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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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53/73

[53]鍵

 その後、城の中は大騒動だった。

 当たり前だよね。宰相のうちの一人、それもキリュウから最も信頼されているヤナギさんが不穏分子の教団と接触していたっていう疑惑で連れて行かれちゃったんだもん。

 取調室みたいなところかな? でも、取調べはクルスさんだし、ひどいことはしないと思うんだけど……。


 知らせを聞いたアズミさんも真っ青になってガタガタ震えちゃって、すごく具合が悪そうだった。あたしはキリュウに頼んでアズミさんを休ませてもらった。

 でも、心配だな……。


 なんだろう、これ。

 すごく嫌な流れができてる。

 キリュウは――もしかす、るとアズミさんよりもずっと不安なのかも知れない。

 それを表に出せる立場じゃないから平静を装って口を開かなかっただけで、平気なはずがない。


 ヤナギさんのことを信じているから、教団とのつながりなんて出ないと思ってる。けど、何か濡れ衣を更に着せられてしまう可能性がないとは言えない気もする。キリュウだって不安で、ヤナギさんが心配なはず。


 でも、ヤナギさんのことを考えるのなら尚更、キリュウはその教団をなんとかしなくちゃいけない。大もとを潰して力を示せば、ヤナギさんは解放されるんじゃないかな?

 あたしの考えは浅はかかも知れないけど。


 こんな状況下で、ただの女子高生のあたしにできることなんてそうそうないけど、せめてキリュウを支えることができたらいい。ヤナギさんもそれを望んでいるはずだから。



 あたしはその晩もキリュウの寝室で待っていた。

 あんなことがあったんだから当たり前だけど、キリュウの戻りは遅かった。

 深夜になって、それでも気持ちが昂っているせいか眠たくなかった。じっとしたままキリュウを待つ。

 どれくらいの時間そうしていたのかもわからないけれど、いつものように唐突にキリュウは現れた。


「あ!」


 あたしは立ち上がると、疲れた様子のキリュウに抱き付いた。ぎゅっと腕に力を込めて。

 そんなあたしの頭をキリュウの手が優しく撫でる。


「まだ起きていたのか」

「寝れないよ、こんな……っ」


 声を出すと感情が溢れて泣きそうになる。キリュウは寂しげに微笑んだ。


「これから私の身辺は少しばかり物騒なことになるだろう」

「っ……」


 だから、とキリュウはあたしの肩をつかんでそっと体を離すと、手もとに小さな小箱を出現させた。手を使わずにそのふたを開かせる。そうして、中から現れたのはキラキラと輝く鍵だった。鍵がふわりと浮かび上がると、キリュウはその箱を手から消した。そして、その鍵が繋がっている鎖をあたしの首にかける。


「何……?」


 あたしがつぶやくと、キリュウは穏やかな声で言った。


「異界の門へ続く、七宝の森の深部への鍵だ」


 異界の門。

 あたしの世界へ続く道。

 でも――それは二度と戻れない道になるのかな。

 くしゃりと顔を歪めたあたしを、今度はキリュウが抱き締めた。そうして、耳もとでささやく。


「お前を巻き込みたくはない。だから、ここまでだ」

「でも――」


 身じろぎしたけれど、キリュウの腕の力が強くて、その顔を覗き見ることができない。キリュウは更に言った。


「自分でもわかるのだ。お前を盾に取られたなら、私は思うように動けなくなる。それではいけないのだ」


 ああ、そうだ。あたしは足手まといになっちゃうんだ。

 キリュウがその抵抗勢力と戦おうとするのなら尚更、あたしはそばにいちゃいけない。

 そのことにあたしは愕然としたけど、キリュウはもう心を決めたみたいだった。


「ただ、ここからすぐにあの森へ行けば、異界の門の存在が教団の者共にも知れ渡るかも知れない。あの門の存在は最重要機密。やつらに覚られてはならない。だからまずは私のもとを離れ、安全な場所へ身を潜め、それから機を見計らって向かってほしいのだ」

「安全な場所?」


 キリュウがうなずく振動が伝わる。


「テラコッタ領地にある館――あそこは私の力の限りを尽くした結界を張ってある。七宝の森の深部への結界に次ぐ強度だ」


 そんなに強力な守りがあるなんて、そこは一体なんなのかな?

 キリュウにとってとても大切な場所のようだけど。キリュウはようやくあたしに顔を見せてくれた。


「そこには私が心より信頼する人物がいる。だから、あそこなら大丈夫だ」


 ヤナギさんたちの他にそんな人がいたなんて意外だった。

 でも、キリュウの顔に嘘はない。あたしを安心させるために言っているだけじゃないみたいだ。


「どんな人なの?」


 あたしがぽつりと訊ねるけど、キリュウはなんとなくごまかした。会って確認しろとでもいうのかな。


「――なあ、フウカ」


 大切に、キリュウはあたしの名前を呼んだ。


「何?」


 見上げた紫色の瞳は、言葉以上に多くのものを語っていた。


「今まで、ありがとう」


 そんな素直な言葉がキリュウの口からこぼれるなんて。

 皮肉のひとつも言えない。ハラハラと涙がこぼれてのどが詰まった。

 さよなら、と言えなかったのはお互い様だった。

 

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