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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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38/73

[38]懐かしい場所

 キリュウが川原に作り上げた天井は、すぐに消えるようなものじゃなかった。その天井が空に浮かんだままの状態で、みんな会話を楽しんだり、気付けばどこから出たのか椅子や机が出現していて、ティータイムの準備が進められている。足場の悪い場所だと思ったけれど、机も椅子も浮いている気がする。

 なんでもアリだな、とあたしは呆然とするのだった。


 キリュウはその中心。常に誰かがそばにいて、代わる代わる話しかけられている。あたしがそばに行く隙なんてない。時々ユズキさんがキリュウの隣にいたりもしたけれど。

 クレハさんはキリュウに極力近付かないようにしているみたいだった。ただ、そんなクレハさんにはぴったりとヤナギさんが付いている。――キリュウに何か言われているんだろうな。

 クレハさんはチラチラとこちらを気にしているけど、ヤナギさんが次から次へと挨拶する人をあてがって、クレハさんに隙を与えない。さすがと言いますか、なんと言いますか。


 ただ、あたしはちょっと退屈してしまった。

 雨を眺めるのはもちろん楽しかった。でも、いつまでも見ていたいかって言われると、やっぱり飽きる。だって、いくら今年が空梅雨だったって言っても、あたしがいた日本は雨なんて珍しくないんだもん。

 クルスさんがいたら、まだあたしに構ってくれたかも知れない。でも、イナミさんは貴賓の人たちの相手に忙しくて、あたしのことなんて目に入らないみたい。


 ――退屈。

 あたしはあくびを噛み殺しながら川原を眺めた。何の変哲もない、岩と草木、玉砂利の原。

 そんな時、ふと気付いた。

 あの岩の形、子供の頃からよく遊んでいた川にあったものと似てる。大きくて、先が尖っていて――。

 もっとよく見ると、あの木も、あの枝の分かれ方は見覚えがある。うん、あの枝と枝の間にハンモックを吊り下げて、兄妹でよく遊んだ。


 似てる。

 知ってる。


 あたしは、あまりのことに呆然としてしまった。みんな自分たちのことで忙しくて、そんなあたしの様子に気付いた人はいない。

 あたしは一歩、前に出た。そうして、もう一歩。


 近付いて、あの木を見てみたい。もしかすると、あたしたち兄妹が付けた傷があるんじゃないのかなって。

 まさかとは思う。バカみたいな考えかも知れない。でも、この川原はあたしの世界の川原に繋がっているんじゃないかなって、思えてしまった。

 それくらい、似てる。

 あたしがこの世界へ来たきっかけは、本当に急で些細なことだったんだから、帰る時だってもしかすると急なことかも知れない。


 ここから、戻ることができるとしたら――。

 どくりどくりと心臓が脈打つ。あたしは胸に手の平を当て、一度だけキリュウを振り返った。


 キリュウは、相変わらずたくさんの人に囲まれていた。その整った横顔を、あたしは遠くから眺める。

 見れば見るほどに、あたしとは違いすぎる。何もかもが。

 キリュウがどう思っていても、隣で幸せそうにキリュウに見惚れているユズキさんの方がずっと近いんだよ、きっと。


 二度と、会えないかも知れない。

 そう思うと、少し寂しい気持ちが湧く。

 偉そうだし、ひどいところもいっぱいあった。でも、あたしを好きだと言ってくれた気持ちは、やっぱり嬉しいから。

 このまま勝手に帰ったら、キリュウは怒るのかな?


 そう考えて、あたしは可笑しくなった。

 この川原が繋がっているなんて限らない。帰れる保証なんてないんだから、そんなことを考えるだけ無駄かも知れない。

 ただ、確かめてみたい気持ちでいっぱいだった。

 あたしはそっと、その場を抜け出す。そんなあたしのことに、まだ誰も気付いていない。呼び止められることもなかった。


 天井から外に出たことで、あたしの髪に、服に、雨が滲む。けれど、そんなのどうでもいい。むしろ、ほてった体には丁度いいくらいだって思える。

 気持ちだけがどこか重苦しくて、あたしはそれをごまかすように駆け出した。

 この先にもし、あたしの世界に繋がる道があったとしたら、やっぱりそれはあたしとキリュウの運命がどこまでも交わっていない証拠なんじゃないのかな。


 傷が浅いうちにと神様が用意してくれた決別なんだよ、きっと。

 でも、もし、そうじゃないとしたら?

 あたしの運命が、キリュウのそばに吸い寄せられるようにして絡んでしまっているとしたら?

 遠く遠く離れて育った二人なのに、そんなことってあるのかな――?

 

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