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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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34/73

[34]気持ちがあれば

「ああいうことはね、好きでもない相手にしちゃいけないんだからね」


 あたしは戻ってすぐ、あたしの部屋でキリュウにお説教した。

 キリュウはやけに疲れた顔をして返事をしなかった。聞こえていないわけじゃないと思うけれど。


 もう、蒸し返してもろくなことにならない。ここはサラリと流すが正解なんだと思う。

 それはわかるんだけど、そう簡単になかったことにしてしまうのは悔しかったのかも知れない。

 でも、もうこれくらいにしておこうかとあたしが思い始めた頃、キリュウがすごく小さな声を出した。


「……それは、気持ちがあれば許されるということか?」

「え?」

「だとするなら、私が謝る必要はなかったのではないか?」


 意味が――わかりません。

 呆然としたあたしに、キリュウはまっすぐな視線を向ける。紫色をした深い瞳が、あたしには少し怖かった。思わず一歩下がると、キリュウは二歩進んだ。


「お前は、自分は何も悪くないと思っているだろう?」

「うん」


 即答してやった。すると、キリュウはわざとらしくため息をついた。

 違うって言いたいの?

 あたしが何か悪かったって?


「お前が簡単に触れさせるからだ」

「は?」


 首をかしげると、キリュウは苛立たしげに眉根を寄せた。


「私だけでなく、相手がクレハであっても、お前は簡単に触れさせる」


 それは、この前のことで――平然としていた割に、実は気にしてた?


「え、あれは、別に……」


 あたしがどう説明するべきか口ごもると、キリュウはぼそりと言った。


「お前の歌声が変わることが嫌なわけではない。ただ、それが他の男を想ってのことであるのは嫌だ」

「他って……」


 呆然と、その意味を考えた。

 けれど、その答えに行き着いてはいけないような気がしてしまう。何かが思考の邪魔をする。

 凍り付いて動かなくなったあたしに、キリュウは言った。


「今日の掃除はいい。このまま部屋にいろ」


 少し、冷ややかな声だったように思う。それだけ告げて、キリュウは消えた。

 あたしはその場にへたり込んで膝を抱えた。

 ああ、またノギおにいちゃんの家に制服置いてきちゃったな、とか関係のないことを考えてしまうのは、頭が拒絶している証拠だろうか。



          ☆ ★ ☆



 その晩、あたしはキリュウの部屋を訪ねた。キリュウはベッドに腰掛けて待ち受けていたあたしに心底驚いた風だったけれど、あたしはベッドにバフ、と強く手を付いてはっきりとした口調で言った。


「あのさ、あたしもちゃんと考えなきゃって思ったんだけど、上手く整理が付かないの」

「何を言い出す……?」


 キリュウは疲れた様子で冠を外すと、それをベッドの隣のサイドテーブルに置いた。すると、透明の膜がその冠を半球状に囲む。他の人に触れられないようにかな。ベッドに座ったキリュウの振動に、あたしも揺れた。


「何って、よく考えれば考えるほどにキリュウの言葉って曖昧なんだもん」

「曖昧?」


 あたしはこくりとうなずく。


「他の男性(ひと)を想ってっていうのが嫌? じゃあ何? キリュウはあたしに好きになってほしいからあんなことしたの?」


 あたしは真剣に訊ねたのに、キリュウは何故か呆れたような顔をする。もしかして、からかわれたんだろうか。そんな気がして来た。

 キリュウは不意にどさりと倒れ込むようにして横になった。そうして、まぶたを伏せて言った。


「他に理由があるのか? けれど、お前のその様子ではまったく――」


 その先が途切れた。え、と思って顔を近付けると、キリュウは小さく寝息を立てていた。あたしは信じられない思いでその頬をつねる。


「こんな大事な話の最中で寝ないでよ!」


 すると、キリュウはうっとうしそうにあたしの手から逃れるとまぶたを持ち上げた。


「仕方がないだろう? 昨日はほとんど寝ていないのだ」

「え? なんで?」

「なんでと来たか」


 少しイラッとした様子で、キリュウは腕を振り上げた。その次の瞬間には、あたしは短い悲鳴を上げていた。

 寝そべったままの状態のキリュウの腕は、あたしをすっぽりと抱き込んでる。ベッドの上で抱き締められているっていうとんでもない状況だけど、キリュウはというと、そのまま寝息を立てて寝てしまったのだった。

 ただ、押しても引いてもこの腕が外れない。

 それどころか、時々寝ぼけているのか腕が更にきつくなって息が詰まった。


 不本意なその体温が伝わる中、あたしはため息をつきながら自分も寝るしかないかと思った。昨日は楽しかったなぁ、とか考えてしまうのは、やっぱり現実逃避?


 そこでふと気付く。

 キリュウが昨日眠れなかった理由は、あたしが家出したせいだったりとかするのかな?


 ――まさかね。

 とか、自分で突っ込んでみるけれど、ほんとはそれが正解。多分。

 あのキスが中途半端な気持ちじゃなくて、あたしのことを好きだと感じた気持ちがさせたことだとしたら、あたしはちゃんと返事をしなくちゃいけないのかな。


「ねえ、キリュウ?」


 すやすやと、寝息だけが耳もとにあった。

 

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