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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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[27]クレハさん

「おや、こんなところに……」


 耳に心地いい声が、ティータイムのガールズトークに割り込んだ。


「お兄様」


 ユズキさんが可愛らしく口もとを押える。この町の領主で、屋敷の主であるクレハさんに、使用人の人たちがかしずいた。あたしは偉い身分でもないし、むしろ城ではお掃除しているメイドなわけだし、座ったまま挨拶するのはまずいなと思って立ち上がった。


「こんにちは。そっちのお話は終わったんですか?」


 キリュウはクレハさんと話すって言って出て行った。だから、クレハさんがここにいるのならもう戻っているのかも知れない。

 クレハさんはあたしのすぐそばまで歩み寄った。あたしはクレハさんを見上げるような形になる。クレハさんは優しく微笑んでた。やっぱり、ゴールデンレトリバーっぽい。それもコンテストとかで優勝しちゃうような毛並みのいいやつ。


「終わったよ。もともと、大した話じゃないからね」


 そうなんだ?


「フゥ、庭を案内してあげるよ。こっちにおいで」


 こうなると断れない。あたしは素直に返事をした。


「あ、はい。ありがとうございます」


 ユズキさんにぺこりとお辞儀をすると、あたしはクレハさんに続く。

 すると、クレハさんは何故かあたしの肩を抱いた。これにはさすがに驚いた。


「あの――」

「うん、ちょっとわけありでね。このままでいてくれるかな?」


 パン、と小さく音がした。キリュウがよくするように、クレハさんも何か魔術を使ったんだろう。クレハさんの周りを、光になった触媒のかけらが舞う。

 この体勢は、その魔術と関係があるの?

 仕方がないのであたしはそのままクレハさんと寄り添って歩く。ちょっと変な気分だった。


 それにしても、このきれいな花咲く庭園はクレハさんたち兄妹にとてもよく似合う。明るい日差しに透けるクレハさんの金髪を眺めながらそう思った。


 庭を案内してあげるなんていうのは口実で、きっと何か話があるんだと思った。そして、それはキリュウにかかわることかなって。

 クレハさんがあたしを連れて行った先は、最初に出会った場所だった。噴水の音が爽やかに流れる。

 その縁にクレハさんが腰かけて、あたしもその隣に座った。手は、まだ肩に乗ってる。すごく落ち着かないけど、それでもあたしは言った。


「クレハさんはキリュウのことが嫌いなんですか?」


 ちょっとストレート過ぎたか。言ってしまってから思った。

 クレハさんは驚いた顔をしてあたしを見る。――ちょっと顔が近い。

 その顔は笑顔なのに親しみが感じられなかった。


「嫌い? ……嫌い、なのかな? 上手く言えないけど、好きではないかな」

「はぁ」


 間の抜けた返事をしてしまった。クレハさんはクスクスと笑う。


「君は不思議だね」


 ぎくりとした。

 あたし、変なこと言った? 異世界とか匂わせるような発言はしてないはずなんだけど――。 

 あ、キリュウのこと呼び捨てにしちゃった。それがまずかったのかな?

 おろおろとしていると、クレハさんのもう一方の手があたしの頬に伸びた。――なんで?


「伸びやかで自由で、そばにいると心があたたかくなる」


 眺めていると飽きない、とかそういうことは昔からよく言われたから、そういう意味かな?


 あたしはこの状況に自分でもびっくりするくらい落ち着いていた。

 ここは異世界で、あたしはいずれ帰るんだからって思いがあるせいかも。美形のお兄さんに迫られているような気がしないでもないけど、それはすぐに覚める夢みたいなものとしか思えない。

 あたしは苦笑してしまった。


「キリュウに言わせたら、きっと生意気ってことなんでしょうけど」


 その名前をこの状況で出しちゃいけなかったのかも知れない。

 頬に触れる指が少し震えた。


「キリュウは僕のほしいものをすべて持っている」


 すべて――クレハさんは帝位がほしかったの?

 手に入らなかったからこそよく思えるだけなんじゃないかなと思うけど、それを指摘できるほどあたしは偉くない。どうしようって考えているうちに、クレハさんの腕に抱きすくめられてた。

 ちょっ……さすがにこれは止めてほしい。

 そうは思うけど、クレハさんはぽつりと言った。


「ひとつくらい、くれてもいいのにね」


 その声は、悲しい響きをしてた。妬むというよりも寂しそうで、孤独に震える子供みたいに弱い。

 先帝の子供だったクレハさんが、当たり前に次の皇帝になるんだと思っていたとしたら、その未来を奪われて絶望したのかも知れない。その思いをキリュウにぶつけて自分を保っているんだろうか。

 でも、それ、キリュウのせいじゃないから――。

 そうは思うけど、そうした理解をクレハさんに求めるのは酷なことなのかな。


 あたしはどうしていいのかわからず、固まって言葉を探していた。

 少しずつ、空の色が変わっていた。落ちて行く日の色。

 あたしはクレハさんの腕の中で身じろぎした。そんな時、そばで静寂をかき消すようにして光が現れた。


「あ」


 不機嫌極まりないその顔は、コウテイヘイカだ。


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