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皇帝のおしごと。  作者: 五十鈴 りく


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23/73

[23]ユ?

 肩が、なんとなく重たかった。まるで何かが乗っかっているような感覚がある。

 あ、腕がちょっと痺れてる。やっぱり何かが乗ってる。


 あたしは指先を軽く動かしてそれを実感した。

 眠気がまだ残る頭で、それでも起きなきゃと思った。でも、眠たいな。

 意識がぼんやりとしていて、あたしは上手く何かを考えられる状態じゃなかった。ただ、そんなあたしの耳に、肩にかかる重みの辺りから声が聞こえた。


「……ユ――」


 ユ?

 その一音のみ。その続きは寝息へと変わった。

 って、寝息? ここ、どこだっけ?

 ようやく我に返ったあたしは、あたしの肩に頭を預けるようにして眠るキリュウに気付いた。さらりとしたキリュウの髪が、あたしの首筋を撫でる。


「う……」


 震える声で呻き、それからこの現状に対する感情のすべてを込めて絶叫した。

 ――正確に言うなら、絶叫したつもりだった。

 その叫びは、あたしが身じろぎした瞬間に目覚めたキリュウの手によって遮られた。


「……朝から騒ぐな」


 寝起きの不機嫌な顔でそんなことを言う。あたしが口もとを押さえ付けられたまま涙を浮かべると、キリュウは少しだけ怯んだ。


「泣くな。何もしていない」


 何もって、そんな心配してない!

 ただ、びっくりして涙が出ただけだっていうのに。

 キリュウは手を離すと、気だるげに体を起こした。そうして、無造作に髪をかき上げる。


「床に転がしておくのも忍びなかったのでここに寝かせておいただけだ」


 床に転がされていたら、確かに二度と口利いてあげなかったと思う。


「ああ、そうですか」


 あたしも起き上がって冷ややかな目をキリュウに向ける。けれど、泣かれるよりはそうした態度の方がマシなのか、キリュウは意地悪く笑った。


「今日は町へ行く。お前も連れて行ってやろう」

「へ?」

「ここの食事は口に合わぬようだからな」


 あたし、寝ている時におなかがぐぅぐぅ鳴ってたんだろうか?

 それとも、昨日の食事の時、あんなにも遠く離れていたあたしのことを、キリュウは見てた?

 少し、驚いた。

 ひどい仕打ちばっかりするキリュウだけど、ちょっとだけあたしはその言葉が嬉しかった。


 ……あたし、バカかも知れない。学習しなくちゃと思わなくはないんだけど。


 この時のあたしは、キリュウの寝言のことなんてすっかり忘れてた。というよりも、あんなたった一音に意味があるなんて思いもしなかった。

 その意味をあたしが知ることになるのは、まだ少し先のことだったから。



 さて、と言ってキリュウはベッドから下りて伸びをした。そうして、あたしを振り返る。


「向こうに荷物を運んである。支度をして来い」


 あたしは昨日、あのまま眠ってしまった。髪も服もくちゃくちゃだ。


「うん……」


 向こうの部屋は、バスルームだった。使い方は城と同じ。でも、近くにキリュウがいると思うと落ち着かなかった。だから、大急ぎで体と髪を洗って出る。

 服は、どうしようか。

 用意してくれてあった服は三着。

 エメラルドグリーン、水色、白地に黒のレース。


 ……爽やかな水色のワンピースにした。蔦の模様が刺繍されててきれいだ。髪は下ろしたままでいいかな。靴は白にしよう。

 鏡の前で全身をチェックし、これでよしと思えたので、あたしはようやくバスルームから出る。

 そろりと顔を覗かせると、ベッドの縁に腰かける人物が言った。


「支度ができたなら行くぞ」

「い゛?」


 ベッドの縁から立ち上がった人物は、キリュウじゃなかった。

 水色の艶やかな髪に青緑色をした勝気な瞳。細身の体をした青年は――。


「ノ、ノギおにいちゃん!?」


 あたしが思わず叫ぶと、ノギおにいちゃんは意地悪く笑った。


「ノギの姿を借りているだけだ」


 この偉そうな態度は、間違いなくキリュウだった。

 どうやら、ノギおにいちゃんに化けてる。あたしは唖然としてしまった。


「町中を皇帝である私がうろついていては、要らぬ騒ぎになる。私としてもこの姿に抵抗がないわけではないのだが、生憎と町に馴染むような粗野な人間をあまり知らぬのでな」


 勝手に姿を借りておきながら、粗野とか失礼なことを言う。ノギおにいちゃんが知ったら激怒しそうだなぁ。


「もしかして、お忍びってこと?」

「そうだ」


 勝手に抜け出したりしたらヤナギさんたちが困りそうだけど、早めに戻ればいいかなぁ?

 ぐぅ、とお腹が鳴る。

 ノギおにいちゃんの姿をしたキリュウが小さく笑った。


「では、行こうか」


 と、あたしの手を取る。

 一見しただけではわからないけれど、キリュウ自身が化けたというよりも、そう見えるように細工をしているって感じかな。目で見るノギおにいちゃんの手には指輪なんてはまっていないのに、触れられたその手には確かに指輪の触感がある。


 そうして、あたしとキリュウはローシェンナの町へ繰り出すのだった。

 

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