[49]とある報告
――これは、すごくきれいなお姉さんがもたらしてくれた情報だった。
そのお姉さんはセオさんっていう、触媒を専門に扱う仲買人なんだって。
二十代半ばくらいかな? 長身でね、スリットから覗く脚が長くてきれい。アップにした髪形だからうなじの辺りとか色っぽいな。
って、セオさんの外見の話はとりあえず置いておこうかな、キリがないし。そのセオさんは町でお店を構えていて、いろんな人が出入りするからものすごく早耳みたい。
何か気になることがあるとすぐにこうして知らせに来てくれるんだって。そういう信頼関係があるから、キリュウたちもセオさんを通して触媒を仕入れることが多いらしい。
現段階であんまりことを大きくしたくないみたいで、キリュウは人払いをした。謁見の間じゃなくて執務室の方に三宰相を集めて、それから何故かそこにあたしを呼んだんだ。
「『神』を崇拝する一団の存在が確認されたと?」
キリュウは堂々と重厚な机と椅子に座りながらそう言った。あたしにはその言葉の持つ意味が正確にはわからなかったけれど、三宰相は驚きを隠せなかった。
「なんと……」
イナミさんは言葉を失ってる。ヤナギさんとクルスさんも無言でその先を待っていた。そこでキリュウに促されたセオさんが口を開く。
「『触媒屋』である私の弟が遭遇したと言うのです。その一団は、口々に自らが信奉する神を称え、祈りを捧げていたそうなのです。その中には魔術師も多かったらしく、一人で行動していた弟はその祈りを聞いてしまった以上、見付からずにそこを抜け出すことしかできなかったと言っていました」
『触媒屋』確かノギおにいちゃんもそうだった。魔法のもとの触媒を集める仕事だよね?
申し訳なさそうに言うセオさんだったけど、キリュウはそっとかぶりを振った。
「身重の妻が待つ身だ。それも仕方なかろう」
あれ? キリュウはセオさんの弟さんと知り合いなんだ?
「ありがとうございます」
と、セオさんは深々と頭を下げた。キリュウは、少し考え込むような仕草をする。
「祈り、か。まあ、私への呪詛だろうか」
「呪詛!?」
あたしは思わず大声で叫んでしまった。そんなあたしに、ヤナギさんが気遣わしげに言う。
「キリュウ様が唯一の『神』である以上、他は並び立たぬ。そやつらはキリュウ様を排斥するために活動しているのだ」
不安げな目を向けたあたしに、キリュウは優しく微笑む。
「そんな顔をするな。その程度のものを退けられぬ私ではない」
そうだよね。
キリュウは誰よりも強い魔力を持っている魔術師で、皇帝だ。
心配なんてなんにも要らない。
不安を吹き飛ばすように、あたしも笑って返した。
「うん。そうだよね」
「ああ」
あたしに向ける穏やかなキリュウの表情に、イナミさんやセオさんは目を瞬かせていた。普段が偉そうだからだよ、きっと。
「そうなると、取り締まらなければなりませんね。調査に力を入れましょう。えっと、弟さんがその団体に遭遇したのはどこ?」
クルスさんに訊ねられ、セオさんは赤い唇ではっきりと答えた。
「バーント山麓の小さな祠だったそうです」
「そうか。すぐに手を打つよ」
宰相の中では一番下っ端だからか、クルスさんが率先して動いた。慌しく部屋を出て行く。
「なんとも愚かしい、忘恩の輩めがっ!」
イナミさんの苛立たしげな声が室内に響く。
忘恩って、キリュウのお陰で平和な毎日があるのに、それを認めずに不満をぶつけるってことかな。
他の神様ってなんだろ。
生きた別の人間? それとも、あたしたちの世界みたいに目に見えない存在?
その人たちはキリュウを退けてどうしたいんだろ。
この国は過ごしやすい場所なのに、何がいけないんだろ?
人間、不満を持たずに生きて行くことができないから、平和なら平和なりに何かを言うんだろうけど、それじゃあ一生懸命に国を保っているキリュウがかわいそうだ。
何も知らないでそんな風に騒ぎ立てて――。
イナミさんに同調してしまったみたいにあたしもフツフツと、見たこともない相手に怒りを感じるのだった。
そうして、いくつかの対策を練った後、みんな部屋を出て行った。最後に残ったのはあたしとキリュウとヤナギさんだ。
「……このような状態ですから、外出は控えて頂かなくてはなりません」
ヤナギさんが苦々しい口調で言う。キリュウもうなずくしかなかった。
「ああ、わかっている」
仕方ないよ。あたしだってキリュウに何かあったら嫌だし、落ち着くまでは――。
そう考えて寂しくなった。
それが落ち着く頃には、あたしはここに、キリュウの隣にはいないのかも知れない。




