[28]不仲なふたり
「――少し、空気を読んで登場してほしいな」
クレハさんはあたしを抱き締めたままでそんなことを言う。むしろ、腕に力がこもる。ちょっと痛い。
キリュウはというと、無言だった。その沈黙の意味がわからない。
なんか言ってほしい……。
それから、クレハさんもいい加減にこの体勢を止めてほしい。
あたしがそんなことを考えていても、クレハさんには上手く伝わらなかった。
「フゥは君といるよりも僕といたいんだよ」
そうでもないけどなんて、この場でそんなかわいそうなことは言えなかった。クレハさん、打たれ弱そうなんだもん。正直に言ったら立ち直れないよね。
どうしたものかなと思ってると、キリュウの感情のこもらない声がした。
「ああ、そのようだな」
「はいぃ?」
あたしは思わず素っ頓狂な声を上げてた。
「では、置いて行こうか」
まさかと思うようなことをキリュウは言った。
呆然としたのはあたしだけじゃなくて、クレハさんも同じだった。
それでも、キリュウはくるりと背を向けた。え、ほんとに置いてく気?
「やだ!」
あたしは気付けば叫んでクレハさんを押しのけていた。呆然とするクレハさんをすり抜け、あたしはキリュウのもとへ駆け寄ると、服の裾をつかんだ。手がどうしようもなく震える。
キリュウは卑怯だ。
キリュウに見捨てられたら、あたしはもとの世界に戻ることができない。
あたしの願いを知っているからこそ、そんなことを言う。
――ひどいのはあたしも同じかな?
自分の願いを優先して、結局はクレハさんを傷付ける。
でも、ひどいのはみんな同じかも。みんな、自分の思惑通りに動く。誰かを傷付けるって思っても。
クレハさんだってそうだ。
「フゥ……」
悲しげな目をしたクレハさんに、あたしは苦笑する。
「あたしがキリュウの連れじゃなければ、あたしに興味なんて持たなかったでしょ?」
「そんなことはない! フゥにはそばにいてほしいんだ」
熱のこもった声で引き止められても、あたしはキリュウの服を放さない。
さっき、キリュウが冷淡な態度を取った瞬間、クレハさんは明らかに落胆していたから。少しくらいはキリュウが嫉妬するとでも思ったんじゃないかな。
最初からクレハさんはあたしを通してキリュウを見ていた。そんな風にしか思えないから、あたしの気持ちは冷めてたのかも。
あたしはクレハさんに笑顔を向ける。難しい顔をするよりも笑っていた方がマシに思えたから。
「じゃあ、クレハさんが本気であたしを好きになってくれたら、その時に改めて考えるね」
クレハさんは言葉を失ってた。大丈夫かなぁって心配する気持ちはあるけど、あたしにはどうすることもできない。
「少し予定よりは早いが、私は城に戻らせてもらう。では、今後もこの町をしっかりと治めておくように」
そうしてキリュウはクレハさんの返事を待たずに、あたしの肩を抱き込む形で飛んだ。
いきなり王都の城まで飛ぶなんてひどい。心構えのなかったあたしは、またしても酔ってしまった。
王城のキリュウの部屋であたしががっくりとひざをつくと、キリュウは冷ややかに言った。
「クレハはお前に付けてある印の気配を消していた。私に反感を持っている人間に、あまり軽々しくついて行くな」
あの時、クレハさんが使った魔術がそれだったのかも。キリュウに付けられたGPSっぽい効果が無効になっていたみたい。
でも、それならキリュウはなんであそこに現れたのかな?
誰かに聞いて、もしかして捜してくれたの?
「おい、聞いているのか?」
ちょっと今、気持ち悪いんだからうるさいこと言わないでほしい。うう、目が回る。
あたしがその場に崩れて横たわった瞬間に、キリュウはようやくあたしの不調に気が付いた。
「フウカ?」
グイグイ、と肩を揺する。揺らすな。
「酔ったのか?」
そうですよ。誰かさんのせいで。
そう言ってやりたいけれど、そんな元気もなかった。上から小さなため息の音がする。
かと思えば、横たわっているあたしの体と床との間に腕が差し込まれた。まさかと思った瞬間に、どうやらキリュウはあたしを抱え上げたみたいだ。フォークより重たいものなんて持ったことありませんって顔をしてるくせに、それでもやっぱり男の人なんだ。……って、今更だけど。
朦朧とする意識の中で、キリュウがつぶやいた声を聞いた。
「今夜も歌は聴けぬようだ」
残念ながら無理。
でも、キリュウがあたしを投げ捨てることはなかった。役立たずと思ってたかも知れないけど、あたしを支える腕は優しいような気がした。気のせいでなければ――。
そろりと下ろされた場所はベッドの上だった。その横で、キリュウはなんらかの通信器具を使って会話してた。多分、相手はヤナギさんだと思う。
ヤナギさんにまで無断で帰って来ちゃったのかな?
後始末、大変になってないといいんだけど。




