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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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[47]夜空の下で

 その日、あたしは朝から落ち着かなかった。

 ……だって、ねえ。

 ほんとかな? ほんとに出かけるのかな?

 まあ、パッと行ってパッと帰って来れるから、長居さえしなきゃ大丈夫なのかも知れないけど。


 掃除をしながらも、心ここにあらずだった。同じ場所をひたすら拭いているだけって状態が何度かあって、アズミさんに注意されちゃった。

 しょんぼりとしつつ、いつもよりも疲れてあたしは部屋に戻る。


 そうして、あたしはとりあえず自分の姿を鏡に映してみた。

 メイド服なんだけど、このままじゃ駄目かな? 一応着替えて待とうかな?

 以前用意してもらったワンピースの一着をクローゼットから選び取る。水色のやつだ。

 幸か不幸か、迷うほど数はない。

 着替えて、それから髪を手ぐしで整える。――これでいいかな?


 そうしてあたしは何かをするでもなく、そわそわと部屋の中で待った。立ち上がって歩いてみたり、ベッドに腰かけてみたり。

 キリュウは明日の晩としか言わなかった。具体的な時間はよくわからない。

 だからあたしは、今か今かと待つしかなかった。でも――。


 もうすぐ()()じゃなくなるよ。遅いよ。

 あたしはベッドの上に身を投げ出してまぶたを閉じた。

 キリュウは忙しい人だから、体が空かなかったんだ。もともと口約束だし、やっぱり無理だから今度って思ってるのかも。……うん、仕方ないよ。


 仕方ないって頭じゃわかってるのに、なんでだか胸が苦しかった。

 今日一日、ずっとそのことばかり考えてて、いそいそと着替えたあたしってバカかも知れない。そんな風に思えて、目の奥がじわりと熱くなった。

 そんな時、どこからともなく声がした。


「すまない、遅くなった」


 間違いなく、それはキリュウの声だった。あたしは飛び起きるとキリュウに大きく見開いた目を向けた。


「来て……くれたんだ?」


 ぽつりとつぶやくと、キリュウはばつが悪そうに言った。


「遅れて悪かったが、誘ったのは私だ。皇帝である私の言葉に二言があってはならない」


 その生真面目さに苦笑してしまった。


「相手があたしでも?」

「当たり前だ。お前も私の言葉を信じたからこそ、そうして着替えて待っていたのだろう?」


 どうしよう、すごく嬉しい。

 だから、あたしは素直に気持ちを乗せて微笑んだ。


「うん」


 キリュウも柔らかく微笑んで手を差し出した。


「さあ、行くぞ」


 あたしは大きくうなずいてその手を取った。そして――。



 キリュウが選んだ場所は、何もない野原だった。小さく可憐な花は咲いているけど、こういう場所には昼間に来た方がよかったんじゃないかって思える。

 ただ、キリュウはその野原にある大岩の上に座り込んだ。そして、あたしの手を引いて隣に座らせる。


「遮蔽物が何もない場所で見上げる夜空が好きなのだ。フウカにも見せてやろうと思ってな」


 この言い方だと、もしかして時々抜け出してこうして夜空を見上げていたのかな?

 仰いだ夜空には宝石のような煌きがある。満天の星屑。

 あたしの住んでいた町も田舎だけど、それ以上に星々は力強く輝いている。もうすぐ日付が変わる頃なのに、すごく明るく感じられた。

 息を飲むほどにきれいな光景。確かにこのパノラマは一人で眺めるには勿体ないものかも知れない。


「ありがとう」


 あたしはキリュウから顔をそらしてつぶやいた。暗くて見えないかも知れないけど、多分顔が赤いから至近距離が恥ずかしかった。

 ひらりと岩の上から降りると、草の上に着地する。不思議そうにしているキリュウに向かって、あたしは大きく腕を広げ、深く息を吸うと歌い始めた。

 星屑のきれいな夜空の下、あたしの歌に耳を傾けるキリュウは満足げな微笑を浮かべていた。

 その表情に、あたしも心が満たされた。

 想いが熱く、歌へと溶けて行く。それは幸せな瞬間だった。


 あたしが歌い終えてひと息つくと、キリュウも大岩の上から軽やかに降りた。そうして、あたしの方へ歩み寄る。伸ばされた手が、あたしの頬に触れる。


「フウカ」


 甘い響きであたしを呼ぶ。

 最初は、みんなみたいに『フゥ』って呼んでくれないことが嫌だったけど、今ではみんなと違う呼び方をするキリュウが特別だった。


「夏の季節が終わったら……」


 突然、キリュウはそんなことをささやく。


「え?」


 あたしがキリュウを見上げると、キリュウは少し寂しげな目をしてあたしを見つめていた。


「その時こそ、お前を七宝の森の奥地へ――異界の門を潜る許可を与えよう」


 異界の門。

 あたしの世界へ続く場所。

 どくり、と胸が大きく鳴った。


「夏が終わったら?」


 耳にした言葉が信じられなくて、あたしは呆然とつぶやいた。キリュウは苦笑気味にうなずいた。


「そうだ。秋になったら帰してやる」


 今は春の終わりだから、この国でいえば、後三ヶ月? ――すぐ、そこだよ。


「いいの?」


 そう問い返したあたしは、きっと泣きそうな顔だった。体のいろんなところが締め付けられたみたいに痛い。

 いいのかなんて、ほんとは訊ねちゃいけなかった。キリュウは悲しそうだ。


「駄目だと言って残ってくれるお前ではないだろう? お前はこうして私に癒しを与えてくれた。対価としてはこれ以上ないほどにな。……こうしてしっかりと口に出して時期を定めておかないと、私も決意が鈍るのだ」


 約束は絶対だと聞いたばかり。キリュウは本気なんだ。

 これ以上キリュウの顔を見つめていると、あたしは取り返しの付かないことを口にしてしまいそうだった。だから、無言でキリュウの背中に腕を回して胸に顔を埋めた。

 それでも、涙が滲んだあたしの顔を自分の方に向けさせ、キリュウは壊れ物を扱うようにそっと二度目のキスをした。

 

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