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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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[58]外海の底

 あたしの意識はしばらく飛んでいたんだと思う。ほんのしばらくのことだけど、曖昧になってた。

 岬の上から落ちて海へ投げ出されたあたしは、海面に叩き付けられる瞬間を覚悟して待った。そんな瞬間は来なくていいんだけど。


 でも、一瞬、体がふわりと持ち上げられたような感覚があった。

 あれ?

 そう思った刹那、やっぱりあたしは海に落ちた。でも、叩き付けられたというよりも飛び込んだという程度の衝撃だった。結構高いと思ったけど、そうでもなかったのかな?

 なんて余裕はすぐに消えた。


 海の水は冷たくはなかったけど、着ている服が水を吸って重たく張り付く。焦れば焦るほどにガボガボと空気を吐いてしまう。

 少しくらいなら泳げるはずだけど、少しくらい泳げたってなんにもならない。

 激しい波に翻弄されて、あたしのちっぽけな体は簡単に流される。なんとか開いた目には、明るい海の中が見えた。見たこともないような不思議な生き物たちがいる。カラフルで変な形の魚がいっぱい。それは幻想的な眺めだったけど、そんなのもうどうだってよくなった。


 海水を少し飲んでしまって、息が詰まる。体は無駄な抵抗を止めたのに一向に浮く気配がない。

 静かに沈んで行くばかりだ。

 こんな異世界の海の底があたしの死に場所なのかと思うと泣けて来た。


 死にたくない。

 助けてよ。

 お願いだから。

 あたしは閉じたままのまぶたの裏に浮かぶ顔に願った。


 そんな時、あたしの海の底へ沈み続ける体が急に引っ張られるみたいに動いた。ううん、落ちたって表現した方がいいのかな。本当にそんな感じだった。水の抵抗が一切なくなって、落ちた。

 でも、ここは海底だもん。そんなはずない。


 落下に似た感覚を味わいながら、あたしは目をきつく瞑り続けた。これって、もしかして、死んじゃったってことなのかな? なんて怖いことを考えてしまうと、その落下感が止まった。

 まるで人の腕に受け止められた感覚だった。


 あたしはむせて飲んでいた海水を吐いた。せきが止まらなくなって、苦しくて泣いた。ああ、こんなに苦しいならまだ生きてる。そう実感するには十分だった。

 それに、息ができる。海底だと思ったけど、違うのかな?

 体をよじったあたしを軽々と抱えていた腕の主はホッとため息をついた。


「なんとか生きてるな」


 その声には聞き覚えがあって、あたしはぐしゃぐしゃの顔を向けた。そこには明るい光が差し込む海の中で勝気に笑うノギおにいちゃんの顔があった。

 ただ、ノギおにいちゃんの体はうっすら白く光っていた。

 なんだろう、助けてくれたから後光が差して見える? ううん、後光じゃない。やっぱり、体全体が光ってる。


「ノギ……おにい……ちゃん?」


 恐る恐るあたしがつぶやくと、その傍らにはハトリおねえちゃんがいた。


「フゥちゃん、大変だったね。でも、助かってよかった……」


 大きな瞳を潤ませるハトリおねえちゃん。

 なんで、二人がいるんだろう?


「ここ、どこ?」


 あたしが泣きながらそう訊ねると、ノギおにいちゃんは平然と言った。


「海の底」

「海……息、できるよ?」

「ああ、できるようにシールドを張ってある」

「しーるど?」

「細かい説明は今度だ。まあ、俺の力は一般的な魔術師とは質の違うものだからな。大抵の魔術は俺には効かない。このシールドの内部にいれば安全とだけ言っておくか」


 よくわかんないけど、この状況はノギおにいちゃんが何かの力を使ってるみたい。だから光ってるのかな。それにしても、細身なのにあたしを軽々と抱き上げてる。こんなに力があるなんて、ちょっと意外……。


「岬の上で追い詰められてるフゥちゃんたちを見付けて、あたしたちはここに潜むことにしたの。察知されると厄介だから。でも、正解だったね」


 ハトリおねえちゃんがそんなことを言った。いくら教主やクレハさんたちでも海の中まで敵がいないかなんて探さないよね……。


「すぐに地上に戻るとまだあの連中がいるから、もうしばらくこのまま。フゥちゃん、もうちょっと辛抱してね」


 ハトリおねえちゃんはあたしを気遣ってくれる。あたしはそれを感じてうなずいた。


「でも、皇太后さんとアズミさんが……」


 すると、ノギおにいちゃんが言う。


「傷でも付けたら意味がないからな。無事だろ」


 確かに、そうなのかも知れない。

 でも、安心したかったけど、そんなに簡単にはできない。


「キリュウ、どうしてるの? ヤナギさんも、捕まって……クルスさんと、イナミさんは?」


 ぽろぽろと口をついて出る言葉に、ノギおにいちゃんとハトリおねえちゃんは顔を見合わせた。


「うん、早くキリュウ様のところにフゥちゃんを連れて行かなくちゃね。きっと、心配されているわ」


 今は家族のもとへ帰ることよりも再びキリュウに会うことの方が重要だった。

 ただ、あたしは疲れてぐったりと力が入らなかった。そんなあたしのすぐそばでノギおにいちゃんの声がする。


「これでいつかの借りは返せるかな」

「でも、まだこれからが肝心なの。早く治めなきゃね」

「教団が知らない俺たちの存在が切り札だからな。今のところはまだ後手じゃない」

「うん」


 二人が来てくれたことが、あたしにとってもすごく心強かった。


ノギたちの事情は前作『魔法のおしごと。』にて。



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