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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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[43]アズミさんと

 そんなことがあった次の日に、あたしは自分の仕事を平常心でこなしているつもりでいた。

 なのに、


「大丈夫?」


 って、アズミさんに訊かれてしまった。もしかすると自分で気付かないだけでため息ばっかりだったのかも知れない。掃除用の布巾は、机の上の同じ場所ばかりを往復していた気もする。

 頭の中が少しも整理できなくて、ぐちゃぐちゃで、考えようとするとそれを拒否してすぐにため息をついてしまう。幸せが逃げるっていうのに。


 あたしのため息の理由を、アズミさんは察してくれている。だから、「どうしたの?」じゃなくて「大丈夫?」だったんだと思う。アズミさんは気遣いのできる素敵な女性だ。


 そういえば、アズミさんって結婚してるのかな?

 指輪とかしてないけど、この世界に結婚指輪があるのかどうかわからない。でも、こんなに賢くて優しい奥さんだったら、旦那さんは幸せだと思うな。

 訊ねてみたいけど、もし結婚してなかったら気まずくなるから、あたしはすごく遠まわしな言い方をすることにした。


「アズミさんって、好きな人います?」


 これなら仮に未婚でも恋人がいなくてもOKだと思うんだけど。

 そんな他愛のない質問だったというのに、アズミさんはえ、と小さく漏らして固まってしまった。


「そ、そんな方は……」


 顔を赤くして首を振る。

 ああ、デキるメイドさんのアズミさんだけど、そのごまかし方は駄目。バレバレだよ。

 でも、可愛いなーなんて思っちゃった。

 そしてアズミさん、申し訳ないけど女子高生は恋バナが大好物なんだよ。


「誰だれ誰だれ? 誰ですか!?」


 あたしはウキウキとアズミさんに詰め寄る。アズミさんがビクッとして後ろに引いたけど、あたしは好奇心に負けてしまった。


「えっと、例えばクルスさんとか?」


 年齢的に考えるとそれくらいかな、と思ったんだけど、アズミさんは苦笑する。


「ねえ、フゥさん、このお話は止めにしない?」


 冷静に切り返されたから、クルスさんじゃないな。って、あたしが知っている人なんてほんの一部なんだから、よく考えたら当てられるわけなんてなかった。

 後、知っている人なんてイナミさんと――それはないない――後は――。


「ヤナギさん」


 くらい?

 あたしがそう口に出すと、アズミさんは目に見えてうろたえた。とっさに部屋の中を見回す。

 ヤナギさんが来たと思ったのかな?

 この反応、掃除そっちのけで恋バナをしていたことがやましいとか、そんなリアクションじゃない。心底聞かれたくないという感じ。

 つまり――。


「アズミさんって、ヤナギさんが好きなの?」


 思い切って言ってみると、アズミさんは小さく声を漏らした。


「そ、そんな」

「じゃあ、嫌い?」

「き、嫌いなんてとんでもない。とても尊敬しています」


 ふぅん、とあたしはつぶやいた。

 ヤナギさん素敵だし、憧れるのはわかるもん。

 大人のアズミさんでも、もどかしい恋なんだなぁ。それとも、大人だからかな?

 ヤナギさんってお仕事第一って感じだし、そういう意味では近寄りがたいのかもね。


 そんな話をしている時に限って、当の本人がやって来る。そういうことってあるよね。

 今がまさにそうだった。

 ガチャ、と掃除中の執務室の扉が開く。


「すまないが、少しいいだろうか?」


 顔を覗かせたヤナギさんは、どうやらあたしに用があったみたい。アズミさんは赤い顔をごまかすように頭を下げた。そんなことにヤナギさんは気付いていないみたい。


「いいですけど、ヤナギさん、あたしからもいいですか?」


 あたしはニコニコと笑って言った。ヤナギさんは嫌な予感でもしたのかな。少し身構えたような気がした。


「なんだ?」


 警戒しつつヤナギさんは言う。あたしは遠慮なく言った。


「ヤナギさんって結婚しないんですか?」

「フ、フゥさん!!」


 アズミさんにしてはおっきな声だった。でも、あたしは振り向かないでヤナギさんに目で問い詰める。

 ヤナギさんは驚いた顔をしていたけど、それから苦笑した。


「きっと、今後もしないだろう」


 ばっさり。

 ちょっと……。

 振ったのはあたしだけど、こんなにはっきり「しない」って言うとは思わなかった。

 呆然とするあたしに、ヤナギさんは言う。


「私はキリュウ様を第一に考え、常に支え続けねばならない。だからこそ、他の誰かのことを大切にはしてやれない。それで結婚などとは申し訳ないからな」


 ヤナギさんって、融通が利かないな。そういうところが素敵なんだけど。

 キリュウは幸せだね。

 けど、それじゃあアズミさんが浮かばれないじゃない。

 あたしは仲のいいあたしのお父さんとお母さんのことを思った。


「ねえ、ヤナギさん。キリュウを第一に考えて支えて行こうと思うのなら、そんなヤナギさんを支えて行こうと思う女性だっているんじゃないですか?」


 ヤナギさんは黙ってしまったけど、あたしは笑って続けた。


「ヤナギさんの言い分って、何かをしてあげることが前提ですよね。でも、あたしのお母さんが言ってたんですよ。なんでお父さんと結婚したのって訊いたら、『お父さんを支えて行きたいと思ったから』って」


 すると、ヤナギさんは不意に柔らかく微笑んだ。


「それは素敵なご両親だ」

「でしょ?」


 と、あたしも誇らしげに返す。


「だからね、ヤナギさんもそう言ってくれる女性が現れたら、真剣に考えなきゃ駄目ですよ」


 あたしにお説教なんてされたくないだろうけど、ヤナギさんはうなずいた。


「ああ、そうしよう」


 アズミさんがどういう気持ちでこの会話を聞いていたのかはわからないけど、あたしができるのはここまでかな。後はアズミさんにがんばってもらわなきゃ。

 叶うといいなとは思うけど。

 そんな会話の後で、ヤナギさんは柔らかな空気を一掃するような目をして再び口を開く。


「では、今度は私の話を聞いてもらおう」

「はっ」


 忘れてたけど、ヤナギさんはあたしに話があって来たんだった。


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