[54]別れ
テラコッタ領地へは翼石を使えばすぐなんだけど、それを使用するとポートに痕跡が残るらしくって、力のある魔術師ならその人がどこへ向かったのかを読み取ることができるんだって。
だからあたしは船に乗ってそこまで行くことになってしまった。さすがに一人じゃ無理だ。
そこであたしを送ってくれることになったのは、なんとイナミさん。
ただ、さすがにあたしとイナミさんの二人旅は恐ろしすぎる。キリュウの配慮でそこにアズミさんを付けてくれた。アズミさんはあたしが異世界からやって来たとは知らない。ただ、物騒なのでテラコッタ領地に身を潜ませるとだけ伝えられたみたい。
でも、アズミさんはヤナギさんが心配で、いつもみたいな有能振りを発揮できていない。どこか落ち着きがなくて、本当にあたしが連れて行ってもいいものか逆に困ってしまう。
イナミさんも多分、キリュウのそばを離れたくない。なのに、キリュウに直々に指名されてしまって断れないんだ。うん、顔、コワイ。
ヤナギさんはまだ解放されないし、クルスさんもあれから姿を見せない。二人にはちゃんとした別れは告げられなかった。そのことがすごく心残りだったりする。
港までは翼石を使って行く。キリュウが送ってくれるって言うけど、本当は城を離れちゃいけないんじゃないのかな。
――少しでも長くそばにいてくれるのは嬉しいけど、別れはすぐそこ。
そうして、その時はやって来た。
港の潮風が頬をなでると、繋いだ手がはらりと離れる。
キリュウは笑顔を保っていた。笑ってあたしに言う。
「フウカ、その首飾りは外さずにおく。この世界にいるうちは必要なものだからな」
この、GPS付きみたいなチョーカーのこと?
そっか、これの気配が察知できなくなった時、あたしがこの世界からいなくなったってキリュウには伝わるんだ。
「こことは違い、お前が異世界に戻った時には簡単に外れるだろう。これには異世界でまで作用するほどの力は込めていないからな」
「うん……」
平気そうに笑ってる。でも、そのひと言ひと言があたしの心をえぐる。キリュウが悪いわけじゃない。つらいのは、お互いに仕方のないこと――。
「どうか、元気でな」
最後に、キリュウはあたしを抱き締めた。このあたたかい腕の中に戻ることはもうない。
そう思うと、やっぱり涙は止められなかった。離れたくないけど、でも、どうしても家族の悲しそうな顔が浮かんでしまう。
ごめんね。
大好きだよ。
あたしもそんな想いを込めてキリュウの背中に腕を回した。
イナミさんとアズミさんがいるのも気にならなかった。二人もどこか寂しげだったように思う。
いつまでも別れを惜しんでいる暇なんてない。キリュウにはやるべきことがたくさんある。
あたしは体を離すと言った。
「ヤナギさんたちによろしくね」
ノギおにいちゃんとハトリおねえちゃんにはまだ会う機会があるかなと思う。森のそばにいるんだから。
「ああ」
ヤナギさんはきっと大丈夫。だって、キリュウの片腕だもん。みんなで団結してすぐに教団なんて蹴散らして、また平穏な日々に戻るよね。
そう信じていいよね?
小さくて可愛らしい、でも頑丈そうな骨組みの帆船が用意されていた。これも魔術で動いているんだと思う。乗組員はすごく少ない。内緒だからかな。
波に揺れる船に乗り込み、その上からあたしは波止場のキリュウに向けて大きく手を振った。
「ねえ!」
遠い。これからもっと遠ざかる。
あたしは潮騒に消されてしまわないように声を張り上げた。
「あたし、ここへ来てよかった! キリュウに会えて、よかった!!」
キリュウは、優しく笑っていた。動き出した船を、いつまでもその場で見送ってくれていた。
お互いの姿が見えなくなるけれど、あたしはキリュウの想いを感じた。それはもとの世界に帰ってからも忘れることはない。
呆然と見えなくなった波止場の方角をいつまでも眺めるあたしの隣に、無言でイナミさんが立った。
丸いおなかをピンと張り、慰めてくれるでもないけれど隣にいる。あたしは思わずつぶやいた。
「ごめんなさい。ほんとはあたしを送り届けるなんて、そんな役どころは嫌ですよね。キリュウのそばにいたかったでしょ?」
すると、イナミさんは意外なことを口にした。
「いや、光栄だ」
「え?」
「あんなにもキリュウ様が大切に想われている君を私に託して下さったのだ。この信頼を光栄に思うよ」
それを聞いて、あたしは少しだけ安心した。
「キリュウもイナミさんがいてくれて幸せですよ、きっと」
そう言って笑うと、イナミさんは苦笑した。
「君もいればキリュウ様はもっと幸せに過ごされるのだが、それを言ってはいけないな」
あたしは何も言えない。
でも、イナミさんのキリュウを心配する気持ちは伝わった。
そうして船は、二日かけてテラコッタ領地へと向かった。船旅は快適だったけれど、心は重たい。
キリュウはどうしているのかな?




