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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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[44]遠い人

 ヤナギさんに促されるまま、あたしは一緒に庭園に出た。だって、他に行くところないもんね。

 てくてくと歩く。ヤナギさんは足が長いけど、あたしに合わせてくれているから置いて行かれることはない。

 すれ違う人たちが立ち止まってヤナギさんに頭を下げて行く。それに軽く答えながら、ヤナギさんは人気ひとけのないところを探してた。聞かれたくない話なのはすぐにわかった。


 あたしとヤナギさんの共通の話題なんてそんなにないんだから、キリュウのことだ。

 ヤナギさんにまでキリュウ様を弄ばないでもらいたいとか言われたらどうしよう。さすがにそれは落ち込むなぁ。

 あたしが歩きながら思わずため息をつくと、ヤナギさんは庭園の垣根の裏の辺りでぽつりと切り出した。


「君も察しているとは思うが、話というのはキリュウ様のことだ」


 ほら来た。やっぱりだ。


「はい……」


 もう一度ため息をついて肩を落とすと、ヤナギさんは困ったように眉を寄せて、それから静かに言った。


「……君に知っていてもらいたいと思ったのは、私の独断だ。だから、この話はキリュウ様には内密にな」

「え? そうなんですか?」

「ああ」


 なんだろ。ドキドキする。

 ヤナギさんはあたしではなくて正面に目を向けたままで言った。


「過去に、キリュウ様には想い人がおられた」


 ドク、と心臓が強く打った。

 知ってる。時々、その影を感じるから、知ってるよ。

 でも、どんな人だったのかまでは知らない。


「だが、彼女は異界の門を潜り、今はすでにこの地にいないのだ」

「異界の門? その人は、あたしと同じで――」


 思わず呆然とつぶやいたあたしに、ヤナギさんは苦笑する。


「この世界では異質で孤独な存在。キリュウ様はそうした相手に惹かれてしまうところがある」


 心細くて頼りない、そうした相手だから、守ろうとして寄り添ってしまうのかな。手を差し伸べて、気付けば深みにはまってしまってる。


「キリュウ様は、彼女が再びこの国を訪れる時を待っていた」


 その言葉は、欠けてたパズルのピースみたいなものだった。

 最初の出会い――ノギおにいちゃんの家で、あたしはキリュウに出会った。けど、あの時ノギおにいちゃんはなんて言った? 残念ながら、今回来たのはこいつだってキリュウに言ってた。

 つまり、その待っていた人だと思って迎えに来たんだ。


 あたしがあんまりにもぼうっとしてリアクションがないからか、ヤナギさんの声は少し焦っていた。


「ただ、誤解されては困るのだが、あれはキリュウ様の完全な片恋――いや、恋ですらない執着だったのではないかと私は思う」


 片思い。相手にされなかったってこと?


「その人には別の誰かがいたんですか?」


 恐る恐る訊ねると、ヤナギさんは優しくうなずいた。


「そうだ。彼女の心には別の男性がいた。彼女にとって優先すべきは別のことであったのだ」


 それは仕方がないこと。でも、見向きもされなかったなんて、キリュウもちょっとだけ可哀想かも。

 ユズキさんじゃない、キリュウのお妃候補の人だったっけ?

 あれ? 違ったっけ?

 よくわからなくなって来た。そんなこと、どうでもいいや。

 でも――。


「皇帝でも手に入れられないものがあるんですね」


 人の心は権力でもお金でも買えない。無理矢理繋ぎ止めたって、虚しいだけだよね。

 ヤナギさんも寂しそうな顔をした。


「そうだな。そんなことばかりだ。家族も友人も、恋人も、何ひとつままならない。誰よりも不自由で孤独な方だ」


 本当にそうだ。


「でも、家臣には恵まれてますよね。それだけは確かだと思いますよ」


 それだけが救いだと思う。

 ヤナギさんはクスクスと笑った。


「そう願いたいものだな。――それで、この話をしたのは、君に頼みがあるからだ」


 ギリ、とまた心臓が軋んだ。

 頼み――キリュウの前から消えてほしいとか?

 あたしがいたら、キリュウのためにはならないと思う。ヤナギさんたちにしてみたら、困ってるよね。


 動揺なんてしてない。ヤナギさんだって言いたくないはずなんだ。それを、キリュウのために自分が悪者になろうとしてる。だから、あたしはちゃんと話を聞いてあげなきゃいけない。

 覚悟して、あたしはヤナギさんを見上げた。ヤナギさんはまっすぐに目を合わせたあたしに、ごまかすことなくストレートな言葉を使った。


「これからも、キリュウ様のそばにいてもらえないだろうか」

「え?」

「もとの世界に戻らずに、キリュウ様を支えてくれないか?」


 覚悟していた言葉とは真逆のこと。

 それを受け止める用意は、あたしの中にはなかった。それでも、ヤナギさんは続けた。


「先ほどの話を聞いていたら、正直迷ってしまったよ。あたたかな家庭で育った君は、どんなにか帰りたいはずだと。けれど私は、やはりキリュウ様を優先するから、君にこれを言わねばならない」


 あたしに、世界を家族を友達を、全部捨てろって言う。

 それがどんなにエゴだかヤナギさんはわかっていて、それでも言ってる。


「以前のような淡い憧憬のような気持ちではなく、キリュウ様は君を想っている。それでも、キリュウ様はお立場と君を優先し、自分の心を殺してしまわれるだろう。それではあまりにも……」


 軽く答えられるようなことじゃない。だから、結果として黙ってしまった。

 あたし、今、どんな顔してるんだろ。どうやって立ってるんだろ。

 ヤナギさんは、寂しそうに首を振った。


「無理なことを言っている。君の決意が変わらぬとしても、それを責めることはない。これは、私の身勝手な頼みごとだ」


 あたしはようやく声を絞り出した。


「身勝手、ではないですよ。……優しいお願いです。でも、ごめんなさい」


 どうしても捨てられないものがある。会いたい人たちがいる。

 ヤナギさんは、そうか、と言って苦笑した。

 あたしはヤナギさんみたいにキリュウを優先できなかった。

 心は晴れない――。


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