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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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[39]望郷

 進めば進むほどに遠ざかる。そんな気分だった。

 目の前に、手を伸ばせばそこにある景色が、何故かいつまでもたどり着けない。砂漠の蜃気楼を追いかける旅人みたいな心境だった。


「なんで!?」


 思わずそう叫んでた。

 雨脚は強まり、あたしの髪も服も雨を含んで重たくなる。肌に張り付いて体温を奪う。

 でも、そんなことよりも、どうしてあたしは目指す場所に到達できないのかがわからなかった。歯がゆくて、悔しくて、顎を伝って滴り落ちる雫に涙が混ざる。


 ――ここは異世界。

 あたしの知る世界とは違う。

 あたしの常識も、何もかも通用しない。


 想像も付かない事態が起こる場所なんだっていう認識が甘かった。振り返った先は、来た道も定かじゃない。キリュウたちのいる場所がどこなのか、空を見上げてもわからなかった。

 まっすぐに、ひたすら走っただけなのに、どうして道がわからなくなったのかな?

 ここはやっぱり幻を見せる場所なのかも知れない。あたしはそれにあっさりとつられてしまった。


 バカみたいだ。

 ずぶ濡れになって、あたしはとぼとぼと歩いた。せめて、雨宿りできる場所を探した。見付けた木の下の岩に腰かけると、木にもたれかかる。濡れた服が汚れてしまうけど、体が気だるかった。


 ほんの少しだけ休んだら戻る道を探そう。そう思ったけど、あたしはそのまま動けなくなってた。

 あたしの意識に空白があって、それを気付かせる声があった。


「……こんなところに」


 顔を向けようとしたけれど、頭が重い。まぶたも思うように開かない。体が熱い。

 この時になってようやく、あたしは雨に濡れせいで熱を出しているんだって自覚した。

 無理矢理少しだけ開いた目が、ぼんやりとキリュウの姿を捉える。ヤナギさんもイナミさんもそばにはいないみたいだった。キリュウは痛々しく顔を歪めた。


「お前はそんなにも私のもとから逃げ出したかったのか?」


 すごく傷付いた顔をしてる。

 浅はかなあたしの行動は、キリュウをこんなにも傷付けた。

 あたしは途切れ途切れに言う。


「ここ……あたしの世界にも、似たような場所があって、懐かしくなって、もしかすると……ここは、あたしの世界に、繋がっているのかも、って思っちゃった……」


 すると、小さくため息をつく音がした。


「ここは雨季になると瞬く間に地形が変貌する特殊な川原だ。その数多あるパターンのうちのひとつが、お前の世界と似通っていても不思議はない」


 不思議はない。

 あたしにしてみれば、不思議なことだらけなのにね。


 そっか。そういうことなんだ。

 確かに、さっきまで向こうに水はなかったのに、今は川になってる。

 キリュウにはあたしの居場所がすぐにわかるから、それで迎えに来てくれた。それがなかったら、遭難していたかも。

 何か言わないとと思うのに、頭が働かない。そんなあたしに、キリュウはポツリと言った。


「……お前があの場から離れたことをすぐに察知することはできた。この川原のことなど何も知らないお前がこうなってしまうことも予想が付いたけれど、私は自分の立場を優先せねばならない。私情であの場を抜けてお前をすぐに迎えに行くことなどできぬのだ」


 それはそうだと思う。

 キリュウがいなくなったら大騒ぎになる。だから、そんなの当たり前だ。

 全部落ち着いてから、ようやく迎えに来てくれたっていうこと。


 ただ、どうしてキリュウがそんなに苦しそうな顔をするのかがわからなかった。

 あたしは、自分の勝手で出歩いただけ。こうしてずぶ濡れで熱を出しているのも自業自得。

 それくらいわかってるから、すぐに迎えに来てくれなかったとキリュウを責める気持ちなんてないのに。


 ふわり、と熱いのか冷たいのかよくわからないあたしの頬にキリュウの手が触れる。その時、キリュウが何をするつもりなのかがすぐにわかった。だから、あたしは先に言った。


「魔術なんて、使わなくていい」


 魔術であたしを癒そうとしてくれる。でも――。

 あたしが悪いんだもん。触媒も、キリュウの魔力も、あたしのために使わなくていい。


「あたしの世界では、魔術なんてないんだから、こんなの自力で治せるの」


 都合のいい時だけ甘えたら、後で苦しくなる。

 けれど、あたしの言葉にキリュウはひどく困惑してしまった。


「……魔術を使うなというのなら、私は何をしたらいい?」

「え?」

「私がお前のためにできることはなんだ?」


 まっすぐに、そんなことを言う。今度はあたしの方が言葉に詰まってしまった。

 沈黙の間に、雨音と川のせせらぎだけが通り過ぎる。うつむきかけたあたしに、キリュウは背を向けた。かと思うと、後ろ手であたしを背中に寄りかからせてそのまま担ぎ上げた。


「わ、ちょ、ちょっと……」


 皇帝におんぶさせてしまった。キリュウの背中が濡れてしまう。あたしは慌ててもがくけれど、熱のせいか力が入らなかった。


「とりあえず、戻るぞ。このままでは悪化するばかりだ」

「うん……」


 頭がズキズキと痛くて、あたしはもう諦めてしまった。ぐったりと再び意識が遠退いて行くあたしに、キリュウのささやきが微かに聞こえた。



「そんなにも望郷の思いが強いのならば、いつかは帰してやる。それがお前のためならな」



 熱のせいで、あたしが勝手に聞き違えただけだろうか。

 本当にキリュウがそう言ったのか、正直に言うなら自信がない。

 ごめんね、ありがとうと言いたかったけど、声がかすれて上手く言えなかった。


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