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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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[45]お互いの大事なもの

 それならば距離を置くべきだとヤナギさんは言った。


「このままもう、顔も合わさぬように」

「え?」

「キリュウ様が決断された時、門の鍵は私が届けよう。君の住まいと身の回りの世話をする者は付けるので心配は要らない」


 ヤナギさんは話を先へ先へと進めて行く。あたしはその勢いに呆然としてしまった。

 キリュウにも言われた。もう少しもすぐにも同じだって。

 あたしは――。

 あたしは――――。


 ぼろりとこぼれた涙を、あたしは客観的に思った。なんで泣いてるの? って。

 けど、ヤナギさんは少しも動揺してなかった。

 わかり切っていた結果を見た、ヤナギさんの様子はそんな風に感じられた。ヤナギさんの声は優しい。優しく問う。


「君が帰りたいと願うのは、家族や友人に会いたいからだったな」


 あたしはこくりと無言でうなずいた。目を押えて涙を止めようとがんばる。

 そんなあたしに、ヤナギさんは言った。


「君は自分ではなく他の誰かを優先する。家族や友人を捨てられない、自分がいなくなることで悲しい思いをさせたくない。そうした気持ちを持つ君だからこそ、キリュウ様も特別に想われた。ただ、君自身の気持ちはどうなのだ? もし、なんのしがらみもなく、何も持たないただの一人であったなら、君はどうした?」


 残された家族や友達のことを考えないとしたら?

 自分の気持ちだけを優先して生きるなら――あたしにとって、キリュウは……。

 ギュ、と胸の辺りを押えて更に強く目を瞑った。

 このひと言を吐き出してしまってはいけないと思ったから。

 でも、ヤナギさんはその言葉を言わせたいんだと思う。ヤナギさんが口を開いたような気配を感じた。ただ、その時同時にその場の空気が変わった。風が吹いた。


 髪を押えてまぶたを開くと、そこには距離を置いてキリュウが立っていた。

 この状況を見て、キリュウはすぐにあたしとヤナギさんの会話の内容を察したんだと思う。少し切ない顔をして言った。


「ヤナギ、あまりフウカを困らせるな」


 そんな風に言われると、余計に胸が痛い。


「……差し出た真似を致しました」


 ヤナギさんはそう言って一礼したけど、後悔なんてしてないと思う。キリュウに叱られても、キリュウのためになることならやってのけるんじゃないのかな。

 それをわかっているから、キリュウはため息をついただけだった。


 ヤナギさんはあたしたちを残してその場を去る。取り残されたあたしたちはどうしたらいいの?

 あたしは込み上げる感情のせいで顔を歪めて、かすれた涙声をしぼり出した。本当は、もっとちゃんと、毅然と話したかったのに。


「自分のことだけ考えてればいいなら、あたしだってここにいるって言ってあげたい。でも、家族のことを考えたら、やっぱりできないの」


 お兄ちゃんが上京しただけで家の中は寂しくなった。お父さんの出張の間も落ち着かない。

 家族が欠けるのは大嫌いだ。そんな風に感じて来たあたしが、家族のこと見捨てるなんてできない。


 あたしの気持ちは、キリュウに傾いてる。

 別れを意識すればする程に、それを感じてしまう。

 キリュウは何故か、驚くくらい柔らかく、労わるように微笑んだ。


「そうだな。私もすべて捨ててお前と共に異世界に行けるかと問われるならば、行けぬと答えるだろう。私には守るべき民がいる。お前には家族がいる。永遠は夢のまた夢でしかない」


 ほんとだ。捨てられないものがあるのはお互い様だった。

 キリュウはふいに、ただ、とつぶやいて歩み出した。一歩ずつ、確実に距離を縮め、あたしの前に立った。そうして、見上げるあたしに言う。


「お前がそうして私を想う気持ちを持ってくれるのならば、先に別れが待つとしても私は少しくらいは救われた気になれる」

「え……」


 指輪のはまった長い指が、あたしの髪を撫でた。そして、力強く引き寄せられる。


「避けてばかりいた私が言うのもおかしな話だが、負の感情ばかりに囚われて、残された時を無為に過ごすのではあまりにも勿体ないのではないか?」


 耳もとでささやく声にぞくりとした。


「これからは、お前と楽しく過ごしたい。もっと歌を聴かせて、可能な限りはそばにいてほしい」


 そうしたら、別れはいっそうつらくなる。

 楽しい時間に区切りは付けられない。もういいなんて思えない。

 家族を捨てられないと思うように、今度はキリュウを独りにできないと思ってしまうのかも知れない。

 でも、キリュウの願いごとはあんまりにもささやかで、あたしが叶えられるギリギリのことだ。

 だから、嫌だなんて言えない。


「うん……」


 顔も見ないまま、あたしはキリュウの腕に触れて小さくつぶやいた。たったそれだけのことだったのに、キリュウはあたしを抱き締める腕に更に力を込めた。


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