[40]慣れないこと
あたしはキリュウの背中で眠ってしまったみたいで、気付いたらお城の自分のベッドの上だった。
「あ、フゥさん、具合はどう?」
そう言ってあたしの顔を覗き込んで来たのはアズミさんだった。優しい手付きでそっとあたしの額に触れる。そうして、困った顔をした。
「まだ熱が高いわね」
と、そんな言葉の後に額に冷たい何かが押し当てられた。服もちゃんと着替えさせてくれたみたい。びしょ濡れの服が楽なルームウェアになっている。
「ごめんなさい」
思わずあたしはシーツに顔半分を埋めながらアズミさんに謝った。
あたしが変な意地を張ってキリュウに治してもらわなかったから、アズミさんに看病させてしまってる。あの時はキリュウに申し訳なくて思わずああ言ってしまったけど、今になってみるとアズミさんの仕事を増やしてしまっただけのことかも知れない。
今、あたしが苦しいのは自業自得だから、簡単に治してもらうのは嫌だっただけで……。
そんな事情を知らないアズミさんは苦笑してしまった。滲む涙でぼんやりとする視界でも、アズミさんの表情が優しいことだけはわかる。
「余計なことは気にしないで、早くよくなってね」
ああ、優しくされると余計に申し訳ない。
「少し眠った方がいいわ。私はここにいるから安心して」
アズミさんって素敵だな、とあたしは朦朧としながら思った。包み込むような安心感の中であたしはまぶたを閉じた。
そうして、どれくらいか眠っていたんだと思う。
あたしが目を覚ましたのは、話し声が聞こえたから。まぶたが重くてまだ目が開かなかったけど、それでもその話し声だけはしっかりと耳に届く。
「え? へ、陛下がですか?」
「そうだ」
偉そうにキリュウの声が言う。
「で、ですが……」
アズミさんが困ってるよ。困らせないでよ。何言ったの?
「もうよい。下がれ」
え? 下がれって、アズミさん?
「……かしこまりました。では、何かございましたらお申し付け下さい」
キリュウに言われたら他に言いようがない。アズミさんはあっさりと引き下がったようで、絨毯の上をしずしずと歩いて去った。ぱたん、と扉が閉まる音がする。
あたしがようやくまぶたをうっすらと開くと、キリュウはあたしのベッドの縁に腰かけた。
「ようやく今日の公務が終わった。具合は……悪そうだな」
その公務の間もあたしのことを気にかけてくれていたのかな? そんな風に思うのは図々しいことかも知れないけど。
涙目でキリュウを見ると、キリュウは少し難しい顔をした。
「もういいだろう? あまり意地を張るな」
キラキラと輝く指輪のたくさん付いた手が、あたしに伸びる。魔術を使おうとしているとわかって、あたしはそれを遮るつもりでとっさにキリュウの手を両手でつかんだ。思いのほか、ひんやりと冷たい。
熱に浮かされているあたしには、その冷たさが心地よく感じられた。
小さく首を振ると、キリュウは困ったようにため息をついた。
「それならば、お前は私に看病をしろというのか?」
キリュウに看病してもらおうなんて微塵も考えてない!
あたしが涙目でうめくと、キリュウはイヤミを言うことも忘れて焦った。あたしの手を解くと、あたしの額に乗っていた熱冷ましのタオルのようなものを取り替えてくれた。氷水に付けて絞る、とかそんなことはしてないと思うけど。起き上がれないあたしにはそれがなんなのかもよくわからない。何かの便利アイテムかな?
「……どうだ?」
キリュウの声がいつになく不安げだった。
看病なんてしたことないはずだもん。どうしていいのかわからないんだろう。
「あり、がと」
あたしはかすれた声でそう言った。キリュウは驚いた顔をしつつも、不意に柔らかく微笑んだ。
そうして、冷たい手であたしの髪や頬に触れる。熱を吸い取ってくれるような手が心地よくて、夢うつつの中でもキリュウの手が離れてしまうことを寂しく思ってしまう。
あたしに優しく触れる手が名残惜しくて、そばにいてくれることに安心感を抱いて――。
勝手だなって思うのに、あたしはキリュウがこうしてぎこちなく看病してくれることが嬉しかった。
慣れないながらに一生懸命心配してくれる気持ちを感じる。
こんな風に接していると、別れがつらくなる。でも、もしかするともう手遅れなのかな。
多分、あたしも別れがつらい。
今から、そんな予感がして胸が疼いた。




