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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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[46]ふたりの時間

 その翌日のこと。執務室の掃除をしていたあたしの前に、突然キリュウが現れた。


「ふあっ!」


 急に湧いて出るから変な声を出してしまった。けど、アズミさんは動じない。完璧な姿勢でお辞儀をしてた。


「ど、どうしたの?」


 執務室の掃除は、キリュウが使わない時間帯を狙っている。だから、ここにキリュウが現れたのは不自然なことだ。あたしがあれこれ考えてると、キリュウはぽそりとどこか言いづらそうにつぶやく。


「フウカは甘いものは好きか?」

「へ?」


 あんまりにも唐突に言うから、あたしはまた変な声を出してしまった。


「うん、まあ好きだけど?」


 とりあえずそう答えると、キリュウは何かホッとしたような気の抜けた笑みを見せた。初めて見るその無防備な笑顔に、思わずどきりとしてしまう。


「そうか」


 短く言うと、キリュウはさっさと光を振り撒いて行ってしまった。……なんだったんだろう?

 まさか、あれだけを訊きに、忙しい仕事の合間に抜け出して来たりするんだろうか。



 結論。

 するらしい。

 そのことがわかったのは、その日の晩のことだった。あたしが一応歌を聞かせにキリュウの部屋へ向かうと、キリュウはどうやら待ち構えていたようで、何か嬉しそうに振り返った。


「フウカ、菓子を用意させた。食べないか?」


 お菓子。

 テーブルの上には繊細で芸術的なティーセットが広げられ、湯気の立つ紅茶もすでに注がれていた。

 バスケットに盛られた焼き菓子の数々。添えられた生クリーム。プディングにフルーツポンチ。


 うわぁ、美味しそう!

 お、美味しそうなんですけど、今何時だと思ってる?

 就寝前の女の子に甘いものを勧めるなんて、悪魔だ!


 あたしは思わず怯んだけど、キリュウは何かとても嬉しそうにしていた。……昼間、あたしが甘いものが好きって言ったから? わざわざ用意させたの?

 二人でいられる時間は夜しかないから、これって仕方がないのかな?

 ちょっとズレてる気がするけど、怒れないし、断れもしなかった。あたしは思わず苦笑してしまう。


「こんなにたくさん食べ切れないね。でも、ありがと」


 キリュウなりにあたしを喜ばせようとしてくれたのかと思うと、ちょっと嬉しかった。太ったらもちろん恨むけどね。

 ん、と小さく返事をしたキリュウは先に席に着く。あたしもその向かいに座った。


 トングで焼き菓子を取り分けるキリュウは、ウキウキと嬉しそうに見える。どのお菓子がどういう味か、異世界から来たあたしの予想通りかはわからないけど、見た目はカップケーキみたいなものを選んだ。表面に輪切りのオレンジっぽいものが乗っていて、ジャムが塗ってあるのかツヤツヤしてる。匂いは普通にあたしの世界と変わらない味がするんじゃないかなって思えたけど。


 フォークで切り取って、ぱくりと一口。うん、美味しい。

 あたしが普段食べて来たお菓子と違いがあるとしたら、ほんの少し。例えるなら外国のパティシエが作ったって程度の違和感。日本人の舌に合わせたお菓子じゃなくて、もう少し甘みが強いかな。


「うん、美味しいよ」


 あたしが笑って返すと、キリュウも微笑んだ。


「そうか。それはよかった」


 ん?

 キリュウの手もと、お皿の上にすごくたくさんのお菓子が乗ってる。


「キリュウも甘いもの好きなんだ?」


 あたしがそう訊ねると、キリュウは一瞬返事をためらった風に思う。

 あ、子供っぽいとか皇帝らしくないとか言われると思ってる?

 それが先に読めてしまったから、あたしは笑ってしまった。


「あたしの世界じゃ、甘いの好きな男の子って喜ばれるんだよ?」

「そ、そうなのか?」


 きょとんとした顔が何か可愛かった。


「うん、だって、デートの時に一緒に甘いもの食べに行けるから」

「デート?」


 キリュウには馴染みのない単語だったみたい。


「えっと、男女二人でお出かけすること」

「二人で? 場所はどこでもいいのか?」

「うん、買い物したり、美味しいものを食べたり、きれいな景色を見に行ったり、色々だよ」

「あの時、ローシェンナの町に二人で出かけたが、あれもそうか?」


 確かにそうかも知れないけど、何か違うような気もする。


「あの時はキリュウ、ノギおにいちゃんの姿になってたよね。ちょっとピンと来ないなぁ」


 思わずあたしが苦笑すると、キリュウは難しい顔になった。だからあたしはフォローするように付け足す。


「キリュウは有名人だから、そのままの姿じゃ出かけられないよね」


 だから、仕方がないと思う――ってなんだろう、芸能人とでも付き合ってるみたいな心境……。

 そんなことを考えていると、キリュウは柔らかく微笑んだ。


「よし、では明日の晩に『デート』に行こう」

「え?」


 戸惑うあたしに、キリュウは強引なまでに決定するのだった。


「そうしよう」


 ――いいのかな?


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