[26]想い人
あたしたちはこっそりとクレハさんのお屋敷に戻った。キリュウはノギおにいちゃんの姿からもとの姿に戻る。あたしはその姿を見た瞬間に、なんとなく笑ってしまった。
そんなあたしにキリュウは仏頂面で言う。
「私はクレハと少し話をして来る。お前は部屋で待て」
部屋で。うわぁ、退屈だ。
「返事は?」
「はいはい」
まだ何か言いたげだったけど、キリュウは渋々去って行った。
せめて庭を眺めていたいな。暇は嫌だなぁ。
そんなことを考えてると、ドアがノックされた。
「はぁい」
掃除に来たのかも。あたしは疑いもせずにそう思った。
扉を開くと、そこにはキラキラと光を放つ金髪のユズキさんが立っている。凄まじい透明感を持つ肌に、思わずあたしの視線は釘付けだった。
ユズキさんはにこりと微笑んだ。
「領主クレハの妹、ユズキと申します。ご挨拶が遅れてごめんなさいね」
「いえ、あたしの方こそ……。あたしはフゥです。よろしくお願いします」
あたしも笑顔で返した。ユズキさんは柔らかい動きで胸もとで指先を合わせる。
「お茶の支度が整いましたの。ご一緒にいかがですか?」
よく見たら、ユズキさんの背後にはメイドさんがいっぱい控えていた。圧倒されてしまうくらい。
「あ、はい、ありがとうございます」
キリュウは部屋にいろって言ったけど、断れないよね。
咲き乱れる花たちの中、屋外でハイソなティータイム。
優雅だ。すんごく優雅、なんだけどね。そう気楽なことも言っていられない。
キリュウのお妃候補のユズキさんにとって、正体不明のあたしの存在は決して喜ばしいものじゃないはずだ。でも、ユズキさんはニコニコしている。
まあ、あたしとユズキさんとではポテンシャルが違いすぎるからね。こんなのに負けないっていうゆとりかな? それとも、こんなにきれいに笑ってるけど、内心ではドロドロしたものを抱えてるのかな?
真っ白なティーカップに、バラの香りのするお茶がいれられて、ユズキさんは繊細な指でそれを支えて飲んでいる。どの角度から見ても美少女だなぁ。張り合う気もしないよ。
「あの、いきなり本題に入ってしまって申し訳ありませんが、あなたと陛下はどういうご関係ですか?」
すごい。すごい直球。
面と向かってこれを訊けるのってすごい。儚げに見えるけど、ユズキさんって芯は強いのかも。
あたしは内心でおかしな賞賛を送っていた。ただ、下手に答えると後が厄介だから、ここはごまかすしかない。
「えっと、ご想像にお任せします」
搾り出すようにそう言ったあたしに、ユズキさんは少しだけ顔を曇らせた。
「やはり、そうですか」
そうして、可愛らしい口もとからため息をこぼす。
「あなたは私を遠ざけるために連れて来られたのですね」
ほんとに想像に任せて断定した! まあ、外れてないんだけどね。
すぐにそれに気付いてしまったから、ユズキさんがあたしを見る目付きが穏やかなのかな。
あたしは嫉妬の対称じゃないって。
ぼうっと考え込んでしまったあたしに、ユズキさんは悲しげに言う。
「陛下のお心には、特別なただ一人が未だに存在するのですね……」
特別な、ただ一人。
あたしは首を傾げてしまった。
ユズキさんは、誰かに胸のうちを聞いてほしかったんだろうか。ぽつり、と言葉をもらした。
「高い魔力を秘めたその方は、私よりも適任とされ、急に陛下のお妃候補として推薦されたのですが、結果的にその方は辞退して去られたそうです。その方を陛下は未だに想っておいでなのでしょう」
ああ、そうだったんだ。
ユズキさんは先帝の子供だから駄目だとか、クレハさんに力を持たせすぎると危険だとか、そんな理由は後付けで、本当の理由はそれだったんだ。
「そっか。そんなことが……」
いつも偉そうなキリュウだけど、手に入らないものだってある。
その人が何故、キリュウのもとから去ってしまったのかはわからないけど、きっと仕方のないことだったんじゃないかな。
忘れられない気持ちを抱えて行くのはつらいけど、忘れることができないのは仕方のないことだから。
「それでも、ユズキさんはキリュウ――陛下のお妃になりたいですか?」
あたしがつぶやくと、ユズキさんははっきりとうなずいた。
「ええ。それが私の幼い頃からの夢だから」
迷いのない瞳をしていた。儚い空気に、ピンと一本筋が通ってる。
「こんなにも想ってもらえるなんて、陛下は幸せですね」
素直にそう思った。驚いたような顔をされてしまったけれど。
他に好きな人がいて、その人の心しか要らないのだとしても、いつかキリュウが自分に向けられたユズキさんの気持ちに応えてあげられるようになればいいのに。
こんなにきれいで一途なユズキさんに対して、キリュウは贅沢だ。
キリュウの好きだった人って、一体どんな人だったんだろう?
あたしはちょっとだけ、落ち着かないような気持ちを抱えた。




