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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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[41]会えないと会いたい?

 そうして、あたしはそれから二日間寝込んだ。その間、掃除もほとんどアズミさんに任せっきりになってしまって、そこはすごく申し訳なかった。

 あたしは意地を張りすぎたのかな、とも後になって思わなくはない。

 ただ――。



「もう大丈夫?」


 早朝、アズミさんはあたしの様子を見に部屋までやって来てくれた。あたしはベッドから起き上がって大きく伸びをする。

 アズミさんは優しくあたしの面倒を見てくれた。迷惑をかけてしまったのに、すごくいい人だって思う。いくらあたしの面倒をキリュウやヤナギさんから頼まれているって言っても、気持ちがあるのとないのとでは全然違うから。


「はい。色々とありがとうございました!」


 もう元気になったとアピールするために、あたしは溌剌と頭を下げてみせた。

 アズミさんはホッとしたみたいに微笑む。


「そう、よかったわね」


 あたしは笑顔を返しながらも、少しだけ気がかりなことを訊ねた。


「……あの、キリュウはどうしてます?」

「どう、と言うと?」


 アズミさんは不思議そうに首をかしげた。あたしの質問が漠然としすぎていたせいだ。

 でも、上手く言えない。


 寝込んでしまった最初の日に来てくれたっきり、キリュウはもう来なかった。忙しい身だから、来れなくても仕方がない。それくらいわかってる。

 それ以前に、頻繁に来る方がおかしい。そうは思うのに、少し顔を見ないだけで落ち着かないのはどうしてだろう。


「仕事してますよね。変なこと訊いてごめんなさい」


 あはは、とアズミさんに謝って、会話を軽く流す。

 この時はこれでいいと思えた。深く考えることじゃないって。

 でも、それから数日経っても、あたしはキリュウと顔を合わせる機会がなかった。そうして、気付けば季節は紅緋べにひの月って呼ばれる春の終わりの季節に突入していた。


 可愛らしく咲いていた花が終わって、青々とした草が日差しを浴びてしなやかに伸びて行く。キリュウに会わない日をこうして更新して行くと、どういうわけだかあたしはなんでここにいるのかがわからなくなっていた。


 キリュウが望むから歌を歌った。そばにいた。

 キリュウがもういいと思うのなら、あたしがここにいる理由はあまりない。あたしがしているくらいの掃除なら誰だってできる。


 ふと、夢か現実かの区別もないままに熱に浮かされながら聞いたキリュウの言葉が蘇る。

 キリュウは、あたしを故郷に帰すって言った気がした。


 だから、会いに来なくなったのかな?

 今はその準備をしてるのかな?

 もちろん、帰りたい。キリュウが帰してくれるっていうのなら、こんなに嬉しいことはない。

 なのに、何かすっきりとしない。


 ――キリュウはあの言葉を、どんな気持ちで言ったのかな?

 やっぱり、寂しかったかな?

 そう考えたら、あたしの中で何かがストンと落ちた気がした。


 帰るってわかってるあたしに会いに来ないのは当然だったなって。ただでさえ忙しいキリュウに、いなくなるあたしに構ってる暇なんかない。

 勘違いしていたのはあたしの方だ。

 それでも思い起こすと、キリュウと一緒にいた時間はそんなに嫌なものじゃなかったな、と思う――。



 あたしは掃除を終えて日が沈みかけた庭園に下りる。

 静かな草花たちの中で佇む。誰もいない。

 あたしは一人になりたかったのかも知れない。


 薄暗くなって行くその場所で、あたしはぼんやりと美しく整えられた庭園を眺めていた。しばらく歩き回って、しゃがみ込んで、立ち上がって、また歩いて。

 あたしは何がしたいのかなって、自分でもよくわからない。

 ただ、ベンチに腰かけると、何か無性に寂しさが込み上げて来て、あたしは意味もなく目頭が熱くなった。泣きたい理由もわからないのに。


 気を紛らわせるために、あたしは立ち上がって大きく息を吸った。そして、歌う。

 聞き手のいない歌を。

 伸びやかに、どれだけ心を込めても、そこにはいない。満足げに耳を傾ける姿はない。

 それでもあたしは独り、歌っていた。


 感情が、歌の邪魔をする。

 締め付けられる心が、それくらいにしておけって言ってるみたい。

 虚しい気持ちが更に強く感じられる。

 それでも、歌うことであたしは繋がっていたかったのかも知れない。

 あたしの歌を、あたしを好きだと言ってくれたキリュウと。


 歌い終えると、一筋涙がこぼれた。あたしはそれを拭いながら息をつく。

 その時、背後から拍手の音が響いた。唐突なことに、あたしは飛び上がるほど驚いて振り返る。

 そして、そこにいたのは――。

 

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