[52]片腕
クレハさんとユズキさん。
王族でもある二人の失踪。
大々的な捜索が行われることになった。
ローシェンナのお屋敷では主人がいなくなって大変なことになっていたみたい。どうやら使用人の人たちは何も知らなくて、本当に突然二人はいなくなったんだって。
「そうなると、教団に拉致されたと考えるべきでしょうか?」
ヤナギさんは厳しい顔をして言った。
連日、執務室でそんなやり取りを交わしてる。限りある時間なのに、物騒な話ばっかりしなくちゃいけないのはあたしも悲しい。
今日はクルスさんがちょっと遅れてるみたいで、この場には二人の宰相しかいなかった。
あたしはこっそりとため息をつく。
こんな話ばっかりって、自分たちのことだけ考えてちゃいけないよね。
クレハさんとユズキさんのこともある。クレハさんは男の人だけど、ユズキさんはか弱い女の子だから余計に心配。
ユズキさんはキリュウが助けに来てくれるのを待ってるよね。
ズキリと胸がうずくのは、罪悪感かなんなのか、よくわかんない。キリュウの表情には必要以上に二人を心配する様子は見られなかった。
どちらかというと、教団のことやその対策に頭を悩ませているんじゃないかな。
キリュウはぼそりと言う。
「……クレハはプリマテス、ユズキはそれに次ぐホノレス、二人ともあれで優秀な魔術師だ。あの屋敷の庭は触媒となる植物で溢れ返っているというのに、そうそう不覚など取るものなのか……」
そのひと言にヤナギさんが眉を寄せた。
「不覚を取ったのでないとするならば、少々面倒なことになってしまいますが」
それって――。
あたしはぞくりと背筋が寒くなった。
「クレハさんたちが教団に協力してるってこと?」
口に出したあたしを咎めるようにイナミさんは厳しい声を出した。
「憶測でめったなことを言うものではない」
「ご、ごめんなさい」
そうだよね。うん、そんなはずないよね。
クレハさんは確かにキリュウと仲が悪かったけど、ユズキさんはキリュウのことが好きだった。キリュウにとって害になるようなことに協力したりしないと思う。
でも、だったらどうしていないの? って、頭のどこかで問いかける声があるけれど、あたしはそれを無視した。
だって、嫌だから。いくら仲が悪くたって、クレハさんたちはキリュウの親族だもん。争ってほしくない。
あたしが複雑な心境でその場にいると、不意に荒々しい足音が聞こえた。それも、複数。キリュウたちもいっそう険しい顔付きになった。
どうしようもなく怖くて、あたしは大きなノックの音に肩を跳ね上げてしまった。
「陛下、失礼致します」
クルスさんだ。
でも、今まで聞いたこともないくらいに鋭い響きのある声だった。そのことに、あたしは強く不安を感じた。そうして、その扉が開かれた瞬間に、その不安は確かなものになる。
「クルス?」
キリュウがつぶやく。
クルスさんの背後には何人もの人がいた。その人たちは兵士に見えた。この国は魔術師の国だけど、その人たちは剣を腰に下げている。軽装の魔術師らしき人もいたけれど、それよりも兵士らしい人の方が多い。その人たちはぞろぞろと室内へ入って来た。
「キリュウ様の御前で何を……」
思わずそう言ったのはヤナギさんだった。この状況を把握できている人はいない。キリュウも呆然と目を見開いている。イナミさんも難しい顔をして成り行きを見守っていた。
クルスさんはキリュウに一礼する。いつもの飄々とした雰囲気はどこにもなくて怖いくらいだった。
「陛下、残念なご報告がございます」
「どういう……ことだ?」
苦しげに言ったキリュウの前でクルスさんはヤナギさんに鋭く目を向けた。ヤナギさんはその視線を受けても不可解そうだった。
そうして、クルスさんはとんでもないことを言った。
「例の教団とヤナギ様らしき人物との接触が目撃されたのです。それ故、ヤナギ様の身柄を一時拘束させて頂きたく存じます」
「えぇ!!」
あたしが大声を上げても、誰もあたしの方には目もくれなかった。みんなの視線はひたすらにヤナギさんに向いている。
まさか。
ヤナギさんだよ? キリュウの一番の側近で、片腕なんだよ?
そんなこと、あるわけない。
そうは思うのに、思うだけではそれを証明できない。キリュウもそうだったんだと思う。
そんなはずはないって信じてるのに、信じているだけじゃ証拠がない。だから、苦しげに青ざめているだけだった。
「ヤナギ様、もしそれが間違いであり、嫌疑が晴れましたらいかようにもお詫び致します。ですから、ここは従って頂きたい。それがあなた様のためでもございます」
下手に逆らって拒否すれば、やましいんだって思われる。身の潔白を証明するには素直に従うしかないってこと?
「……身に覚えがないと言っても無駄だろうな。けれど、私はキリュウ様の臣であり、やましいことなど何ひとつない。それだけは誓って言える」
どくんどくん、とあたしの心臓がうるさく鳴って、脚がどうしようもなく震えた。
ヤナギさんの背筋を伸ばしたまっすぐな立ち姿が、恥じることなんてなんにもないって語ってるようにしか見えなかった。
クルスさんはキラリと光る眼鏡の奥の瞳を向け、ヤナギさんにうなずく。
「そうであって頂きたいものです。では、すべての触媒をこちらに」
ヤナギさんは逆らうことなく指輪や腕輪といった貴金属を外し始めた。あれは魔術を使うための触媒みたい。すべてを受け取ると、クルスさんは冷ややかに言った。
「確かに。さあ、参りましょうか」
兵士たちに囲まれたヤナギさんは、一度キリュウに顔を向けるとびっくりするくらい穏やかな声と笑顔で告げた。
「キリュウ様、しばらくおそばを離れますが、じきに戻ります。どうか、ご心配などなさいませんように」
その顔が嘘なわけない。なのに、クルスさんはわかってくれない。イナミさんもだ。
キリュウはやっぱり苦しげにうなずいた。
そうして、ヤナギさんは連れ去られ、残されたあたしたちは呆然とするばかりだった。
腹心のヤナギさんを引き離されたキリュウは、あたしが今までに見たどんな時よりも苦しげで、心もとなく感じられた。




