表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/73

[54]別れ

 テラコッタ領地へは翼石ウィングラピスを使えばすぐなんだけど、それを使用するとポートに痕跡が残るらしくって、力のある魔術師ならその人がどこへ向かったのかを読み取ることができるんだって。

 だからあたしは船に乗ってそこまで行くことになってしまった。さすがに一人じゃ無理だ。


 そこであたしを送ってくれることになったのは、なんとイナミさん。

 ただ、さすがにあたしとイナミさんの二人旅は恐ろしすぎる。キリュウの配慮でそこにアズミさんを付けてくれた。アズミさんはあたしが異世界からやって来たとは知らない。ただ、物騒なのでテラコッタ領地に身を潜ませるとだけ伝えられたみたい。


 でも、アズミさんはヤナギさんが心配で、いつもみたいな有能振りを発揮できていない。どこか落ち着きがなくて、本当にあたしが連れて行ってもいいものか逆に困ってしまう。

 イナミさんも多分、キリュウのそばを離れたくない。なのに、キリュウに直々に指名されてしまって断れないんだ。うん、顔、コワイ。


 ヤナギさんはまだ解放されないし、クルスさんもあれから姿を見せない。二人にはちゃんとした別れは告げられなかった。そのことがすごく心残りだったりする。

 港までは翼石ウィングラピスを使って行く。キリュウが送ってくれるって言うけど、本当は城を離れちゃいけないんじゃないのかな。

 ――少しでも長くそばにいてくれるのは嬉しいけど、別れはすぐそこ。


 そうして、その時はやって来た。

 港の潮風が頬をなでると、繋いだ手がはらりと離れる。

 キリュウは笑顔を保っていた。笑ってあたしに言う。


「フウカ、その首飾りは外さずにおく。この世界にいるうちは必要なものだからな」


 この、GPS付きみたいなチョーカーのこと?

 そっか、これの気配が察知できなくなった時、あたしがこの世界からいなくなったってキリュウには伝わるんだ。


「こことは違い、お前が異世界に戻った時には簡単に外れるだろう。これには異世界でまで作用するほどの力は込めていないからな」

「うん……」


 平気そうに笑ってる。でも、そのひと言ひと言があたしの心をえぐる。キリュウが悪いわけじゃない。つらいのは、お互いに仕方のないこと――。


「どうか、元気でな」


 最後に、キリュウはあたしを抱き締めた。このあたたかい腕の中に戻ることはもうない。

 そう思うと、やっぱり涙は止められなかった。離れたくないけど、でも、どうしても家族の悲しそうな顔が浮かんでしまう。


 ごめんね。

 大好きだよ。


 あたしもそんな想いを込めてキリュウの背中に腕を回した。

 イナミさんとアズミさんがいるのも気にならなかった。二人もどこか寂しげだったように思う。

 いつまでも別れを惜しんでいる暇なんてない。キリュウにはやるべきことがたくさんある。

 あたしは体を離すと言った。


「ヤナギさんたちによろしくね」


 ノギおにいちゃんとハトリおねえちゃんにはまだ会う機会があるかなと思う。森のそばにいるんだから。


「ああ」


 ヤナギさんはきっと大丈夫。だって、キリュウの片腕だもん。みんなで団結してすぐに教団なんて蹴散らして、また平穏な日々に戻るよね。

 そう信じていいよね?



 小さくて可愛らしい、でも頑丈そうな骨組みの帆船が用意されていた。これも魔術で動いているんだと思う。乗組員はすごく少ない。内緒だからかな。

 波に揺れる船に乗り込み、その上からあたしは波止場のキリュウに向けて大きく手を振った。


「ねえ!」


 遠い。これからもっと遠ざかる。

 あたしは潮騒に消されてしまわないように声を張り上げた。


「あたし、ここへ来てよかった! キリュウに会えて、よかった!!」


 キリュウは、優しく笑っていた。動き出した船を、いつまでもその場で見送ってくれていた。

 お互いの姿が見えなくなるけれど、あたしはキリュウの想いを感じた。それはもとの世界に帰ってからも忘れることはない。



 呆然と見えなくなった波止場の方角をいつまでも眺めるあたしの隣に、無言でイナミさんが立った。

 丸いおなかをピンと張り、慰めてくれるでもないけれど隣にいる。あたしは思わずつぶやいた。


「ごめんなさい。ほんとはあたしを送り届けるなんて、そんな役どころは嫌ですよね。キリュウのそばにいたかったでしょ?」


 すると、イナミさんは意外なことを口にした。


「いや、光栄だ」

「え?」

「あんなにもキリュウ様が大切に想われている君を私に託して下さったのだ。この信頼を光栄に思うよ」


 それを聞いて、あたしは少しだけ安心した。


「キリュウもイナミさんがいてくれて幸せですよ、きっと」


 そう言って笑うと、イナミさんは苦笑した。


「君もいればキリュウ様はもっと幸せに過ごされるのだが、それを言ってはいけないな」


 あたしは何も言えない。

 でも、イナミさんのキリュウを心配する気持ちは伝わった。



 そうして船は、二日かけてテラコッタ領地へと向かった。船旅は快適だったけれど、心は重たい。

 キリュウはどうしているのかな?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ