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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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[55]テラコッタ領主

 テラコッタ領地は、のどかな場所だった。もっと簡単に言うと、田舎だった。

 ローシェンナみたいな瀟洒な町並みじゃなくて、自然が豊かなところ。

 でも、すごくきれいで落ち着く。船を降りてすぐに感じたのはそれだった。


 ただ、その自然は薄青くて、一面雪化粧のように見えたけど、寒さはそんなに感じない。あの色は草木が持つ本来の色みたい。この世界はあたしにはまだまだ不思議がいっぱいだ。


 翼石ウィングラピスの使用ポートがすぐそばにあって、そこからあたしたちがお屋敷へと飛ぶのかなと思ったら、逆だった。その使用ポートから数人の人が現れた。

 どうやら、イナミさんは到着する前に連絡を入れたみたいだ。


 現れた中心人物が、キリュウの言う信頼の置ける相手なのだとしたら、あたしの想像とはまるで違った。

 その人は女性だった。それも、ものすごい美人。

 年齢は三十代のどこら辺かな? 年齢なんてどうでもいいって思えるくらいに美人なんだけど。

 編んで肩から前に垂らした銀髪と、ほっそりと上品な体付き。その体を包む控えめな輝きのマーメイドドレスがよく似合ってる。優しげな顔立ちなのに、どこか厳しさもある。

 そんな彼女に、イナミさんは頭を下げた。


 彼女が領主だとしても、イナミさんは宰相だ。そんなイナミさんが最大の敬意を払う人って……。


「お久しゅうございます、皇太后様」


 コータイゴーサマ。コータイゴーってどういう意味だったかなぁ?

 もっとちゃんと歴史の授業聴いておけばよかった……。

 アズミさんもかしずいた。あたしは呆然と不躾なくらいにそのコータイゴーさんを見ていたけど、さすがに駄目だと思ってアズミさんに倣った。ただ、すぐに柔らかい声がかかる。


「あなたが『フウカ』さんですね? 顔を上げてよく見せて下さいな」

「は、はい」


 あたしは言われるがままに顔を上げた。そこにはきれいな微笑がある。そして、あたしはやっと『皇太后』の意味を思い出したのだった。

 そう、この人はキリュウのお母さんだ。皇帝の母親だ。よく見れば、似てる。笑顔が特に。銀髪だってそうだ。

 皇太后さんはにこにことあたしを見る。


「可愛らしいお嬢さんでホッとしました。さあフウカさん、屋敷へご案内しますわ。どうぞ」


 と、ほっそりとした指があたしの手を取る。

 キリュウにお母さんがいたなんて、ちょっとびっくりした。そりゃあ、いてもおかしくないんだけど、一緒に住んでないから亡くなったのかな、くらいに思ってた。

 うわぁ、なんか緊張して来た。何を話したらいいんだろ……。


 焦るあたしの気持ちは皇太后さんには多分伝わってない。何かすごく嬉しそうにしてる。

 息子が初めて彼女を連れて来た時のお母さんって、こんなにウキウキしてるのかなぁ? それとはちょっと違うか。



 皇太后さんと翼石ウィングラピスを使って領主館の使用ポートにまで飛ぶ。

 そうして、イナミさんは抜かりなく報告を済ませると帰路に着くのだった。いつも怒られてばっかりだったイナミさんでも別れはつらくなった。船旅でちょっとだけ仲良くできたせいかな。


「イナミさん、今までありがとうございました。お元気で」


 ぺこりと頭を下げると、イナミさんは大きくうなずいて去った。アズミさんはあたしがここに滞在する間はついていてくれるみたい。それがありがたい。



 そうして、しばらくの間はここで匿ってもらうことになる。

 皇太后さんはさっそく庭園にあたしを連れ出してくれた。そこは水の楽園のようだった。

 段になった大きな噴水が設置されていて、その噴射が計算された方へ飛ぶ。陽を受けたその飛沫の煌きと虹色のプリズムがすごくきれいで見とれてしまった。静かに流れる水路のそばを歩きながら、皇太后さんは言う。


「あの子はとりあえず元気にしているのですね」


 キリュウは多忙だから、お母さんにさえあんまり頻繁に会えないんだ。そう思うとちょっと皇太后さんがかわいそうだった。だから、あたしは安心させてあげたいと思った。


「あ、はい。ちょっと大変そうなことになって疲れたりはしてましたけど、健康に過ごしてます」


 そう、と皇太后さんは小さくつぶやく。そうして、きれいな仕草で青い空を仰いだ。


「……私があの子と最後に会ったのは、もう八年も前になるのです」

「え?」


 八年?

 それって、キリュウが即位した頃じゃないの?

 まさか、皇帝になってから一度もお母さんに会ってなかったっていうの?

 そのまさかだった。


「あの子は皇帝として即位すると決意した時、人としてのぬくもり……親子としての絆とは距離を置いてしまったのです。皇帝は『神』であるのです。孤高の、唯一無二の存在。いかに幼くとも、親に甘えることは許されない。あの子なりにそう考えてのことでしたから、私が口出しすることなどできませんでした」


 キリュウはそうやって自分を追い込んで、逃げ込む場所を作らなかったんだ。そこまでしなくてもと思うよ。お母さんに寂しい思いさせて。……でも、それくらいの覚悟がなくちゃやっていけなかったのかな? キリュウは無理しすぎなんだよ。


 胸の辺りで手を握り締めるあたしに皇太后さんはそっと微笑んだ。


「ですから、そんなあの子が私に頼み事をして来たことが、こんな時に不謹慎ではありますが嬉しいのです」


 そっか。だからこんなに嬉しそうなんだ。

 それから、とどこか悪戯っぽく、魅力的な仕草で言う。


「あの子に、私に会わせたいほど大事なお嬢さんができたこともですね」


 キリュウ、皇太后さんにあたしを会わせたかったの?

 もう会えないけど、それでもあたしが特別だって言ってくれているみたいで胸が詰まった。


「これ以上そばにいることはできなかったけど、それでもあたしも大好きでした」


 皇太后さんにそんなことを言うのも恥ずかしいけれど、それが本心だから、自然と口からこぼれた。

 そんなあたしに、皇太后さんはくすぐったそうに笑ってうなずいてくれた。


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