[33]お迎え
少しだけノギおにいちゃんと喋ってから、ヤナギさんは帰ったらしい。ヤナギさんはなんにも悪くないんだけど、キリュウの味方かと思うと反発心が湧いちゃうよ。ごめんなさい。
その日、ノギおにいちゃんはいつもの仏頂面だったけど、あたしの分のご飯もちゃんと作ってくれた。
えっと、色とりどりの野菜――パプリカやピーマン、トマト、を角切りにしたものと角切りチーズが、透明な魚介類の上にかかっている。イカやホタテ、エビのカルパッチョみたい。食べてみると甘酸っぱい味付けにスパイスが利いていて、すごく食べやすい。
それから、カボチャだと思うんだけど、甘みのあるクリームパスタ。もしかするとこれ、パスタじゃないのかも知れないけど、わかりやすく言うと太めのフェットチーネってところ。異世界の料理の名前はあたしにはよくわからないけど、味はそう変わらなくて助かる。
レンコンやジャガイモを味付けして揚げたものも添えられていて、あたしが食べるようなお城の料理より豪華だ。
ノギおにいちゃんの料理はすごく美味しい。やっぱり、お城の料理人に抜擢すればいいのに、とあたしはシャキシャキするレンコンの歯ごたえを楽しみながら思った。
「おいひい」
「……食ってから喋れ」
冷静に突っ込まれたけれど、美味しいんだもん。
そんな光景に、ハトリおねえちゃんはクスクスと楽しげに笑っている。
和やかな、ほんとに和やかなひと時だった。
それからあたしはハトリおねえちゃんと一緒にお風呂に入った。城のお風呂みたいにびっくりするような設備はないけれど、ハトリおねえちゃんと一緒だから楽しかった。
その後も一緒の部屋で寝た。ノギおにいちゃんには悪いけど、ハトリおねえちゃんを独占させてもらった。これだけ人に甘えたのは久し振りで、すごく嬉しかった。
ただし、そんな平和な日は、一日しか許されなかったのだ。
翌日になって、あたしはハトリおねえちゃんが貸してくれた服を嬉しそうに着た。
ゴシック調のワンピースは、おねえちゃんの昔の服かな? おねえちゃんには少し小さい気がするから。
「似合う?」
「うん、可愛い」
あたしは上機嫌でハトリおねえちゃんと一緒にリビングに向かった。朝食の支度とか、何か手伝えることがあるかも。
扉を開けて朝の挨拶をしようとしたあたしは、その場で凍り付いてしまった。
テーブルに頬杖をつき、面倒くさそうな顔で座っているノギおにいちゃんの正面には、朝っぱらからキラキラと光を振り撒くヤツがいた。
「げ」
思い切り大きな声を漏らすと、キリュウは眉をひそめた。
「随分な挨拶だな」
あたしの背後にいたハトリおねえちゃんは、あらら、と驚いている。あたしはその背に隠れた。
けれど、キリュウはそんなあたしの方へ近付いて来た。
「ひと晩時間をやったのだ。もういいだろう」
落ち着きすぎたその声がすごく嫌。
「よくない! なんにもよくない!」
挟まれたハトリおねえちゃんはハラハラと困惑していた。
「あたしはここにいるもん! あんたのところなんてもうヤダ!」
はっきりとそう言ってやると、キリュウは最初から表情のなかった顔に更なる薄暗い空気を漂わせた。そうして、ノギおにいちゃんの方を振り返る。
「ノギ、こう言っているが?」
ノギおにいちゃんの大きなため息が聞こえた。それから、ノギおにいちゃんはあっさりと言うんだ。
「フゥ、出てけ」
「ふああぁ!」
ショックで変な声を出してしまったあたしに、ノギおにいちゃんは顔色ひとつ変えなかった。
「キリュウが連れて帰るって言うなら、俺はお前を置いておくつもりはない」
ガン。
「ノギおにいちゃんがケンリョクに屈した!!」
一番そういうタイプじゃないと思ったのに!
長いものにはやっぱり誰もが巻かれるの!?
世知辛さにあたしが打ちひしがれていると、ノギおにいちゃんはイラッとしながら言った。
「人聞きの悪い言い方をするな。こいつのことは嫌いだが、借りがいくつかなくもないからな」
ここなら大丈夫だと思ったのに、ここにまでキリュウの息がかかっていたなんて。
なんか泣きたくなって来た。
あたしはハトリおねえちゃんにしがみ付くと、思いの丈をぶちまけた。
「もう嫌だ! 帰りたい! あたしの本当の家に帰りたいよ……っ!!」
「フゥちゃん……」
背中で泣くあたしに、ハトリおねえちゃんの心配そうな声がする。
その時、ハトリおねえちゃんの背中に顔を埋めているあたしに近付く気配があった。びくりと体を震わせて顔を上げると、そばにキリュウがいた。キリュウは、いつになく大人しい顔付きだった。
でも、ちょっとくらいしょんぼりしたって許してやらない。そう思って涙を浮かべながら睨むと、キリュウは意外なくらいあっさりと言った。
「すまなかった」
「へ?」
あたしは自分の耳を疑ってしまった。けれど、そのひと言はあたし以外にも聞こえていたらしい。だから、空耳じゃない。
「お前が謝るなんてな。皇帝陛下でも、そんなに泣かれちゃ後味悪いか?」
明らかに面白がっているノギおにいちゃんの声がした。それを黙らせるように顔を向けたキリュウだったけど、すぐにまたあたしの方へ向き直る。
「皇帝としての判断ならば謝罪などしない。けれど、あれは明らかに私個人としてのことだから謝るのだ」
悪かったって、ちゃんと反省してる。そうじゃなかったら、口先だけでこんなこと言わないし、迎えにも来なかったと思う。
涙を拭いてもう一度キリュウを盗み見ると、少し疲れた顔をしていた。
謝ってるのに、反省してるのに許してあげないのは、今度はあたしが悪いってことになるの?
これじゃ、あたしが苛めてるみたいじゃない?
「あ、謝ればいいってものでもないと思うけど、本気で悪かったと思ってるの?」
「一応」
一応とか言うか。
でも、これがキリュウなりの誠意なんだろうか。腹立たしさは残るけど、今回だけは許してあげなきゃいけないのかな。もうあのことは忘れよう。――次はないと信じて。
「……わかった。許すの、今回だけだからね」
あたしがそう言うと、キリュウは苦笑した。本当に、そんな笑顔だった。
珍しいその表情に、何か少しだけどきりとしてしまったけど、深い意味なんてないから。誰かに言い訳するようにしてそんなことを思う。
キリュウが差し出した手を取ったあたしは、そのまま城へと飛ぶ。




