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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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[29]事実無根?

 目が覚めて、あたしは天井を見上げていた。ああ、この柄はあたしの部屋じゃなくてキリュウの部屋だなって、どこかで冷静に思った。

 そこまでは落ち着いてた。こんな状況に慣れてしまったのもどうかとは思うけど。

 ただ、起き上がろうと思いながらも起きられなかった。重たい。何かが重たい。


「ん?」


 あたしに寄りかかっている重たいものの正体を、首を回して見遣る。嫌な予感は見事に的中した。

 あたしの方に重たい腕を投げ出し、ピントがぼやけるほどの至近距離にまぶたを伏せた顔がある。鼻先をかすめるほどの近さに、さすがのあたしも絶叫してた。

 けど、その叫びはいつものごとくすぐに塞がれた。何か、あたしの前世は目覚まし時計だったんじゃないかとさえ思えて来る。


「うるさい」


 このやり取り、何回目だろ?

 起き抜けのキリュウは、小さく息をついた。


「それにしても、毎回毎回、色気のない叫び声だな」


 ムカ。

 解放されたあたしはすぐさま言った。


「次から床に転がしといて! その方がまだマシだもん!」


 朝から心臓に悪い。それは間違いない。


「転がしておいたら、それはそれで怒るだろう? わがままなヤツだ」


 ムカ。

 落ち着けあたし。ここで騒いでもキリュウにひと泡吹かせることなんてできない。

 ムキになっちゃ駄目だ。落ち着いて返さなきゃ。

 あたしは冷ややかに憎たらしいキリュウに向けて言い放つ。


「じゃあ、あたしの部屋に連れて行ってくれたらいいでしょ。それとも、キリュウはそんなにあたしといたいの?」


 こう言っても、どうせ鼻で笑われると思った。身のほど知らずだとか腹の立つこと言って来るんだろうな、と。こう言われたらああ返そう――あたしが頭の中で色々とシミュレーションしていたにもかかわらず、キリュウは無言だった。無言で眉をひそめてる。


 ――その顔怖い!

 冗談が通じなかった。

 なんで皇帝の自分がお前のために骨を折ってやらなければならない? とか思ってる。

 あたしは嫌な予感がして瞬時に部屋を出て自室へと駆け込んだのだった。



          ☆ ★ ☆



 その数時間後――。

 アズミさんとのお掃除は久し振りだった。そんなに長く離れていたわけじゃないけど、随分会ってなかったような気分になる。

 だから、アズミさんの優しい微笑みにあたしは心底ほっとした。


「フゥさん、大変だったわね。……大丈夫?」

「だ、だだだいじょうぶじゃなかったですよぅ。災難の連続で、散々でした!」


 あたしがそう泣き付くと、アズミさんは頬に手を当ててため息をついた。


「あらら、陛下とクレハ様は水と油のようなものだから。その上、ユズキ様のこともあるし……。大変だったはずよね」


 メイドさんたちの中でもキリュウやヤナギさんの信用があるアズミさんは事情通なのかも知れない。色々な噂話を知っていそう。

 あたしはふとそう思って、ユズキさんが言っていた話を訊ねてみる。


「ねえねえ、前にキリュウのお妃候補がここにいたってほんとですか?」


 その途端、アズミさんは目に見えて困惑してしまった。知っているけど、話していいのかなっていう顔だ。あたしは更に踏み込む。


「その人のことをキリュウは今でも引きずってるって、ユズキさんが言ってましたよ」

「え? そ、そんなことはないと思うけれど……」

「ないなら喋ってもいいじゃないですか。キリュウはどうしてフラれたんですか?」


 あたしの言葉にアズミさんは眩暈がしたのかも知れない。額を押えてうつむいてしまった。そうして顔を上げた時、アズミさんの表情は少しだけ厳しかった。


「フゥさんが誤解をしているようだから言っておくけれど、あれは本当に周囲が先になって進めた話で、陛下は無頓着と言っていいほどだったわ。当の女性も乗り気ではなかったようだし、話が立ち消えただけの話よ」


 それを聞いて、あたしは納得してしまった。

 ユズキさんは、キリュウが自分に見向きもしない理由がほしかったのかな。キリュウとクレハさんの不仲は、ユズキさんを受け入れない理由としては弱い。好きになってくれたら、そんなことはどうでもよくなるはずだから。

 他に好きな人がいるから拒絶されるんだ、嫌われているわけじゃないって思いたかったのかな。

 そう考えたら、何か悲しかった。


 ただ、キリュウにそうした特別な人がいなかったという事実の方がキリュウらしいような気がした。

 誰かをひたすらに想うことよりも、皇帝であることを優先しそうなキリュウだから。

 想う女性を相手にどう振舞うのか、まったく想像が付かない。

 ううん、それだけじゃない。


 思えば、キリュウには恋人どころか、家族や友人の影さえ漂っていない。信頼の置けるヤナギさんたちのような家臣はいるけど、それは少し違うと思う。

 ただ一人、ぽつりと立っている――。


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