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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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50/73

[50]此処で

 その日の晩、あたしはキリュウの部屋を訪ねた。

 外出はもう禁止だから、部屋で大人しく歌を歌って話をして、それでいいかと思う。そんな時間もあたしたちには大切だから。


 カツンカツン、と扉を叩くけど返事はない。キリュウはまだ戻って来てないみたい。

 あたしはそっと扉を開く。中に入って待っていることにした。

 寝室に入ると、いつも目に付くのはベッドサイドの水晶の花。これに見とれていると時間を忘れてしまう。ここでキリュウを待っているのは苦じゃない。

 ベッドに腰かけて水晶の花を眺めていると、どれくらいか経ってキリュウの気配がした。


「あ、おかえり」


 笑ってキリュウを迎えると、あたしの隣に来た途端に抱き締められた。キリュウの顔は見えないけど、少し苦しかった。


「ちょっと痛いかな」


 正直にそう言って苦笑すると、キリュウは力を弱めてくれた。そうして、ようやく顔をあたしに向ける。その表情は切ない笑顔だった。


「こうして迎えてもらえるというのは嬉しいものだと思ってな」


 嬉しいけど、期限があるってわかっているから、同時に切なくもあるんだろうな。その笑顔と言葉に、あたしも胸がズキリと痛んだ。けれど、それを言っちゃいけない。今は楽しく過ごさなきゃ。


「うん、例の教団のことが落ち着くまでは危ないからもう外へは行けないけど、ここでできることもあるよね」


 精一杯明るく笑って言ったあたしに、キリュウはすごくびっくりした様子だった。


「ここで?」

「うん。喋ったり歌ったりできるよ」


 そう言った瞬間に、何故かキリュウの紫色の瞳が一瞬狭まった。なんで?


「フウカ」

「何?」

「自分のいる場所をよく見てからものを言え」


 ん?

 なんでだかキリュウの声が冷え冷えしてるような?

 首をかしげると、キリュウの指輪をはめた手があたしの肩に乗った。その手に力が込められ――その力に堪えられなかったあたしは後ろに倒れ込んだ。ベッドの柔らかさがあたしの体を受け止めてくれたから痛くはないけど――。

 目を白黒したあたしにキリュウの影が落ちる。キリュウはあたしに被さるような体勢で、どこか怒ったように言った。


「ベッドの上に乗って『ここでできること』などと言うのは誤解を招くにもほどがある」

「は?」


 え? それ、って、まさか――?

 顔は固まって動かなかったけど、あたしの頭はパニック状態に陥った。

 まさか……だよね?

 そんなあたしの髪を撫で、キリュウは甘くささやく。


「責任を取ってもらおうか?」


 ぞわ。

 全身にその感覚が駆け抜ける。


「え、あ、その……っ」


 慌てたあたしが力一杯目を瞑ると、何故かキリュウはクスクスと笑った。

 あ、からかわれた?

 あたしのドキドキを返せ!

 ムッとしてキリュウを押しのけようとすると、キリュウはぽつりと言った。


「別れが来ると知らぬままでいたなら、ためらわぬのだがな」


 と、あたしのまぶたにキスをするとそれからようやく体を起こした。

 すごく、胸が苦しかった。

 あたしを大切に想ってくれる気持ちが伝わるから。

 泣き出しそうになったあたしに驚いたようで、今度はキリュウの方が慌てた。


「そこまで怖かったか?」


 そう気遣うように優しく顔を覗き込んで来る。でも、そういう風にされるほど、あたしは苦しくて涙がこぼれ落ちそうになる。

 ごめんね、とかすれた声で言うと、キリュウは苦笑した。


「それはもう言うな」


 どんなに謝ったって、あたしにはどうにもできない。

 そんな謝罪は、キリュウだって聞くだけつらいのに。

 人を好きになるって、すごく幸せなことだけど、同時にこんなにも苦しい。


 あたしはもとの世界に戻って、キリュウを思い出にして、いつかは別の誰かと結婚したりするのかな。

 キリュウも、あたしのことは割り切って別の誰かを選ぶんだろう。

 なんで、そばにいるだけのことがこんなにも難しいの?

 そう思うと涙がこぼれて、その涙をキリュウが受け止めてくれた。


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