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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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31/73

[31]決意

 バスルームの床に転がって、あたしは朝を迎えた。眠っていたような、あまり眠っていないような、曖昧な状態だった。

 さすがにもういないだろうと思いながらも、あたしはそろりとバスルームの扉を三センチほど開いた。


 ――よし、いない。

 あたしはそこから勢いよく飛び出すと、服を着替えた。ただし、着替えたのはメイド服じゃない。セーラー服だ。


 あたしははっきりと決意した。

 家出してやる、と。



 あたしの格好に、すれ違った人たちが少しだけ不思議そうにしていたけど、そんなことはどうでもよかった。あたしは途中で出会った官僚のお兄さんにひとつ訊ねると、そのまま執務室へ直行した。


「ヤナギさん!」


 バン、と勢いよく扉を開く。ヤナギさんはここにいるって聞いて来た。

 ヤナギさんはあたしの格好と形相に驚いている風だった。手にしていた書類から顔を上げたまま、唖然とした顔をあたしに向けている。そんなヤナギさんに詰め寄ると、あたしはその服をつかんで揺さぶった。


「今すぐノギおにいちゃんの家に連れて行って下さい」

「は? い、いや、どうしたのだ?」


 戸惑いを見せるヤナギさんに、あたしはすわった目を向けた。


「なんでもいいんです。早く連れて行って下さい」

「陛下のお許しが出たのなら――」

「そんなものは要りません」


 パシ、と言い放つ。

 それから、あたしは自分の首もとに手を当てた。そうだ、このチョーカーがあるとすぐに居場所がわかるんだった。ちょっと引っ張ったくらいじゃ取れない!


「ヤナギさん、これ外せませんか?」

「……無理だな」

「やっぱり、クレハさんのところにしようかな。クレハさんなら外せそう」


 ボソ、とあたしがつぶやくと、ヤナギさんは慌てた。もしかすると――ううん、もしかしなくても、キリュウに次ぐ力を持つクレハさんなら外せるんだろう。


「少し落ち着きなさい」

「これ以上ないほどに落ち着いてます」


 本当に、怒りを通り越えて冷え冷えとした気分だった。


「……キリュウ様と喧嘩でもしたのか?」


 今、いっちばん聞きたくない名前!


「喧嘩するほど、もともと仲良くないです!」


 ちょっとヒステリックに言う。どうせヤナギさんはキリュウの味方なんだ。あたしのやさぐれた心は孤独に打ちひしがれた。


「もういいですよ。自力でなんとかしますから」


 パッとヤナギさんの服を手放し、背を向けたあたしに、ヤナギさんは疲れたような声をかける。


「待ちなさい」


 大きくため息をつく音がした。振り返ると、ヤナギさんは顔を手で覆っていた。


「わかった。送って行こう」


 あたしはその瞬間、少しだけ気分が晴れた。ぱっと顔を輝かせる。


「ほんとですか!? やった!」

「ああ。君は何をするかわからない。あそこにはハトリがいるから、まだマシだろう……」


 渋々、といったところだ。

 何をするかわからないとは失礼だと思うけど、この際そんな細かいことはどうだっていい。


「ハトリおねえちゃんに会いたいんです。この制服持って来てくれたのに、会わせてくれなかったでしょ」


 と、あたしはセーラー服をつまんで不平顔をする。


「色々と事情があるのだ。……ただ、あの家に連れて行くのはいいが、決してあの森の奥に近付いてはならない」


 そうだ、ノギおにいちゃんの家のそばに、あたしの世界に続く場所があるんだ。今はハトリおねえちゃんに会いたいと思っただけで、そんなことは意識してなかった。

 けれど、ヤナギさんは言う。


「結界に触れたならば、キリュウ様は君を処罰するだろう」

「処罰?」


 きょとん、とあたしが首をかしげると、ヤナギさんは悲しげに続ける。


「個人的な思いよりも優先せねばならないことがある。キリュウ様は徹底したお方であるから、例え相手が誰であろうと、そこに手心を加えることはない。だから、キリュウ様を苦しめるようなことはしないように。先にそれだけは約束してほしい」

「……うん、それはしない、です」


 ちょっとキリュウの顔を見たくないだけ。――あれが初めてだったなんて、死んでも言いたくない。だからその歳で色気がないんだとか平然と言って来そうだ。

 あ、駄目だ、考えたらイライラして来た。


「さ、早く連れて行って下さい」

「君はなかなかにいい性格をしているな……」


 どういう意味ですか、それ!

 なんでそんな目であたしを見るんですか!


 不満はあるものの、ヤナギさんはあたしの手を取る。キリュウが飛ぶ時と同じように、翼石ウィングラピス使用ポートではないこの部屋から飛ぶみたいだった。

 あたしはまた酔ってしまわないように心構えをして、それからヤナギさんと一緒にノギおにいちゃんの家に向かって飛んだのだった。


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