[63]超特急
あたしたちは再び翼石を使用する。一気にテラコッタまで飛ぶつもりだった。
けれど――できなかった。イナミさんの高性能な翼石でさえ無反応だった。
「なんで!?」
あたしはイナミさんの腕にしがみ付いたまま叫んでいた。イナミさんは苦々しい面持ちで言う。
「どうやら向こうに魔術アイテムを無効にするための術式が張られている。高度な技だが、あちらにクレハ様が付かれているのなら可能だろう」
キリュウ相手なら通用しなくても、彼を援護しようとする人間が増えないようにってこと?
これ、想定外?
唖然としてしまったあたしだったけど、セオさんは冷静だった。
「それならばまず最も近い港に飛んで、そこから船を使いましょう。イナミ様やハトリの魔力があれば船の加速もできるはずです」
「うむ」
と、イナミさんはうなずく。イルマさんがぽそりと口を開いた。
「テラコッタの屋敷に一番近くて船が出せる場所といえば、オーカー村か?」
「そうね。あそこはテラコッタ領内の漁村だから、上手く行けばね」
セオさんもイルマさんに賛同する。
「じゃあとりあえず行くか」
ノギおにいちゃんがそう言って、真っ先に翼石をハトリおねえちゃんと一緒に発動させる。粉のような光がキラキラと輝き出した。今度は行ける!
あたしもイナミさんにくっついて飛ぶ心構えをした。
そうして、いつもの浮遊感が一気に押し寄せて来ると、次に目を開いた時には砂浜の上で、視界には海が広がっていた。べた付く潮風が髪に絡む。
漁村っていうだけあって船はたくさんあるけど、前に乗せてもらった豪華なものはない。一見すると、結構簡単な造りのものが多かった。
波の音が絶え間なく響くその場所で、あたしは砂に足を取られながら動いた。
「早く船を出してもらいましょう!」
「交渉は私がする。君はそこで待ちなさい」
イナミさんにスパンと言われててしまい、あたしは大人しく待つことになった。
宰相の一人であるイナミさんが一大事だって言うほどの事態だ。村の人が断るはずもなかった。交渉はあっさりと終わり、あたしたちには村で一番いい船を貸してもらえることになった。
漁船かと思ったら、ちょっと違った。その船はお祭とかの行事の時だけ走らせるんだって。
白い船体はきれいで、魚臭くもなさそうだった。尖った舳先がサメの頭みたいに見える。とにかく速そうだ。
「ありがとうございます!」
急ぐあたしたちを乗せてくれた船には、村長さんが同乗してくれた。操縦に詳しい人が必要だからってことで。怪魚の生息する外海へ出る船は、竜骨に怪魚避けの術を施してから造るんだって。この船もそう。
船は風を切り、波を切り、海原を進んで行く。走り始めてすぐにセオさんは持って来た触媒の中から何かを取り出した。
「セオさん?」
「船を加速させるための準備よ。はい、ハトリ。イナミ様も」
セオさんが二人に手渡したのは、七色に輝くトビウオのヒレのような形をしたものだった。セオさん自身も同じものを手にしている。
「少し飛ばすからね、しっかりつかまっていなさい」
三人はそれぞれに呼吸を合わせると、口々に呪文を唱える。同じ触媒を使っているけれど、呪文の言葉には個人差がある。呪文は触媒によって変わるみたいだけど、その魔術師に合った言葉がそれぞれ違うみたい。
その魔術を一番最初に発動させたのはイナミさんだった。さすがお偉いさんだ。光が船を包み込むように輝き出す。
そして、次にハトリおねえちゃん。イナミさんが作り出した光に同調するようにして術を展開する。
船は、海の上を滑るようにして進み出した。本当に、まるで氷上をスケート靴で滑ってるみたい。潮風が轟々と鳴って、耳が痛い。あたしは思わず目を閉じて船の縁にしがみ付いた。
でも、これなら早く着ける。ちょっとぐらい我慢しなきゃ。
あたしはそう思ったけど、甘かった。
だって、これで二人分。二人から遅れてセオさんの術が完成した。
そこからはもう、嵐に遭って遭難したみたいな心境だった。目まぐるしいなんて程度じゃない。気が遠くなったあたしの首根っこをノギおにいちゃんがつかんでた。
は、速いけどさ、ちょっとめちゃくちゃしすぎじゃない?
普通の女子高生のあたしには堪えられないんだってば。
目を回すあたしを気遣ってくれるでもなく、船は超高速でテラコッタの館を目指すのだった。
――キリュウ、大丈夫かな?
もう少し。もう少ししたら会えるよね。




