄り添ってくれた。

 お互いの孤独を埋めるように、惹かれ合った。


 ねえキリュウ、この歌は賛美歌って言って、神様をたたえる歌なんだよ?

 神様って、ここではキリュウのことなんだらおかしいよね。あたしはずっと、キリュウのことを大好きだって歌ってたんだから。


 キラキラと光の注ぐ空とどこまでも広く青い海に、伸びやかに高音を響かせる。その空を飛ぶ白い鳥みたいに、あたしの声は風に乗って広がって行く。

 想いのすべてを込めるあたしの歌に、魔術を展開するハトリおねえちゃんの目から涙がこぼれた。うっすらと緑がかった光の筋が、キリュウのいるテラスに虹のようにかかっている。

 そして。


『――フウカ?』


 キリュウの声がした。

 よかった、気付いてくれた。

 そうだよ、あたしはここにいる。無事なんだよ?

 再び、確かめるようにキリュウの声がさっきよりも強くなった。


『フウカ!!』


 いつも澄ましてて、偉そうで、平然としていた。人前で慌てたり取り乱したことなんてない。

 そんなキリュウが、声をからしてあたしの名前を呼んでくれる。その切ない声にあたしも涙が溢れた。

 歌い終えた余韻も何もない。あたしも大声で叫んでいた。


「キリュウ!! あたしはここにいるから、大丈夫だから!!」


 その途端に、パリンとひと際大きな音があたしたちの場所にまで聞こえた。その音は、キリュウが魔術を使う時によく鳴る音だった。あたしは一瞬ぎくりとしたけど、イルマさんがテラコッタの方を指さした。


「あれ、相殺結界が破られたんじゃないか? これなら翼石ウィングラピス直接飛べるぞ」


 イナミさんとハトリおねえちゃんも展開していた魔術を止めた。このタイミングを逃しちゃいけない。イナミさんは素早く漁村から来てくれた船頭さんに言った。


「ここまでで十分だ。後は引き返してくれ」

「は、はい」


 そうしてあたしたちは翼石ウィングラピスを使ってキリュウたちのいるテラスに乗り込むのだった。

 

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