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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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[57]最期

 アズミさんだってか弱い女の人なのに、その細い背にずっとあたしを庇ってくれていた。でも、不意にクレハさんは服の下から一枚の鳥の羽根を取り出し、それを光へと変換して魔術を放った。

 キラキラと陽に輝く触媒の成れの果てが消える頃には、アズミさんの体は崩れ落ちていた。あたしはとっさにアズミさんを抱えようとしたけど、間に合わなくてへたり込んでしまう。


「ア、アズミさん!!」


 息はある。意識がないだけで……。


「眠らせただけだよ。心配は要らない」


 あたしを見下ろすクレハさんの表情は逆光になってよくわからなかった。でも、それがまた恐ろしかった。あの、最初に出会った時の陽気で優しげな笛の音が、今はもう遠い。

 教主は倒れたアズミさんの体をあたしから引き剥がした。


「止めてよ! アズミさんに触らないで!!」


 あたしが思い切り叫んでも、教主はお構いなしだった。


「別に危害は加えませんよ。用があるのはあなたたち二人だ」


 そうして、アズミさんを抱き上げると静観していたユズキさんに言う。その時の教主の冷たい声と瞳に思わずあたしは身震いした。


「ユズキ殿、()()()をよろしくお願いしますね」

「ええ」


 ユズキさんはにこりと天使のように微笑んだけれど、次の瞬間には冷ややかに顔を歪めた。


「叔母様は私の味方をして下さったことなんて一度もありませんでしたわ。叔母様のお言葉なら、陛下は聞き入れて私を選んで下さったかも知れないのに。そうしたら、こんなことにはならなかったのに」

「……私の言葉など、大した効力もありませんよ。もしあの子が本気であなたに心惹かれていたなら、どんな障害があろうともあなたを選んだはず。そうならなかったのは何故か、あなたは本当にわからないの?」


 皇太后さんはきっと怒っていたんだと思う。言葉がすごく厳しい。

 それをぶつけられたユズキさんはガラス細工みたいな目を見開いたかと思うと、髪に挿してあった大輪の花を抜き取った。そうして、その花を手に、歌うように口ずさむ。


「――レン・エザン・リーン・ナムド――」


 何の意味があるのか、あたしには全くわからない。でも、それが始まった瞬間に皇太后さんの顔が強張った。そこであたしもようやく気付く。あの花は触媒で、これはもしかして魔術を使うための呪文なの?

 キリュウやクレハさんは呪文なんて使わないけど、一般的にはこっちが普通なのかも。

 この呪文を止めなきゃって頭では思うけど、上手くは行かなかった。その呪文の完成はすごく早かった。


「――イン・ティアル!」


 無数の蔦がユズキさんの手もとから出現した。その蔦は意思を持っているみたいに皇太后さんに襲いかかる。


「!」


 顔を腕で庇うように動くのが精一杯で、皇太后さんはその蔦に絡め捕られてしまった。その蔦は球状の籠のように皇太后さんをすっぽりと収めるように完成した。その途端、ユズキさんの手にしていた花がサッと風化したみたいに崩れた。触媒の花は、細かく燃え尽きた灰のように風に散って行く。

 クレハさんの術は皇太后さんの力を封じたけど、ユズキさんには効果が及んでいないみたい。

 ユズキさんは満足げに微笑むと、皇太后さんを閉じ込めた籠を腕のひと振りで浮かせた。


「お見事です」


 教主がにやりと笑っている。ユズキさんも当然だと言わんばかりに笑った。


「さあ、兄様、早く行きましょう」

「ああ」


 クレハさんはやっぱり表情を浮かべていない。どこか虚ろな瞳をあたしに向ける。

 あたしは何とか立ち上がって後ろに下がった。でも、脚に何かが当たって振り返ると、それは柵だった。小高い岬では、この柵がないと海へ落ちてしまう。そう、この柵を越えたら海へ真っ逆さまだ。

 断崖に打ち付ける波の音と生まれては消える白い泡。あたしは下を見て足がすくんだ。

 そんなあたしに、クレハさんは優しげな声を出した。


「フゥ、そんなに怯えなくても大丈夫だから」


 何が大丈夫なのか、さっぱりわからない。だからあたしは首を振った。

 クレハさんは悲しそうに歩み寄るとあたしに手を伸ばす。思わず目を瞑った瞬間に、クレハさんの指があたしののどに触れた。

 あたしがビクリと体を震わせた次の瞬間に、キィンと硬質な音がしてクレハさんの手が離れた。


 何?

 恐る恐るまぶたを開くと、クレハさんの手にはチョーカーがあった。あたしがキリュウにはめられた、あの居所を察知することができるっていうやつだ。ずっと外すことができなかったのに、クレハさんの手にかかれば呆気なく外れた。金属部分がひしゃげている。どう見ても、力ずくで外したという風にしか見えない。

 あたしが愕然とそれに見入っていると、クレハさんは言った。


「これで君は自由だ」


 自由? 何それ……。

 あたしはキッとクレハさんを睨んだ。


「なんでこんなことするの! いくらキリュウのことが嫌いでも、やっていいことと悪いことの区別も付かないの!? クレハさんなんて大嫌い!!」


 言ってやった。遠慮なんかしなかった。

 キリュウを苦しめるクレハさんなんて嫌いだ。

 でも、クレハさんはあたしに熱っぽい視線を向ける。


「ねえ、君は異国の人間なんだろう?」

「え?」


 あたしはギクリとして動きを止めた。そんなあたしにクレハさんは更に言った。


「あの歌を聞いた瞬間に気付いたよ。君は、国に帰るつもりなんだね?」


 異国。外国ってこと。それが異世界だって、そこまでは気付かれてない。

 あたしはそのことに少しだけホッとした。


「……帰るよ。それが、あたしとキリュウの出した結論」


 その決断はすごく悲しくて苦しかったけど。

 そんなつらさはクレハさんには伝わらなかった。あたしを追い詰めるように一歩進む。

 後ろはもう柵ギリギリのところで、これ以上は下がれない。それでもあたしは上半身を仰け反らせるようにして距離を置こうとする。


「フゥ、キリュウは君を手放せる程度にしか想っていない。僕の方がよほど君を必要としているんだ」


 あたしはそのひと言に怒りしか湧かなかった。

 キリュウがあたしのためにしてくれた決断を、そんな風に言われたくない。


「クレハさんにはなんにもわかんないよ!」


 悔しくて、涙が溢れた。その涙を拭うつもりだったのか、クレハさんの手が伸びる。あたしはその手を思い切り振り払った。

 ただ、その動きがよくなかった。あたしが体重をかけていた木の柵が、ぼろりと壊れた。後ろに投げ出される中、あたしは何故か冷静に考えていた。

 ユズキさんの魔術のせいで柵が傷付いたんだ。


 とっさに伸ばしたクレハさんの手を、あたしは取らなかった。それだけは絶対に嫌だから。

 そんな意地を張るから、あたしの体は海に投げ出されることになってしまったけど、それでもどうしても嫌だったんだから仕方ない。

 痛いとか苦しいとか思う間もないといいな。

 だって、さすがに怖いよ。


 どうせ家族に会うことができないなら、最後までキリュウについていてあげればよかった。

 ごめんね、みんな。

 ごめんね、キリュウ――。

 

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