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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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[37]傘はいらない

 『雨行催(うぎょうさい)』と呼ばれる行事は、平たく言うなら雨の中でぼんやりすること。雨を感じること、それが目的らしい。

 ――傘くらいあるよね? 風邪ひかないよね?

 そんなことを心配しつつ、当日を迎えるのだった。



 雨の川原だということなので、歩きやすいぺったんこの靴。レインブーツみたいなものかな? ツヤツヤとしていて水をよく弾きそう。それから、レモンイエローのワンピースに、レースのボレロ。あたしに用意された服装がそれだった。


 着替えて城のエントランスに向かうと、そこにヤナギさんがいた。ヤナギさんに連れられ、あたしは中庭に向かう。草木に雨の露が残っていても、今だけは雨は止んでいるみたいだった。曇り空が近い雨を予感させるけど。


 その中で、知らない人と挨拶をしているキリュウが見えた。藍色をした薄手のガウンだけど、いつもよりも丈が短い。引きずると濡れちゃうからかな。いつもとは違ってパンツスタイルの足もとがはっきりと見えた。相変わらず、煌びやかな宝石――触媒は、やっぱりたくさん身に付けている。


 ふと、目に付く距離にクレハさんとユズキさんがいた。それだけじゃなくて、他にもたくさんいるんだけど、やっぱりあの二人は目立つから。

 あの二人がいるってことは、キリュウの心中はちょっと穏やかじゃないのかも――。

 あたしがあの二人の姿に一瞬身構えたのがわかったのか、ヤナギさんがそっとつぶやいた。


「クレハ様たちは王族であるから、こういった催し物にお招きせぬわけにはいかぬのだ。ただ、君もある程度の距離を保って接するようにな」

「だったら、やっぱり留守番して――」

「駄目だ。君が目の届かないところにいると、キリュウ様の気が散ってしまわれる」


 そんな理由ってどうなの? 

 それに、ヤナギさんはなんでそんなことわかるのって言いたくなる。キリュウの一番の家臣だから、全部お見通しなのかなぁ。

 あたしがうぅ、と小さく呻いていると、パーティーグッズ的な髭をしたイナミさんがやって来た。そばにはクルスさんもいる。クルスさんは、どこか寂しそうだった。


「僕、留守番になっちゃった」


 くすん、と泣き真似をするクルスさんに、イナミさんは顔をしかめた。


「お前では貴賓の方々のお相手が心配なのだから仕方がないだろう」


 バッサリと言われた。前回のキリュウとクレハさんのことがイナミさんの耳に入ったのかも。ヤナギさんもため息をついてる。


「留守を頼む」

「ふぇえぇ」


 まだ泣き真似してる。

 時々、なんでこの人を宰相なんて偉い人にしたのかなって思っちゃうんだけど、クルスさんはこう見えてすごいんだったっけ?


「代わってあげたいな」


 あたしは心からそう思うのに、ヤナギさんはいいって言ってくれなかった。さらりと聞こえなかった振りをしてるからひどい。

 偉そうにしているだけあって、イナミさんは貴賓の人たちと笑顔で卒なく接し出した。


「そろそろ出立の時間だな」


 ヤナギさんがそう言った。キリュウの指示により、みんなに翼石ウィングラピスが配られる。


「君は一人では飛べないだろうから、私と行くようにとキリュウ様から言い遣っている」

「うん……」


 うなずくと、ふとヤナギさんのずっと後方にいるクレハさんがあたしの方に顔を向けていた。何かを言いたげにしている気がするけど、あたしは気付かなかったことにしてヤナギさんの陰に隠れた。


 堂々としたキリュウの声が合図となり、みんなそれぞれに翼石ウィングラピスを使用して飛ぶ。

 あたしはヤナギさんにつかまっているだけだったけど、いつもの浮遊感が短くあって、目を開いた時にはそこは確かに川原だった。

 露芝つゆしば川原かわらって言ってた。


 けれど、そこは本当に、何の変哲もない川原だった。何もない、川のせせらぎと小石、伸び切った雑草、どこにでもある風景だ。そう、それはあたしの世界にも共通すること――。

 この何気ない風景が、妙に懐かしく感じられてしまった。

 呆然とするあたしを置き去りに、催し物は進んで行く。

 あたしたちがここへ来る前から、数人の官僚さんたちがいて、どうやらここで支度をしていたみたいだ。


「エド、その状態を維持するんだぞ」

「はい!」


 眼鏡の若い官僚さんが上司に向かって力強くうなずいていた。それに対して上司のお兄さんは満足そうに笑ってた。


「さすが学院を首席で卒業しただけのことはあるな」


 クルスさんが、天候を調節する部署はエリートの集まりだって言ってた。けれど、若い官僚さんは謙虚だった。


「いえ、運がよかっただけの話ですから」


 それからも、官僚さんたちは天を仰いで雨の具合を気にしている。その話がもれ聞こえるところによると、どうやらこの川原の雨量を魔術で調節しているみたい。今、雨が降っていない状態なのはわざとってこと。

 そうして、イナミさんがキリュウのそばで張りのある声を披露した。


「皆様、本日はご参加頂き、誠にありがとうございます。ご存知のように、雨季の再来は現皇帝キリュウ様によるもの。この雨はキリュウ様のお力の賜物にございます。キリュウ様の御世の繁栄を願いつつ、この雨をご堪能頂ければと存じます」


 イナミさんは何かを懐から恭しく取り出した。紫色の布に包まれたそれを、イナミさんはもったいぶって開く。現れたのは、透明で角ばった石だった。透き通っているようでいてすごくよく光ってる。

 ひざまずいてそれをキリュウに捧げると、キリュウは偉そうにうなずいてその石に触れた。


 その途端に、いつものような硬質な石が割れる音がして、その石は砂粒のように細かな光となってキラキラとその場を漂う。そうした時、雨空とあたしたちとの間には、透明ガラスの板のようなものが広がっていた。丸く大きな天井が、全員を覆うほどに広がっている。


 それが出現した途端、ぽつりぽつりと弱く優しい雨が降る。

 官僚の人たちが止めていた雨を降らせ始めたみたい。

 上を見上げると、柔らかな光が差す。キリュウの力で出現させた天井は、例えるなら、天窓に降る雨を見上げるようなものかな。

 ただ、ガラスと違うところは、雨がその上に溜まらないこと。そこに落ちた雨は、不思議と吸収されて行くみたいで、伝ったりもしない。確かに、それは綺麗に雨を眺めることができる。


 サァサァと、小さな雨音をBGMに、みんなが上を見上げていた。

 下から見上げる雨の美しさに、みんなが見惚れてる。あたしもそうだった。

 この雨を降らせたのはキリュウで、みんなはこの雨を眺めながらキリュウをたたえているのかな。


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