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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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[42]落胆のわけ

「すごくきれいだったよ」


 そう言って拍手をくれたのは――。


「ク、クレハさん?」


 どうして、クレハさんがこんな時間にここにいるんだろう?

 呆然としたあたしに、クレハさんは金髪を揺らして上品に微笑んだ。


「やっぱり、フゥの声はいいね。ささくれ立った心が落ち着く。ねえ、もっと歌ってよ」


 そう言ってクレハさんはあたしに歩み寄る。薄暗くなってほんのりと電灯みたいな光が灯り出した庭園で、あたしは心細さを感じてしまった。


「あの、あたし、そろそろ……」


 そそくさと帰ろうとするあたしの手を、クレハさんが捕らえた。その瞳は、真剣にあたしを見据えている。


「僕は君に会いに来たんだ。この間はまるで話せなかったから。あの後、具合が悪くなったって聞いて心配していたんだけど、もう大丈夫そうだね」

「はい、もう大丈夫です。ありがとうございます」


 あたしは少し素っ気ないくらいの声で返した。どうして、と思って、自分の気持ちに気付く。

 ああ、来てくれたのがキリュウじゃなかったから、あたしはがっかりしちゃったのかも知れない。そんなの、クレハさんのせいじゃないけど――。

 あたしがしょんぼりと肩を落としてしまったせいか、クレハさんはあたしの顔を覗き込んだ。


「フゥ?」

「ごめんなさい、なんでもありません」

「なんでもないって顔じゃないよ」


 その言葉の後に、手に力が込められた。驚いて見上げると、間近にクレハさんの瞳があった。


「以前、僕が君を真剣に想うなら、君も考えると言ったね。だから今、考えてくれるかな?」

「え?」

「キリュウ以上に、僕は君を必要としているから。会わずにいればいるほど、最初に出会った瞬間の君の笑顔が忘れられないんだ」


 あの時は、クレハさんの笛の音が素晴らしいと思ったから。その賞賛を込めて拍手を送った。特別な意味なんてなかったのに。


「――僕のところへ来てくれないか? そうしたら、そんな顔はさせないから」


 そう訴えるクレハさんの言葉のひとつひとつは、以前よりもずっと熱を持っていた。あれからずっと、あたしのことを考えてくれていたのかも知れない。

 キリュウとの相性は悪いし、闘争心も燃やしているけど、根は悪い人じゃないんだと思う。

 真剣にそう言ってくれているのかも……。でも、あたしの事情をクレハさんは何も知らないから。

 言えないことだから仕方がないけれど、説明もなしにこの場をどう切り抜けたらいいんだろう?


「え、と、あの、クレハさん、あたしは――」


 そう言いかけた瞬間に、ローシェンナの時と同じように大きな光源が現れた。その途端にあたしは今まで感じたことのないような胸の高鳴りを覚えた。この鼓動、すごく嫌だ。うる……さい……。

 自由の利く方の手でギュッと胸を押えるけれど、そんなことをしても鼓動は止まない。むしろ強く感じるだけだった。

 爆ぜた光の残りがキラキラと輝く中、キリュウは仏頂面で佇んでいた。

 そうして、冷え冷えとした声で言う。


「そいつに触れるな」


 その声に、あたしは頭の中がかき乱される。数日振りに聞く声、目にする姿に、あたしはひどくうろたえている自分を感じた。

 クレハさんも負けじと強張った表情で口を開く。


「本当は独占欲が強いんだね。君は誰かに執着するようなたちではないと思っていたけれど、それは誤りのようだ」


 けれど、キリュウは有無を言わせない強い口調で言った。


「身のほどを弁えよ。皇帝として命ず。この場を去れ」

「!」


 クレハさんの顔が朱に染まった。暗がりでもそれがわかる。

 それを言われてしまえば、結局のところキリュウに逆らえる人間はいない。返事もせずにクレハさんは光を振り撒いて幻のように消えた。その悔しげな表情が、あたしの脳裏に傷痕みたいにして残る。

 あたしは思わずつぶやいていた。


「……ああいう言い方すると、恨みを買っちゃうよ」


 すると、キリュウはそれを鼻で笑った。


「そんなものは今更だ」


 その後、沈黙があった。お互いの距離も、手を伸ばして届くほどには近くない。

 キリュウは、あたしと目を合わせようとしなかった。あたしはそんなキリュウをじっと見つめていた。名残を惜しむように。

 すると、キリュウは強張った表情を少しだけ崩した。笑ったつもりなのかな?


「何故そういう顔を私に向ける?」

「え?」


 そういう顔って、どんな顔なんだろう?

 自分ではわからないよ。

 あたしは自分の頬を両手で包んで顔を隠すようにうつむいた。そうしていると、ぽつり、とキリュウが言った。


「――帰してやれると思ったのだ」

「キリュウ?」

「彼女のことを見送ったように、お前のことも手放せると。私は自分を見失うほどには何も求めてはいけない。そう、理解しているつもりで……」


 彼女?

 そのひと言にとくりと胸が静かに、それでも主張するように鳴った。

 後になってみるとどうしてそんなことを言ってしまったのかわからない。でも、この時、あたしはまるで寝言みたいに意識しないでその言葉を口にしていた。


「今すぐじゃなくていいよ。もう少しだけここにいるから」


 あたしはキリュウに顔を向けられなかった。けれど、キリュウが驚いた顔をしているって、見なくてもわかる。キリュウがそばまで近付く気配を感じて、思わず体が強張った。


「もう少しも今すぐも同じだ。どちらも私の手をすり抜けて行くことに変わりはない」


 そうかも知れない。先延ばしにするだけつらいだけかも。

 そう考えると、あたしもどうしていいのかわからなくなって来た。

 キリュウはそんなあたしを抱き締めた。少し苦しいくらいに強く。


「あまり私の心をもてあそぶな」

「なん――っ」


 人聞きの悪い言い方しないでよ。

 言い返してやろうと思ったのに、その腕の中が、あたたかさが心地よくて、力が抜けてしまった。


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